9.魅惑のポテトチップス
国王陛下から正式に招待状が来たので、動き出したのは父だった。
父は仕立て職人を呼んで、ふーちゃんとまーちゃんにスーツとドレスを作らせようとしたのだ。
「あなた、フランツとマリアには早すぎますわ」
「国王陛下と王妃殿下にフランツとマリアの可愛いところを見て欲しいのだ」
きっとユリアーナ殿下も可愛いベビードレスを着て紹介されるだろう。父はふーちゃんとまーちゃんにスーツとドレスを着せることを譲らなかった。
最終的には母も苦笑しながらそれに賛成していた。
仕立て職人に採寸されて、ふーちゃんとまーちゃんはスーツとドレスを誂える。
ふーちゃんは涼し気な水色のストライプのスーツ、まーちゃんはオールドローズの胸で切り替えがあるドレスだった。
仕立て職人に採寸されて布を選んでいる間、とても大人しくしていた。
父はその姿に感動したようだ。
「こんなにいい子にしていられるなら、国王陛下の別荘でも平気だな」
「おとうたま、わたち、いーこ?」
「まー、いこ?」
「いい子だよ。とてもいい子にしているよ」
褒められてふーちゃんもまーちゃんもますますいい子にして大人しくしている。まだ小さな子どもなので国王陛下の別荘でどうなるかは分からないが、少しでも大人しく過ごせる時間が長続きするように、わたくしはふーちゃんとまーちゃんのお気に入りのおもちゃや絵本を用意しなければいけないと思っていた。
国王陛下の別荘は広く、わたくしたちが行っても手狭には感じないだろう。
国王陛下からの招待状にはわたくしたちディッペル家の家族を招待すると書いてあるだけではなかった。
ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下が夏休みの間にディッペル家に一泊して滞在したいということも書かれていた。国王陛下の別荘から帰ってきたら、わたくしたちはハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下をお迎えしなければいけない。
ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下に出すお茶のときのおやつを用意する厨房も大忙しだった。目新しいものをハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下に味わってほしいのだが、厨房の料理長は何も思い付かないでいるようだ。
わたくしが思い浮かんだのは、この国でジャガイモがとてもよく食べられていることだった。
この国で飢饉が起きたときに、ジャガイモが飢饉を救ったことはリップマン先生から習っていたが、ジャガイモの食べ方といえば様々あるが、わたくしが前世で食べたものの中でないものも当然あった。
「ジャガイモを揚げるのはどうでしょう?」
厨房に押しかけて提案したわたくしに、料理長は首を傾げている。
「ジャガイモを揚げたものはおやつにはならないでしょう」
この国で食べられているジャガイモを揚げたものは、大きめのジャガイモを素揚げにしたものだった。
そうではないのだとわたくしは説明を付け加える。
「ジャガイモをものすごく薄く切るのです。それをパリッとするまで、二度揚げするのです」
「エリザベートお嬢様、そんなものを食べたことがあるのですか?」
「いいえ、ありませんが、常々、ジャガイモを揚げたのを食べているときに、これが薄くてパリパリだったらと思っていたのです」
前世でポテトチップスを食べたことがあるから知っているなんて言えるはずがない。
料理長は皮を剥いたジャガイモをものすごく薄く切って、パリパリに揚げてくれた。
「味付けに塩を振りかけてくれますか」
「分かりました。今日のお茶の時間に出してみましょう」
出来上がったポテトチップスを料理長はお茶の時間に出してくれた。
ポテトチップスを初めて食べたクリスタちゃんは目を輝かせて次の一枚を手に取っている。ふーちゃんは両手に持って口の中に詰め込んでいる。まーちゃんは口の中に入れてもぐもぐと真剣に咀嚼していた。
「変わったポテトフライだね。料理長が考えたのかな?」
「わたくしがリクエストしましたの。わたくし、常々ポテトフライを食べるときに、これがもっと薄くてパリパリだったら美味しいのにと思っていました」
「エリザベートが考えたのか。いただくよ」
