第10話 学園に意地悪な先生がいた
ヴィシェフラドの冬は寒く、厳しいものだ。
間も無く、アマーリエが通う学園も長い冬期休暇に入る。
そうなってしまえば、おしまいだと彼女ははっきりと感じている。
急いで動かなければ、間に合わないという焦りから、アマーリエは普段取らない行動を起こそうとしていた。
エヴァが飲んでいる薬が何であるのか、突き止める必要があった。
彼女の体調が思わしくないのは、虐待同然の扱いを受けているせいだと素人目にも判断が出来るものだった。
だが、とてもそれだけが理由とは思えなかった。
薬が何とも、怪しいのだ。
しかし、アマーリエには調べる術がなかった。
ネドヴェト家に犯人が潜んでいるのであれば、ミリアムに相談をしても埒が明かない可能性が高かった。
アマーリエは自分の言うことをまともに取り合ってくれないとも考えていた。
逆に犯人を刺激しないとも限らないからだ。
ユスティーナは話にならない。
ベアータは容疑者の筆頭である。
せめてもの希望はマルチナだったが、話は聞いてくれたとしても彼女の事なかれ主義な性格では、解決の手助けにならないことが明白だった。
そして、マルチナとユスティーナも容疑者の一人である点は変わらないのだ。
頼れる大人が家にはいないことに気付き、激しく落胆したアマーリエだがそれくらいでへこたれはしなかった。
それならば、誰を頼るべきなのかとメモを頼りに書いては消し、書いては消しを繰り返した末、アマーリエは思い出した。
『
アマーリエにやたらと厳しく接してくる先生だった。
よく叱られていた記憶しかない。
ビカンと言う名を彼女は思い出した。
(そうよ。確か、名前はペトル・ビカン!)
髪は夕焼けの空を連想させるオレンジブラウンの色をしていた。
翡翠色の瞳が宿る目は切れ長で意地が悪いという印象を与えるのに十分なものだ。
シルバーブロンドの髪にアメジストの瞳で王子様そのものといったイメージがあるロベルトと比べれば、分が悪い。
だが、それなりにかっこいい先生として、学園の女子生徒の間では人気があった。
(あたしは嫌いだけどね! だって、意地悪なんだもん)
ビカンのことを思い出したアマーリエはふんすと鼻息荒く、憤慨した。
「もっと真面目に勉強しろ」「もっとお淑やかにしろ」と無言の圧をビカンから感じるからだ。
アマーリエにだけ、他の生徒よりもたくさんの宿題を出されたことさえあった。
(まぁ、あたしが真面目に勉強してなかったのはホントだから、言い逃れは出来ないかしら)
しかし、アマーリエの中に確信に近い思いがある。
ビカンが意地悪なのは間違いないと思うとともに彼の魔法の実力が確かなのは認めていた。
えこひいきを決して、しないところは尊敬さえもしていた。
相手が誰であろうとも態度を変えないのは公正な人間である証と言ってもよかった。。
(信用出来る大人かもしれないってことよね)
「ほお。それでお前はこれを私に調べろと言うのかね。アマーリエ・ネドヴェト」
「は、はい」
ペテル・ビカンは学園に自分の個室――研究室を持っていた。
この事実だけでビカンという男がどれだけ、凄いのか、分かるというものだ。
小説の中では単に意地悪な先生という描写しか、されていない。
容姿に関しても特に記されていないのだ。
ところが実際、ビカンは二枚目である。
おまけに相手をするのが面倒に思えるほど、プライドが高い俺様思考の大人の男だった。
(この人を頼って、ホントに正解だったのかしらん?)
アマーリエは相談した相手を間違っていたのではないかと後悔しかけていた。
「お前がこれをどこで手に入れたのかは知らん。だが、私を頼ったことは正解だ」
「あ、ありがとうございます?」
「誉めてはいないぞ」
(じゃあ、「あざますです」とでもおちゃらけて言えば、よかったの?)
そう考えてから、もしもそうしていたら、もっと怒られる未来しか見えず、アマーリエはブルブルと震える。
その仕草も癇に障ったのか、ビカンはアマーリエに睨みを利かせる。
恐怖と戦いながら、後悔が大後悔の旅になろうとしているアマーリエだった。
「これは毒だ。いや、違うな。確かに薬ではある。だが、ある血を持つ者には呪いにも似た毒にしかならん。お前もこれは駄目だと思うぞ。まさか、直に触ったりはしていないだろうな?」
「あ……えっと、少し触ったような」
「なんだと!? 見せてみろ。ふむ。確かに発疹が出ているな。かなり、純度が高い代物のようだ」
ビカンに手を取られ、自分でも気が付いてなかった発疹にアマーリエも酷く、驚く。
薬包から、移した時に手に付いてしまったのだろうかと彼女は軽く、考えていたがビカンは難しい顔をしている。
掌に赤いブツブツが少々、出ていた。
軽いとはいえ、アナフィラキシーに似た症状が出ていたのだ。
「これは
ビカンが呟いた一言が、妙に強くアマーリエの耳に残った。
呟いたということは自分に聞かせるつもりはなかったのだろうと思いつつもアマーリエには魔女の毒という言葉が妙に引っかかるのだった。
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