第6話 体育祭にはムカデ競走ってのがありまして
初めて咲さんと帰ったあの日から数日が経ち、5月に入ったある日のこと。これは体育の時間。
「はい。今日から体育祭練習だ。今日は学年種目のムカデ競走の練習をするぞー。グループはもう決めてると思うからE組はこっち、F組はこっちで固まって練習をしてくれ」
ムカデ競走とは数人1グループでみんなの足をひとつの縄で繋ぎながら走り、その速さを競う競技だ。うちの学校は例年2年生の学年種目となり、基本男女二人ずつの計4人グループとなる。
「じゃあこの前グループ決めたと思うから、そのグループに別れて練習各自で始めちゃってくださーい!」
なんだかんだノリノリで体育祭実行委員を務めている香澄の指示の元、ムカデ競走の練習が始まった。
「龍は香澄みたいに仕事しなくていいのか?」
「いいんだいいんだ。香澄1人でまとまるならわざわざ俺が出る必要も無いだろ?」
「おーい、琉生こっち来てー! あと龍も」
俺は龍と一緒に香澄の元へと向かって歩いて行った。案の定俺のグループは龍と花蓮と香澄に俺を加えた4人だ。まぁ、これがなんか上手くやっぱまとまった。
4人が合流し、練習を始める。
「とりあえず順番どうする? 先頭は男子が良いと思うけど……」
「じゃあ、私と花蓮が真ん中はいるから琉生と龍で前と後ろやってくれる?」
「おっけい! 一旦それで練習してみるか! 琉生、前と後ろどっちやりたい?」
「うーん。やりたいとかは無いけど……一応ガタイがしっかりしてる方が前の方がいいんじゃないかな」
「じゃあ、とりあえず俺前やるわ!」
こうしてとりあえずの順番は龍、花蓮、香澄、琉生、といった順番になった。後悔はない。花蓮の前が良かったなんて思ってないぞ。うん。思って……ない……ぞ……
と、まぁ五分後。
「ねぇ! 龍センスない! 転びすぎてかれれん怪我するよ!」
「あはは……私は大丈夫だけど……競技としてはキツイかなぁ」
「くそぉ……不覚……」
「ま、まぁ元気だしてよ……1回俺が前やって見る?」
「頼んだ琉生……」
チャンス到来っ!!! ここでいいとこ見せて……うんうん。来たぞこれ!
1度俺と龍は足に結んだ縄を解き、場所を交代して再度練習を開始した。
「おぉ! 前琉生の方が安定する!」
「じゃあ、琉生先頭で決定にする?」
「男龍。異論はありません!」
「あはは……じゃあ、先頭努めさせて頂きますね」
こうして、俺は勝負に勝ったのであった。
それから約20分程練習時間は続いた。ちなみに隣のクラスにいる咲さんの様子をちらっと見ていたが、それなりに仲の良さそうなグループは組めていた。良かった良かった。友達がいてくれてちょっとお兄さん安心しちゃった。
「はーい。それじゃそろそろ終わりの時間だ。縄はまとめて結んでこの舞台の上に置いてあるカゴに入れてくれー」
「はぁ……意外と疲れるねーこれ」
「そうだね……私次からちゃんと長い靴下持ってこよ〜めっちゃ擦れちゃった」
「かれれんほんとだ! 言ってくれたらジャージ貸したのに!」
花蓮の足首の当たりを見ると、結んでいた縄の跡がくっきりと残っていた。なんだか痛そうだったが、もはや何もするにも俺は気まづかった。
「あ、琉生。先縄解いちゃっていいよ」
「あ、お、おう。すまんありがと」
そう伝えられて俺は先に足の縄を解いた。そしてぐるりと身体の向きを半回転させ、花蓮を見ていた。
「なにみてるのよ……」
「あ、ごめん見てるとかそう言うつもりは……」
小さな声で繰り広げられるこの気まづいはココ最近日常茶飯事であった。まぁ、正直な所、俺は花蓮という存在を友達として見れるようになってきていた。好きは好きだ。でも、咲さんといる時間を素直に楽しいと思えるようになってきたのだ。今の問題はただただ気まづいこと。それに尽きる。
「なんかうまく解けない……」
「解いてやろうか?」
「いい!」
なかなか解けない縄と格闘する花蓮。まぁ……ちょっと可愛いなぁ。はぁ……何考えてんだ俺。
その時だ。
「あぁー! もう無理やり足引っこ抜いてやる!」
花蓮が縄を解くのを諦め、立ち上がった瞬間だった。後ろにいた香澄と龍はなんか話していてまだ縄を解いていない。
「……ちょ! 危ないっ!」
「きゃっ……!」
無理やり縄から足を引き抜こうとした時、片足が上手く抜けずバランスを崩した花蓮。その状態で自分の足に自分の足が引っかかり、今にも倒れそうな状況であった。
俺は咄嗟に1歩前に出て左手で花蓮を支えた。本当に反射的だった。下心とか本当にそういうのは一切なかった。信じてくれ。でも……
「どこ触ってるのよ……!」
「いやどこって……転びそうになったのそっちだろ!」
「う、うるさいわね! 変にガッカリした顔しないでくれる?」
小さな声で繰り広げられる会話は香澄の一言によって終わりを告げる。
「わー! かれれんごめん! 大丈夫だった!?」
「……だ、大丈夫。先二人外しちゃって。ちょっときつく結びすぎちゃったみたいで」
少し頬を赤らめた彼女は静かにしゃがみ込み、誤魔化すかのように香澄の縄を解き始めた。
「あ、ありがとうかれれん」
「よーし! 俺も外したぞ!」
その時、舞台の方から先生たちの声が聞こえた。
「各クラスの体育祭実行委員ー! ちょっと伝えたいことあるから集まってくれー!」
「流石に龍も来なさいよー!」
「分かってる分かってる。じゃ、ちょっと行ってくるわ」
「うん。頑張って」
「……」
俺と花蓮、2人きりになる。
「……解けないか?」
「解けるわよ……」
「……」
「……解いて……」
「はいはい。任せてください」
そう言って立ち上がり、右手で鼻をいじるように誤魔化しながら顔を隠す彼女。俺はしゃがみ込み花蓮の足元へと近付いた。ドクドクとさっきから鳴り止まない心臓の音を隠し、震える手で縄を解きはじめた。なかなか解けないその縄と格闘する俺の手には、まだ小さく柔らかい花蓮の持っているお宝の感覚が抜けていなかった。
「おっそい!」
「あ、ほ、解けた! やったぁ!」
「おーい、2人遅いぞ何してる」
「「すいません!」」
こうしていつもとちょっと違った体育の授業が終わった。
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