第15話 昔のことを思い出したって、意味ないわ
あまりにも騒動が続いたこともあって、アマーリエの頭からすっかり抜けていたことがある。
明日から、学園が冬期休暇に入るという避けられない事実だった。
以前のアマーリエであれば、学園が休みなのを嬉しくて仕方がないと態度と行動で表していたに違いない。
「わぁ~い」と必要以上に喜んで見せるのが、彼女の常でもあったからだ。
ところがそうも言っていられない差し迫った事情がある。
まず、エヴェリーナのことだった。
毒を盛った人間はまだ、ネドヴェト家の中にいる可能性が高い。
犯行の動機が全く、分からない。
それが恐ろしいとアマーリエは感じている。
(何が目的なの? 何がしたいの?)
ビカンはネドヴェト家に流れる血について、よく知っている人間が犯人だろうという推理をしていた。
竜や聖女の血が影響しているのだとしたら、歴史を知らずに生きて来たアマーリエに到底、理解出来るものではなかった。
それゆえに考えれば、考えるほど、アマーリエの思考は辺り一面、真っ白である。
濃い霧の中に迷い込んだようにどちらへ向かえばいいのか、分からない。
元々、考えるのが苦手だったのも大きく、影響していた。
「あの……ネドヴェト令嬢」
そんなアマーリエを現実へと引き戻したのは、クラスメイトの少女の声だった。
それまでクラスメイトとの付き合いを疎かにしていたアマーリエにとって、少女の第一印象は誰だか、分からないというのが正直な感想だった。
彼女にとって、学園はロベルトに堂々と会える場所に過ぎないという認識しか持っていなかったからだ。
「ポボルスキー伯爵家のサーラと申しましゅ。ます!」
サーラは噛んだのを何事もなかったような顔をして、言い直した。
それでいて、顔は熟れた果実のように真っ赤になっている。
感情が表に出てしまう分かりやすい子だった。
貴族の令嬢である以上、ある程度は感情を露わにしないことが求められる。
それが嗜みでもあるからだ。
「それでポボルスキー令嬢。何の御用でしょうか?」
アマーリエにも分かっていた。
サーラが
しかし、それよりもサーラの家がポボルスキーということが気に掛かっていた。
現在の宰相の名はドゥシャン・ポボルスキー。
サーラの父親に当たる人物である。
これは勉強が嫌いなアマーリエでさえも知っている周知の事実というものだ。
そして、ロベルトの傍にいた
だから、警戒するに越したことはないとアマーリエは判断した。
それでなくても家で揉め事が起きている最中である。
ここは当たり障りのない対応をしておくべきだろう。
アマーリエはそう考えた。
「あたちとお友達になってくだしゃい。さい!」
サーラはまた、噛んだ。
痛かったのか、少しばかり顔をしかめそうになり、それをごまかそうとしているところが自然に可愛らしく、見えた。
小柄で小動物ぽい見た目も影響していた。
(どうしよう? 警戒した方がいいのは分かってる。でも、あたしはもう期待しないし、求めない。それなら、問題ないかしら?)
僅かばかりの逡巡でアマーリエは即決した。
考えるのが苦手なのに加えて、小動物に弱いかったのだ。
「いいわ。友達になりましょ」
「ダメですよね、やっぱり。え!?」
サーラはいくら見ていても飽きない子だとアマーリエは思った。
顔が青くなったと思ったら、赤くなる。
実に表情が豊かなのだ。
誰かに似ていると思った。
昔、まだ優しかった頃のユスティーナがまさにそうだったからだ。
あの頃は自分もまだ幼くて、ユスティーナも優しくしてくれたのに、と昔を懐かしんだアマーリエだが、その行為に意味はないとも感じていた。
昔を振り返るだけでは何も解決しない。
今のアマーリエは諦めることで前を見ることに決めた。
「ホ、ホ、ホントにいいんでしゅか? ですか?」
「うん」
こうして、アマーリエとサーラは友人になった。
心配して、声をかけたと正直に話すサーラの様子を見るにつれ、アマーリエは少しでも疑った自分が恥ずかしくなった。
兄であるユリアン・ポボルスキーのアドバイスがあったことを隠そうともしない。
嘘をつけないし、演技も出来ない。
サーラには元々、演技をするつもりもなかった。
あっという間に日程が終わっていた。
友人がこんなにも心強く、楽しいものだと知らなかった。
アマーリエの中に不思議な気持ちが芽生えていた。
アマーリエはビカンに途中経過を報告をしてから、帰りの馬車に乗った。
沈黙は金なり。
沈黙している方が価値があるとはとても思えない。
嘘とは言えないまでもそんなに価値があるものと感じられない。
(馬車での沈黙してる時間はあたしにとって、何の意味もないんだから)
アマーリエにはそうとしか思えなかった。
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