銀幕の世界

振矢瑠以洲

銀幕の世界

 まだ時代は白黒テレビしかない時代から、カラーテレビが東京でしか見られなかった時代。銀幕に映し出された自然色、ただそれだけに圧倒された。映画好きの父親、たまに連れて行ってくれた怪獣映画、子供向きのアニメ映画。これだけだったら普通の父親だったが、ついでに連れて行かれた時代劇映画、やくざ映画。映画好きといっても父が好きだったのは時代劇ややくざ映画のドスや刀の血みどろのシーン。物心ついたばかりの私が覚えているのだから、相当の数、連れて行かれたに違いない。

 映画の世界がフィクションであるという概念がなかったから恐らく学齢前の幼年時代、銀幕に映し出された赤いしぶきが本物だと思っていた。銀幕の中の死が、フィクションだという概念がなかった幼年時代、死んでしまった俳優が、別の作品の中に出てきたとき、幼年時代の私の頭ではとうてい理解できなかった。

 映画というのはやはり凄い、映画は総合芸術と言った人がいましたが、音楽、カメラマンによる映像、小道具大道具を準備する人たち、そして何よりも、フィクションの世界をリアリティーと間違うほどまでにも、演じてしまう俳優たち、リアリティそのものに思えてしまうエキストラたちの熱演。フィクションを、リアリティーそのものにしてしまうスタントマンたち。映画というものは、それにかかわる数多くのスタッフ関係者が総動員して、一つの作品に、あるものは命をかけて作り上げていく。その熱風熱気によってフィクションの世界が、リアリティの世界に変わったしまったかのような錯覚を観客に与えてしまう。

 私はそのような世界の中で、死への恐怖、生きる喜び、憎しみ、友情、悲しみ、苦しみ、笑い、涙、等々人生のリアリティに投げ出される前に、貴重なウォーミングアップの時を持つことができたのかもしれない。

 私が字幕の映画を初めて見たのは、中1の時でした。洋画はテレビでしか見たことがなかったので、あの外人日本語上手だなと思っていたのはいくつまでだったか。映画館で字幕の映画を見たとき、映画の内容はどうであれ、あの英語の響きにいいようのない感動を受けたのかもしれない。

 邦題が『小さな恋のメロディ』のイギリスの映画、イギリスのB級作品。ロンドン下町の幼い少年少女の恋物語。他愛のない作品だったが。出だしのロンドンの下町に昇る日の出と共に、流れるビージーズの『イン・ザ・モーニング』。曲の美しさと、上空から映し出されたロンドンの下町の美しさ。私は銀幕の世界の美しさに圧倒され虜になってしまいました。

 私の思春期から青年期において、映画は私の親・教師・学校そのものでした。英語を始めとした外国語に触れ、日本語以外の言葉の存在とその美しさに圧倒されました。

 私の脳裏に一番強く残っている、最も印象に残っている映画は、サム・ペキンパー監督、スティーブ・マックイーン主演の『ジュニア・ボナー』いう映画です。内容はほとんど覚えていませんが、カーボーイ姿のマックイーンとバックに流れるカントリーミュージックが、脳裏に強烈に焼き付いていて、時々思い出します。

 確かにメッセージ性のある映画、エンターテイメントの色彩豊かな映画、涙涙の感動ものの映画等素晴らしい映画はたくさんありますが、今見ると他愛のない地味な映画かもしれませんが、いつまでも、ある場面と音楽が、心に残る映画も、今世紀の評論家をもってしてもその芸術性を理解できなかった映画だったりするかもしれません。

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