第4話

男は鎧兜達の荷馬車の中に転がされていた。

入れ墨が死んだあの日から半月ほど時間が経っている。どうやら鎧兜達は人狩りが仕事のようで、森で少数行動している人間を狙ったり、時には小さな集落を襲ったりして人を攫っていた。

荷馬車の中にはすでに5人ほど攫われた人間が積まれているが、どれも見た目のそれなりに良い子供だけで、成人体は男一人だけであった。

子供たちは怯え、何かを話し合っているが、やはり男には何を言っているのか聞き取れなかった。

全裸で転がされている獲物達は、それぞれが堅い縄で足が繋がれており、縄は最終的には荷馬車の柱にくくりつけられていた。よしんばその柱の縄を切ることが出来ても、足並みを揃えて素早く逃走するのは無理であろう。もちろん見つからずに全員分の縄を切る時間の余裕などあるはずもない。

男ら獲物たちは日に二度だけパンのような何かと水を渡され、糞尿は荷馬車の中に垂れ流しなので悪臭が立ち込めている。

荷馬車の悪臭は鎧兜達にも堪えられないものであるらしく、3日に1度ぐらいは水をかけられ洗浄されるのだが、男はその時初めてそれを見た。

最初はホースの様なもので水を撒いているのだと思った。

しかし様子が変であった。荷馬車を洗浄する鎧兜の一人は、明らかに手のひらから水流を出しているように見えたのだ。子供たちはその水の冷たさに堪えかねうずくまるのみであったが、男は目を輝かせてその水源を見た。

ま、魔法だ。間違いない。ここはそういう世界なんだ。水はかざした手のひらの先の何もない空間から湧き出ていた。

男は3日に1度の洗浄が楽しみになった。もちろん車内や自分が多少なりともきれいになるという事もあったが、男は少年のように好奇心に胸を踊らせながら、その原理を探ろうとした。

よくあるファンタジーの物語のように、呪文を詠唱して何か神秘的な力で魔法を発動しているのだろうか。それとも魔力が存在していてそこから力を抽出しているとか。男の妄想は膨らむ。

しかしいくら観察しても容易にはそのメカニズムはわかりそうもなかった。

水をまく鎧兜は毎回さも退屈そうに、兜の隙間からあくびをしているのを覗かせながら水をまくのである。その動作には僅かな厳粛さも存在せず、畜産家が牛舎を掃除するような日常的なものであるようだった。

やがて男がその観察にも飽きた頃、鎧兜御一行は大きな街にたどり着いた。いや、街は高い城壁に囲まれているので城というべきなのか。レンガで舗装された10mはあろうかという城壁には等間隔で櫓のようなものがついており、数十人が一度に出入りできそうな城門の上には、三層の瓦屋根の楼閣が建っていた。

その大きな城門は非常時用であるらしく、鎧兜一行はその脇の通用門から入場する。城門を警備する兵士は鎧兜達に敬意を払っていたので、彼らは身分のあるものなのかも知れない。

男は荷馬車から顔を出し、必死で街並みや住民を観察する。

馬車が走れる表通りには、三階建てぐらいの瓦屋根の木造建築がびっしり並んでいた。それらの建築物は商店であるらしく、肉や野菜等の食料から、布地や衣服等の衣料品、小瓶に入った薬品の様なものまで売られていた。

あんな小さな透明の瓶があるってことは、かなり工業力は高いらしい。しかし未だに蒸気機関や内燃機関を目にすることはなく、動力はもっぱら動物や人力に頼っている。この荷馬車を引いているのだって馬だ。いや、たてがみがなかったり首の付根の左右にコブがあったりと、厳密には馬と違うようだが、用途や性質はほぼ馬と同じと思われた。

男はだんだんこの世界の文明レベルに見当がついてきた。産業革命が起きる直前の元の世界に近いのではないだろうか。魔法があること以外は・・・

鎧兜達の様子を見るに、魔法はかなり普遍的なもので、特別なものではなさそうだった。あんなに当たり前に使っているものなら、自分にも習得できるのではないか。そう思うと男の心は年甲斐もなくときめいてしまうのだった。

それに、この後どういう扱いを受けるのかは分からないが、この世界に自分が召喚されたことには何か意味があるのではないかとも思い始めた。

もしかすると、自分には隠された才能があって、それがこの世界に必要とされているのかも知れない。力をつけてそれを示せば、この世界で生き抜くこともできるのではないか。元の世界とは違って・・・

男の心はいつになく前向きになっていた。この世界に飛ばされて、いきなり散々な目にあったが、それでまた死のうとはもう思えなくなっていた。新しい世界には新しい可能性があって、そこにこそ自分の居場所が見つかるのではないか。そう思うと男の胸は踊るのだった。

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