後ろの席のギャルが俺に懐いてしまった。そしてかなり病んでいる

明石龍之介

第1話

 音無京香は無口なギャルである。

 クラスの一番奥角の席に座り、朝から放課後までほとんどその席を移動することはない。

 

 見た目はかなり派手。

 金髪にパーマを当て、規則の緩いうちの学校でなければ校則違反間違いなしな髪型だから入学してすぐのからは何かと話題になったものだ。

 目尻に長く引かれたアイラインは彼女の大きなつり目をより力強く見せ、華奢な手足なのにふっくらとした胸元は当然男子の興味をそそった。

 

 それでも。 

 入学して一ヶ月ほどの間、彼女はほとんど誰とも喋っていない。

 もちろん俺が見た範囲での話だが、授業中に先生から解答を求められても無言で首を振るだけで、休み時間も昼休みもずっと、ひたすら本を読みながら一人静かに過ごしているその様子を見る限り俺の言っていることは間違いないと思う。


 入学直後はその見た目に惹かれた男子数人が放課後に告白なんかをしたそうだけど、噂によればどれも玉砕したとかなんとか。

 しかもその断られ方が酷かったようで、詳細は定かではないが音無に対しての悪い噂というのは学年中に蔓延している。

 だから誰も彼女に近づかない。

 もちろん、彼女もまた、誰も寄せ付けない。


 音無の前の席に座る俺はいつも後ろから暗いオーラを感じている。

 だからこそ、わかる。

 彼女は本当に人付き合いが嫌いなのだろう。

 まあ、だからといって俺には関係ない話だし学校に通うなら友達を作らないといけないというルールだってあるわけじゃない。

 一人で静かに勉強したいと思うやつもいるだろう。

 そんないちいちの個性を俺は否定も肯定もしない。

 それならなぜ、わざわざ全く接点のないクラスメイトのことをここまで考えているのかと言われると、少し気になることがあるからだ。


 後ろの席からぶつぶつと、彼女が独り言を呟いている。

 そしてその内容が少し気になるのである。


「産婦人科は……隣町。子供用品店はバイパス沿いにあるから。アパートは、駅裏が安いみたい」


 俺は聞こえても何も反応はしないが、しかし気にしないわけにもいかなかった。


 産婦人科? 子供? 

 まさかとは思うが、音無のやつ妊娠しているのか?

 だとすれば一大事である。

 彼女の誕生日すら俺は知らないが、十五歳の高校生が妊娠なんて洒落にならない。

 相手は誰だ? もしかしてこのクラスにいるのか? 

 しかし彼氏っぽいやつなんて見たこともないし、まさかやることやっておいて認知もしないゲス野郎だとか?


 だとすれば許せん。

 たとえ関わりがなくとも音無とはなんの縁か同じ教室で勉強するクラスメイトなのだ。

 クラスメイトに辛い思いをさせるようなクズ野郎は俺の手で成敗して……いや、何ができよう。

 

 人より少し正義感が強くて、そういう曲がったことが嫌いなだけで俺には悪に立ち向かう力もなければ度胸もない。


 入学式の日にだって、無駄な正義感を見せて結果的に痛い目にあったわけだし。

 

 高校生を妊娠させるような男なんて、きっとどヤンキーみたいな奴に違いないし。


 音無だって、別に悩んでる様子でもない。

 

 だから俺には関係ない話だと、言い聞かせるように教科書に視線を戻して、残りの授業に集中した。



「じゃあな黒崎、また明日」

「おう、頑張れよ」


 クラスメイトが忙しそうに教室を出て行ったあとで、俺はゆっくり帰り支度を整えて教室を後にする。


 放課後はいつも一人だ。

 別に友人がいないとかそんな理由じゃない。

 ただ、みんな部活動に所属しているのでそっちへ行ってしまうだけの話だ。


 ちなみに俺は帰宅部だけど、帰ってぶらぶらしているわけではない。

 所謂家庭の事情、というやつだ。


 両親は祖父母から受け継いだ料理屋を営んでおり、夕方の忙しい時間帯はいつも俺も手伝いをしているのだ。

 両親はそれを望んでいなかったが、昨今の人手不足に悩まされてる両親のためでもあるし、なによりいずれは自分もこの店をやっていくわけだから、早いうちから慣れている方がいいだろうと自らその道を選んだ。


