2.詩の夕べ

 まーちゃんのお誕生日は四日違いのノルベルト殿下とハインリヒ殿下のお誕生日のそのまた間にある。

 そのため、まーちゃんのお誕生日はどうしても王都に滞在している期間になる。


 王都から帰ってギリギリ間に合うかもしれないが、それでは落ち着いてまーちゃんのお誕生日をお祝いすることができない。


「マリアのお誕生日は、どうやって祝うのですか?」


 クリスタちゃんのお誕生日のお茶会が終わってからわたくしの関心はそのことにあった。

 朝食の席で両親に聞いてみると、両親はそのことについて考えていたようだ。


「ハインリヒ殿下とノルベルト殿下の生誕の式典と重なってしまっているからね。私たちもマリアの誕生日をどうしようか考えていたのだよ」

「ハインリヒ殿下とノルベルト殿下の生誕の式典から近すぎるのも困るので、一週間ほど開けてから、遅い誕生日を祝おうかと思っていました」


 一週間離れていれば、マリアが五歳を過ぎてお誕生日のお茶会が開かれるようになっても、他のお客様を心置きなく呼ぶことができる。

 あまりハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日と近すぎたら、招待されるお客様も大変だろう。


「マリアは当日にお誕生日を祝ってもらえないのは可哀想だわ」

「その分、心を込めて豪華にお祝いしましょう」


 クリスタちゃんは不満そうな顔をしているが、生まれたときからそうならばまーちゃんはそのことに疑問を抱かないだろうし、お誕生日のお祝いがずれることが前もって分かっている方がお客様も助かるだろう。


 まーちゃんの一歳のお誕生日はハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日に王都に行ってから、一週間ほどしてから祝うことに決まった。


「ふー、まーのおたんどうび、いこいこつる!」

「フランツは優しいお兄さんですね」

「フランツ、二歳になったのだから、自分のことは、『私』と言うようにしようか」

「わたち?」

「とても上手ですよ」

「素晴らしいね」

「わたち、すばらち!」


 自分で小さなお手手を打ち合わせて拍手をしているふーちゃんにわたくしもクリスタちゃんも一緒に拍手をした。


 まーちゃんもお誕生日が近くなって歩くようになっていた。

 両親はまーちゃんのために小さな可愛い靴を買って、外を歩けるようにしてあげていた。


 まーちゃんは好奇心いっぱいでオムツのぷっくりとしたお尻をふりふり歩いて、しゃがみ込んでは土や虫や草を掴む。

 困ったことにまーちゃんはふーちゃんと違って、何でも口に入れてしまう子どもだったのだ。

 土や虫や草を口に入れようとするのをレギーナが必死に止めている。


「マリア様、いけません! これは食べられません!」

「ぺっ!」

「もう食べてたー!?」


 悲鳴が聞こえたときには、まーちゃんの口の周りは土でじゃりじゃりになっていた。

 大急ぎでまーちゃんを子ども部屋に連れて帰って、レギーナがまーちゃんの口を洗う。服も土塗れになっていたので、着替えさせてもらって、まーちゃんはもっと外で遊びたかったのか、未練ありそうに窓に張り付いていた。

 まーちゃんが部屋に戻されたので、ふーちゃんも部屋に戻されて、ふーちゃんはご機嫌で木のレールを敷いて列車を走らせていた。二歳になってふーちゃんは綺麗な形ではないけれど、レールも敷けるようになっていた。


 朝のお散歩が終わると朝食の時間になる。

 お誕生日前で少し早いが、まーちゃんはほとんど大人と同じものが食べられるようになっていたので、食堂にデビューした。

 食堂でふーちゃんと並んで子ども用の椅子に座って、レギーナに朝ご飯を食べさせてもらう。しっかり食べられるようになっているのだが、卒乳したわけではないので、食べた後でミルクも飲んでいた。


 ふーちゃんは朝食を食べて、午前中のおやつがあって、昼食を食べて、お昼寝をして、午後のお茶の時間があって、夕食を食べて、夜中にお腹が空いて起きて来るのでミルクを飲んで、眠っているようだった。


 まーちゃんもふーちゃんも成長しているのを感じて、わたくしは姉としてとても嬉しかった。


 わたくしとクリスタちゃんは、平日は、午前中と午後はお茶の時間までリップマン先生の授業がある。刺繡の日は午後はお茶の時間まで刺繍を習う。ピアノと声楽の日は午後はお茶の時間までピアノと声楽を習う。

