10.国王陛下の別荘にて
国王陛下の別荘に着くとわたくしとクリスタちゃんは馬車から降りた。ふーちゃんは父に抱っこされて、まーちゃんは母に抱っこされて馬車から降りる。
ふーちゃんとまーちゃんは国王陛下の別荘の庭をきょろきょろと見回して、興味深そうにしていた。
式典でもなんでもなくて、私的な招待なのでそんなに形式ばらなくてもよかったのだが、ふーちゃんは水色のストライプのスーツを着ているし、まーちゃんはオールドローズの胸で切り替えがあるドレスを着ていた。
国王陛下の別荘の庭は広く、お屋敷の玄関に辿り着くまでにかなり歩かなければいけなかった。ふーちゃんとまーちゃんは降ろされて、お花を見ながら歩いて行っている。
ガザニアにグロリオサ、ダリアにペチュニア……庭には夏の花が咲き乱れている。
「まーたん、めっ!」
「めっ!?」
花を掴もうとしているまーちゃんにふーちゃんが鋭く言えば、まーちゃんは伸ばした手をそろりと引いて花を千切ったりしなかった。
「みじゅ!」
「まーたん、めっ!」
「めっ!?」
噴水を見付けたら即座に飛び込もうとするまーちゃんだが、またふーちゃんに止められている。ふーちゃんに言われたらまーちゃんは渋々だが理解して噴水に飛び込むのをやめていた。
「フランツは本当にいいお兄さんだね」
「フランツがしっかりしているから、安心ですわ。でも、フランツも小さいから無理をさせないようにしなくてはいけませんね」
「私たちでしっかりとマリアに伝えないといけないね」
ふーちゃんの艶々の髪を撫でながら両親はふーちゃんを褒めていた。
一時期丸坊主だったふーちゃんの髪も伸びて、艶々の金髪になっている。赤ちゃんのときのようなふわふわの髪ではなくて、太い髪質になっていた。
母もだがクリスタちゃんもふーちゃんも、髪の毛に若干癖がある。ふんわりしていてそれがとても可愛いと思うのだが、わたくしはそれが羨ましくもあった。
わたくしの髪はストレートなのだ。
わたくしは髪質も父に似たようだ。
まーちゃんも髪に癖がないようなので、わたくしと父とまーちゃんは髪質が同じなのだろう。
「今日はハインリヒ殿下にいただいたリボンの造花の髪飾りをつけてきました。ハインリヒ殿下は気付いてくださるかしら」
歌うように、夢見るように呟くクリスタちゃんは恋をしているのだとよく分かる。ハインリヒ殿下に贈られたものを身に着けて来るなんて、クリスタちゃんもハインリヒ殿下を喜ばせたいに違いなかった。
「きっと気付いてくださいますよ」
「ネックレスもつけてきたのです。わたくし、ハインリヒ殿下に可愛いと思っていただきたいのです」
九歳の乙女心を聞かされてわたくしはクリスタちゃんが可愛くて仕方がなかった。
国王陛下の別荘に入ると、涼しさを感じる。
よく見ると部屋に氷の柱が立ててあった。
お日様の光を浴びて火照った体に、窓際に置かれた氷の柱を掠めて吹いてきた風がとても心地よく感じられる。
「ディッペル公爵夫妻、エリザベート嬢、クリスタ嬢、フランツ殿、マリア嬢、よく来てくれた」
「お招きいただきありがとうございます。今日はユリアーナ殿下にお会いするのを楽しみにしてきました」
「ユリアーナにぜひ会って欲しい。とても可愛いのだ」
国王陛下と父は学生時代の学友なので、とても仲がいい。部屋の中に招かれて、わたくしとクリスタちゃんは王妃殿下が抱いているプラチナブロンドの髪に青い目の王妃殿下そっくりの赤ちゃんに足早に駆け寄った。
「王妃殿下、この度はお招きいただきありがとうございます」
「ユリアーナ殿下ですね。とても小さくて可愛らしいです」
「ユリアーナに会いに来てくださってありがとうございます。国王陛下がユリアーナをディッペル公爵家のご家族に見せたいのだととても楽しみにしていたのですよ」
「わたくしもユリアーナ殿下にお会いしたかったのです」
「わたくし、弟も妹も生まれましたが、お産がとても大変だということを学びました。王妃殿下、お産を乗り越えられて本当に大変でしたね」
「パウリーネ先生のおかげでハインリヒのときよりもお産は軽かったのですよ。それでもお産は命懸けですからね」