「パリパリで面白い食感ですわ。食べ始めると止まりません」
「これは美味しいな」
両親もポテトチップスを気に入ってくれたようだ。
せっかくジャガイモがたくさん食事に出てくるのだから、食べたいと思っていたポテトチップスを食べることができてわたくしは満足だった。
山盛りのポテトチップスはクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんによってあっという間に食べ尽くされていた。
「ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下がいらっしゃったときに、お茶の時間にこのジャガイモを出してはどうでしょう?」
「ケーキの甘さとジャガイモのしょっぱさでどれだけでも食べられそうだな」
「面白い試みだと思います。ハインリヒ殿下もノルベルト殿下もノエル殿下もこれは初めて食べるでしょう」
ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下がいらっしゃったときに出すおやつも決まった。
これで安心して国王陛下の別荘に行くことができる。
国王陛下の別荘に行くために、ふーちゃんには列車のおもちゃと列車の絵本と列車の図鑑を準備して着替えと共に荷物に詰めた。まーちゃんにはお気に入りのがらがらと鳴るおもちゃでまーちゃんがよく噛んでいるものと、童謡を歌いながら読む絵本を荷物の中に入れておいた。
これでふーちゃんとまーちゃんも慣れたおもちゃや絵本があるので少しは落ち着いて国王陛下の別荘に行けるだろう。
「お姉様、わたくしの格好、おかしくない?」
「とても可愛いですよ」
「ネックレスが自分ではつけられないの。お姉様、つけてくださる?」
三つ編みにした髪を押さえてクリスタちゃんがわたくしにネックレスを渡してくるのを受け取って、わたくしはクリスタちゃんの首にネックレスをつけてあげた。
ドレスも丈が膝下で床に着くほどではないモダンスタイルで、クリスタちゃんはとても格好いい。
わたくしもモダンスタイルのドレスを着てネックレスを首に付けた。
「エリザベート嬢、馬車までお送りいたします」
「エクムント様も来られるのですか?」
「私は護衛の騎士として参ります。馬車には乗りませんが、いつも通り馬で並走します」
部屋までエクムント様が迎えに来て下さって、わたくしを馬車までエスコートしてくれる。
エクムント様は我が家の騎士として働いて、馬車に荷物を積み込む役目もしてくれた。
エクムント様もご一緒に行くのならば、わたくしもエクムント様にエスコートしてもらえてとても嬉しい。
顔を上げてわたくしはエクムント様の白い手袋を付けた手に自分の手を重ねた。
馬車に乗り込むと、父の膝の上に座ったふーちゃんが窓から外を見て興奮している。
「うまー! うまー!」
「フランツの大好きなお馬さんですね」
「んまー! んまー!」
「マリアもお馬さんが好きなのですか?」
母のお膝に座っているまーちゃんも馬を見て目を輝かせている。わたくしはそろそろまーちゃんも乗馬の練習をする牧場にデビューしてもいいのではないかと考えていた。
まーちゃんもふーちゃんのようにわたくしたちが乗馬の練習をして、エラとジルとヤンのお世話をするのを見ていても楽しいと思うのだ。
夏場だから日陰にいないといけないのはもちろんだが、まーちゃんも間近でエラとジルとヤンを見て人参をあげられたらきっと喜ぶだろう。
「お母様、お父様、マリアもそろそろ牧場に連れて行ってもいいのではないですか?」
「牧場までの道のりは歩く練習にもなりますね」
「外で運動をするのはいいことだね」
両親も賛成してくれてわたくしはまーちゃんに言う。
「まーちゃんにエラとジルとヤンを紹介しますからね」
「えあ、じう、あん?」
「ポニーなのですよ。小さな馬なのですが、とても大人しくていい子で、わたくしたちが乗っても安全なのです」
「んまー! んまー!」
馬に会えると聞いてまーちゃんも興奮していた。
「これから会うのは国王陛下と王妃殿下とハインリヒ殿下とノルベルト殿下とユリアーナ殿下です。馬ではありません」
「うー?」
まーちゃんが勘違いしていそうなので、わたくしはまーちゃんに訂正しておいた。
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