第16話 芸術家って、そういうものよ

 愛されなくてもいいと諦めてから、アマーリエの生活は一変した。

 彼女にはそう思えてならなかった。

 だが、悪い気はしない。


 愛されたいと思い、ロベルトしか視界に捉えず、考えていなかった今までのことを反省もしていた。

 周囲の目を気にし、よく思われたいと演じていた自分を恥さえもした。


(そんなのあたしじゃない。そんなあたしが愛されるはずない)


 そして、女神と流れ星に願いを込めて良かったのだとも思っている。

 もう無理に振る舞う必要がないということに感謝すらしていた。


 友人が出来た。

 嫌いだった意地悪な先生が、本当はいい人と分かった。


 アマーリエは冬期休暇中にサーラと遊びに行くと約束した。

 今までにない経験だった。

 その一方で残念に思っていることもある。

 ネドヴェトの屋敷にも遊びに来て欲しいと思いながらも屋敷のゴタゴタがあった。

 そうはいかない現状である。


 ビカンは冬期休暇でも学園にずっといるので「いつでも訪ねてくるといい」とちょっと意地が悪そうな笑顔を浮かべながら、アマーリエに伝えた。

 彼が学園に住み込んでいると聞くと驚くとともにその心遣いが嬉しかった。


 アマーリエはそんなことをつらつらと考え、馬車の窓から外の景色を眺めることで現実逃避していた。


 正面を向けば、ユスティーナから、睨まれ舌打ちをされる。

 面倒なことこの上なかった。

 マルチナは少し、オロオロと泡を食ったような様相ではあるものの何とか、車内の空気をよくしようとしていた。

 学園であったことを話題にし、二人に話を振ろうとしていたがほぼ空振りに終わっていた。

 沈黙が支配するのはこのところ、いつものことである。


 アマーリエもこれ以上、空気を悪くしたくないという思いはあったから、角が立たない程度に受け答えをしていた。

 ところがユスティーナの態度が悪すぎる。

 話にならなかった。

 マルチナに話を振られても素っ気ないどころか、棘のある調子で答えている。


 それでも学園から、屋敷までそんなに時間はかからない。

 ちょっと我慢していれば、着くのだとアマーリエは自分に言い聞かせるように心の中で唱えるしかなかった。




 しかし、は望んでなくとも向こうから、手を振ってくるものである。

 アマーリエは帰宅してから、部屋でおとなしくしていた。

 エヴェリーナのところに向かうのは人目の付かない時間の方が、安全だろうとビカン先生からもアドバイスされていてからだ。


 ビカンやサーラと話したことで新たに分かったことをメモに書き加えてみたアマーリエだがやはり、何のことだか分からないことが多かった。

 犯人の狙いがまず、よく分からない。

 ネドヴェト家に恨みがあるのなら、なぜこんなにも回りくどいやり方をしたのか。

 毒を使い、真綿で首を締めるようなやり方をしたのか。

 考えれば考えるほどに分からなくなり、そもそも考えるのが苦手なアマーリエは現実から逃げることに決めた。


 こういう時は絵を描くに限ると彼女は知っていた。

 アマーリエが幼い時分から、皆に褒められたのは絵だけだったと言っても過言ではない。

 あのユスティーナですら、「エミーは絵がうまいのね」と普通に褒めていた事実がある。


 どうやら、アマーリエは絵を描く時に無意識で魔力を使っているというのが、本人も知らない絵の秘密だった。

 それを解き明かしたのはビカンだった。

 これまで授業を真面目に受けていなかったこともあり、アマーリエは魔力を制御するのが下手だった。

 簡単な魔法すら、うまく使えなかったのだ。


 それがあの日から、変わった。

 髪の色が変わってから、苦労せずに出来るようになっていた。

 炎の魔法しか使えす、それすらもまともに出来なかったアマーリエが、今では炎と水の魔法を自由自在ではないものの出来るのだ。

 ただし、絵として描くこと。

 そういう特殊な条件が付く。


 きっかけはささいな出来事だった。

 このところ、いつも居候のように邪魔をしていビカンの研究室でしていたアマーリエは、暇だったからノートにメラメラと燃え上がる炎を描いた。

 ビカンの燃え上がる炎のようなオレンジブラウンの髪を見ていたら、描きたくなったらしい。


 「芸術家って、そういうものよ」と言ったら、「お前はアホか」と頭を小突かれた。

 理由は明白だった。

 絵に描いた炎がまさか、そのまま現実のものになるなど誰が思うだろうか?

 危うく、大火災になりかねない緊急事態だったが、ビカンの速やかな処置で事なきを得た。


 ビカンが優秀なのはその一件でアマーリエが、絵を描くことで魔法を具現化が出来ると気が付いたことだ。

 当の本人であるアマーリエには全く、自覚がないのにである!

 「ペップは天才なのね」と素で言うアマーリエにビカンは「お前はアホだな」と眉間を指で弾いて返した。

 地味に痛かったのか、おでこを押さえるアマーリエを見て、さすがのビカンも少々狼狽えたのだが……。


 気を付ければ、平気だろうと安易に考えたアマーリエは絵を描きたくなった気持ちを抑えることが出来ず麗らかな春の花畑を飛び交う蝶々をスケッチブックに描いた。

 描かれた蝶々が次々に具現化されていく。

 部屋の中を色とりどりの美しい蝶々が舞っているさまは、非常に美しい。

 冬期休暇で冬真っ盛りな雪景色が広がる外とは正反対の光景だが、悪くないとアマーリエは一人悦に入る。


 具現化は仮初のものに過ぎない。

 消してしまえば、問題ないと彼女は考えていた。

 明日からは冬期休暇が始まる。

 何をしようか、どうしようかと休暇を楽しむよりも目の前に広がる山積みの問題がアマーリエを悩ませる。

 考えるのが苦手なアマーリエにも分かる。

 すぐには片付きそうにないと……。


 今、優雅に舞う蝶々を眺めているこの時間だけが自由になれる時だとアマーリエはふと思った。


(あたしも蝶々みたいに自由になりたいわ)


 そんな平穏な一時が破られることになろうとはアマーリエは知る由もなかった。

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