 土曜日は午前中に乗馬の練習が入っていて、午後はゆったりと過ごす。

 日曜日は両親も休みを取って、家族で過ごすのが日常になっていた。


 お茶の時間が終わると平日でも自由な時間になるので、子ども部屋に遊びに行かない日は、わたくしとクリスタちゃんはノエル殿下から頂いた詩集を訳していた。

 クリスタちゃんはわたくしの部屋に来て、自分がもらった詩集を一緒に訳している。

 椅子を二つ並べてクリスタちゃんと二人で詩集を訳すのは、意外と楽しかった。


「愛しき君へ。私たちの愛が壊れていく音がする。この崩壊を止めることは決してできない。君は私の元から別の男の元へ行く。けれど忘れないで欲しい。私が君を深く強く愛していたこと。二人の愛は永遠になるのだ」

「春の夕べに。春の夕べにわたくしはあなたを想います。遠く離れていても、あなたと歩いた薔薇園を歩くたびに、わたくしはあなたの面影をそこに見るのです。遠く去って帰らぬあなた。いつかあなたが戻る日まで、わたくしは薔薇の花と共に待っています」


 訳した詩をそれぞれに読み合って、わたくしとクリスタちゃんは感想を言う。

 詩集というので嫌な予感がしていたが、わたくしは思っていたよりも難解ではないことに拍子抜けしていた。

 ノエル殿下やクリスタちゃんの書く詩は、恋の妖精さんが出て来たり、愛の天使が出てきたりして、それはなんなのだと突っ込みたくなるのだが、詩集にかかれている詩にはそんなことはない。

 確かに少し分からない部分がないわけではないが、それを飛び越えてなんとか理解できる範囲のものだった。


「お姉様の読んだ詩、愛が壊れた悲しいままで終わるかと思ったら、最後に愛が永遠になるとあって、ロマンチックでしたわ」

「クリスタちゃんの詩は、遠くに行った恋人を想う詩でしたね」

「この詩は、軍人で戦争に行った恋人を想って書かれた詩だと注釈にありました」

「それで恋人を待っているのですね」


 ノエル殿下のくださった詩集についてわたくしはクリスタちゃんと普通に感想を言い合える。ノエル殿下の作った詩と、クリスタちゃんの作った詩ではこうはいかないのは何故なのだろう。

 ノエル殿下とクリスタちゃんの詩は、詩集の詩よりも難解で、芸術の難しさを考えてしまう。


「こうやって詩を訳していると、わたくしも自分で詩が書きたくなってきますわ」

「クリスタちゃん、自分で詩を作るのは、ノエル殿下のくださった詩集で勉強してからの方が素晴らしいものが作れるかもしれませんよ」

「そうですわね。そのためにノエル殿下も詩集をくださったのでしょう」


 わたくしがノエル殿下から頂いた詩集は作者が男性のようで、クリスタちゃんがノエル殿下から頂いた詩集は作者が女性のようだった。

 男性の作者の詩集と女性の作者の詩集をくださるというのも、ノエル殿下は粋だと思わずにはいられない。

 わたくしとクリスタちゃんが様々な詩に触れられるように配慮してくださったのだろう。


「ノエル殿下、わたくしは学園に入学するまでに素晴らしい詩を書けるように勉強します!」

「クリスタちゃん、わたくしは詩はよく分からないのですが、クリスタちゃんの思う詩が書けるようになったらいいですね」


 詩を書く気になっているクリスタちゃんだが、わたくしは詩は書けそうにないと思っている。このような表現はわたくしの中からは生まれてこないからだ。


 クリスタちゃんとノエル殿下が開くサロンについても、怖い気がしているのは、わたくしに芸術のセンスがなくてクリスタちゃんとノエル殿下の詩が理解できないからかもしれない。

 詩のサロンに招かれてしまったらどうしよう。


 学園に入学するのは楽しみなのだが、詩のサロンのことを考えると、若干憂鬱になってしまうのも正直なところだった。


 わたくしが学園に入学するまでは残り二年。

 クリスタちゃんが入学するまでは三年。


 まだまだ先の未来をわたくしは憂いていた。

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