普通に考えて異世界に転移してもろくな目にしか遭わない

遠藤伊紀

第1話

休日はハイキング客や自転車乗りで賑わうのかも知れない林道も、平日の曇りときたら閑散としたものだ。いや、紅葉も終わったこの時期では元々人の往来などないのかも知れない。

かろうじて一車線分を保っている舗装路をやめかけたボロボロの道には、時折車の離合のための待避所がある。

カーブの外径に突き出した崖っぷちのその待避所には軽自動車が一台停まっており、その側には男が一人立っていた。

「別に、死に場所を探して来たわけじゃない」

男は一人つぶやく。

「でもここは素晴らしい景色だし。どうせ死ぬならこういう所が良いな」

男の眼前には下界の景色が茫々と広がっていた。

晴れていればもっとはっきりとした景色が見られたのだろうか。遠くには自分が住む街が見えるよう見えないような、大地と空の境目も定かでない。少なくとも客観的には素晴らしい景色ではなかった。

男はしばらくその場に呆然と立ちすくんでいると、やがて緩慢な動作でガードレールをまたいで乗り越え、そして、飛んだ。

浮いたと思ったのは一瞬だった。体はすぐにものすごい速さで大地に吸われ始めた。その速度に男の意識はついていけず、まるで体から心が抜け出していくようだった。

「あ、下、なんだっけ」

落ちる先は木々だったか岩場だったか、まぁ、なんでもいいか。そう思った瞬間、男の体と心は何か硬いものにぶつかり、そして男の時間が止まった。

跳ね返されるのかな。止まった時間のなかで男はそう感じたような気がした。

もう自分と外界の境界線もわからない。

そして男の最期の意識は、予測に反し、地の底へ深く深く沈んでいった。

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