 ただ、俺も高校生だ。

 青春の全てを仕事に捧げるなんてかっこいいことは言えない。


 帰り道に、少し寄り道するくらいのことはある。

 今日は家の近くにあるペットショップへ来た。

 飼うつもりはないが、昔、母方のばあちゃんが猫を飼っていたこともあって、俺は猫が好きなのだ。


 時々こうして店に寄って猫に癒されてから帰宅するのが俺の趣味みたいなものだ。

 

「あ、可愛いなあ」


 店の奥にあるショーケースの向こうにいたのは、まだ生後二ヶ月ほどの子猫だった。

 アメショーか、いいな。

 もちろん高くて買えるような値段じゃないしうちは動物とかは飼うなと言われてるから連れて帰ることなんてできないけど。 

 ちょっとだけ、この子に癒されてから店に行こう。


「……ん?」


 可愛い子猫に癒されていると、後ろから視線を感じた。

 振り返ると、そこには見覚えのある女の子の姿があった。


「お、音無?」

「……」


 少し小柄な音無は、俺を見上げながら睨むように立っていた。


「ご、こめん邪魔だった?」

「大丈夫」


 俺が避けると、彼女はそのままショーケースの前へ立つ。

 そして、真っ直ぐ子猫を見つめていた。


「……好きなのか?」


 話したこともないクラスメイトだったけど、俺は思わず話しかけてしまった。

 一応顔見知りなのに一言もなく去るのも気まずかったというのもある。

 

 しかし音無はじっと前を見ながら沈黙したまま。

 やっぱり話しかけるべきじゃなかったかなと、ゆっくりその場を去ろうとしたその時。


「好き」


 小さく、彼女が呟いた。

 

「そ、そうなんだ」

「好き?」

「俺? もちろん好きだよ」

「どうして?」

「どうしてって……可愛いじゃんか」

「可愛い……それだけ?」

「ん、そうだなあ。見てるだけで癒されるし」

「そっか。同じだね」


 その時、あの無表情な音無の顔が少しだけ緩んだ。

 俺は不覚にも、ドキッとしてしまった。


「そ、そっか。でも、正直意外だな」

「そんなことないよ。大好きだもん」


 そう言いながら、音無はじーっと視線を猫へ向けたまま。

 

「欲しいの?」

「……欲しい、赤ちゃん」

「赤ちゃん……」


 もちろん彼女が言う赤ちゃんとは目の前にいる猫の赤ん坊のことなのだろうけど。

 赤ちゃんというワードを聞いて俺は彼女の独り言を思い出す。


 音無は、やっぱり妊娠しているのだろうか。

 気になる。

 さっきからお腹の辺りをさすっているのもお腹に赤ちゃんがいるからなのだろうか。

 いや、気になるけど聞けない。

 もし違っていたら俺はただの気持ち悪い男になってしまう。


「どうしたの?」

「い、いや別に」

「黒崎君も欲しい?」

「え? あ、いや、まあ欲しいには欲しいけど」


 名乗ってもいないのに俺の名を呼ばれて少し驚いたけど、クラスメイトだし席も前後なんだからそれくらいはよく考えたら普通のことだ。

 俺だって、音無の名前くらいは知ってるわけだし。

 

「そうだよね。欲しいけど、現実的には、ね」

「まあ、そうだな。もう少し大人になったらだな」

「うん。大人になったら。でも、意見が合ってちょっと嬉しい。また明日ね、黒崎君」

「あ、ああ。また明日」


 どこか嬉しそうにしながら、ゆっくりその場を去っていく音無に俺は少し見惚れていた。

 笑うと、可愛いんだなあいつ。

 それに、意外と喋るんだ。

 

 共通の趣味で盛り上がれて楽しかったってこと、でいいのかな?

 もしかしたらこれを機に音無と……いやいや、ないない。


 こんなことくらいで明日から馴れ馴れしくしていたら、音無みたいなタイプにはそれこそ煙たがられるだろうし。


「あ、やばい早く帰らないと」

 

 ぼんやりしていると、うっかり店に入る時間が迫っていたので、俺は慌てて店を出て家に向かった。


 



 

 


 

 

 

 

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