わたくしとクリスタちゃんと王妃殿下で話していると、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下も近くにやってくる。
「私の妹のユリアーナです。とても可愛いでしょう? 将来はものすごい美女になると思いますよ」
「ハインリヒはそんなことを言って。こういうときは謙遜するのが美徳なのですよ」
「そうは言われてもノルベルト兄上、ユリアーナは本当に可愛いんです。こんな可愛い子を私は見たことがありません」
にこにことユリアーナ殿下のことを絶賛するハインリヒ殿下にノルベルト殿下も呆れながらも微笑んでいた。
わたくしとクリスタちゃんは足元にしがみ付いてきたふーちゃんとまーちゃんを抱き上げる。
「フランツです。わたくしの弟です。フランツ、ユリアーナ殿下ですよ」
「ゆーでんか」
「マリアです。わたくしの妹です。まだ一歳になったばかりです」
「まー! まー!」
わたくしがふーちゃんを紹介して、クリスタちゃんがまーちゃんを紹介する。
ハインリヒ殿下もノルベルト殿下もふーちゃんとまーちゃんに興味津々だが、ふーちゃんとまーちゃんはじっとユリアーナ殿下を覗き込んでいた。
「あかたん! かーいー!」
「あーた! いこいこ!」
ユリアーナ殿下を可愛いと言っているふーちゃんが可愛いし、ユリアーナ殿下を撫でようと手を伸ばしているまーちゃんも可愛い。ユリアーナ殿下に触れると力加減がまだできないのでまーちゃんには我慢してもらったが、まーちゃんはユリアーナ殿下を見て満足したのか、降ろしてもらっておもちゃを手に持ってガジガジと噛んでいる。
ふーちゃんはしばらくユリアーナ殿下を見詰めていたが、飽きてしまったのか降ろしてもらって、まーちゃんを追い駆けて列車のおもちゃで遊び始めた。
「フランツは列車が大好きなのですよ」
「私も小さい頃列車が大好きでした。列車の車掌に憧れたものです」
「ハインリヒ殿下もですか? 男の子は列車が好きなのですね」
クリスタちゃんがハインリヒ殿下に話しかけると、ハインリヒ殿下がクリスタちゃんの三つ編みの根元に手を伸ばした。そこにはリボンの造花の花が飾り付けられている。
「この髪飾りを付けて来て下さったのですね。とてもよくお似合いです」
「これはハインリヒ殿下との大事な思い出ですから」
「ネックレスもつけて来て下さって。クリスタ嬢、とても可愛らしいです」
「嬉しいです。ハインリヒ殿下にそう言われたかったのです」
頬を薔薇色に染めて喜ぶクリスタちゃんにハインリヒ殿下は微笑んでお茶の席に誘っている。
わたくしはハインリヒ殿下とクリスタちゃんの邪魔をしないように、エクムント様の元に歩いて行った。
「エクムント様、お茶をご一緒しませんか?」
「ハインリヒ殿下もノルベルト殿下もいらっしゃるのに、私でいいのですか?」
「エクムント様とお茶をしたいのです」
婚約者なのだし、エクムント様は辺境伯家の後継者なのだから当然お茶をする権利がある。
わたくしが誘えば、エクムント様はノルベルト殿下に声をかけていた。
「ノルベルト殿下もお茶をご一緒致しませんか?」
「お誘い嬉しいです。エクムント殿にはお聞きしたいことがあります」
「なんでしょう?」
「ノエル殿下にプレゼントをしたいのですが、ネックレスだけでは弟と同じだし、大人の男性に女性にプレゼントするものを聞いてみたかったのです。ハインリヒがクリスタ嬢にネックレスをプレゼントしたのも、エクムント殿がエリザベート嬢にネックレスをプレゼントしたからだと聞いています」
ノルベルト殿下はハインリヒ殿下の兄で、一番年上なので他に聞けるひとがいなかったのだろう。国王陛下に聞くというのもやりにくいところがある。
「私は今年のお誕生日にエリザベート嬢にネックレスとお揃いのイヤリングを贈ろうと思っています。ネックレスとイヤリングのセットではどうですか?」
「イヤリングですか! それは思い付きませんでした。セットにするのも素敵ですね。参考にさせていただきます」
エクムント様とノルベルト殿下の話も弾んでいる。
ミルクティーを飲みながらわたくしはそれに耳を傾けていた。
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