30.残り三年
ハインリヒ殿下からネックレスを、ノエル殿下から詩集をもらったクリスタちゃんは上機嫌だった。
ハインリヒ殿下とノルベルト殿下とノエル殿下とわたくしでお茶をする。
詩集はデボラとマルレーンにお願いして部屋に置いて来てもらった。
「お姉様、明日からリップマン先生の授業は、詩集を訳すことにしてもらいませんか?」
それはちょっと困る。
詩の意味がわたくしは全く理解できないなんて言うことになれば、リップマン先生の質問に答えられなくなるからだ。
「詩は芸術なのでそれぞれの解釈があると思うのです。リップマン先生の授業ではこのまま隣国の文法を教えてもらって、詩集は自分たちで訳していくというのはどうですか?」
「お姉様と一緒に訳したいですわ」
「ノエル殿下から頂いた大事な詩集です。少しずつでも自分の力で訳したいとわたくしは思っています」
「お姉様がそう仰るなら」
若干不服そうだがクリスタちゃんは理解してくれた。わたくしはそっと胸を撫で下ろす。
「エリザベート嬢とクリスタ嬢には、弟君と妹君がおられるのですよね?」
「弟のフランツと妹のマリアですね」
「羨ましいですわ。わたくしは末っ子だから兄と姉しかいませんの。お幾つですか?」
「弟のフランツは二歳になったばかりです。妹のマリアは初夏に一歳になります」
「それでは、まだお茶をご一緒するまでには時間がかかりますね」
クリスタちゃんがお茶会に連れて来られたのが四歳のとき、そのとき妹のローザ嬢は三歳だった。
そこまで小さくてお茶会に参加することはほとんどなくて、せめて五歳になってからお茶会にデビューするくらいである。
わたくしも五歳からお茶会に出ている。
そういうことを考えると、元ノメンゼン子爵の妾は非常識だったのだと今更ながらに理解できる。
「わたくしの両親のお誕生日のお茶会にはフランツもマリアも出席しているのですが、ノエル殿下はわたくしの両親のお誕生日のお茶会には参加は難しいですよね」
「その後に国王陛下の生誕の式典がありますからね。わたくしはそちらに出席しなければいけないので、エリザベート嬢とクリスタ嬢のご両親のお誕生日には出られませんね」
そうなるとノエル殿下にふーちゃんとまーちゃんを紹介するのは、ふーちゃんとまーちゃんが五歳を越してからになってしまう。
「わたくし、フランツとマリアも出席して欲しいと両親にお願いすればよかったですわ」
クリスタちゃんはそんなことを言っているが、両親のお誕生日だからふーちゃんもまーちゃんも出席できたのであって、クリスタちゃんやわたくしのお誕生日に出席させるのは難しかっただろう。
「小さい子は病気になりやすいのですよ。フランツやマリアが病気にかかれば、わたくしたちにもうつってしまいます。クリスタ、フランツやマリアを無理にお茶会に出さない方がいいのですよ」
「お姉様……わたくし、フランツやマリアをノエル殿下にも見て欲しかっただけなのです。病気にさせたいわけではないです。ごめんなさい」
「謝ることはないのですよ。クリスタの気持ちはわたくしも分かります。フランツもマリアもとても可愛いですからね」
クリスタちゃんがふーちゃんやまーちゃんをノエル殿下に見て欲しいという気持ちもとてもよく分かる。わたくしにとっても、クリスタちゃんにとっても、ふーちゃんやまーちゃんはとても可愛い弟と妹だった。
「ハインリヒ殿下とノルベルト殿下はフランツ殿とマリア嬢に会ったことがあるのですよね?」
「ディッペル公爵夫妻のお誕生日でお見かけしたことはあります」
「とても可愛い子どもたちでしたよ」
「どんな子どもたちでしたか?」
「フランツ殿はディッペル公爵夫人と同じ金髪に水色の目で、顔立ちはディッペル公爵に似ている気がしました」
「マリア嬢はディッペル公爵と同じ黒髪に黒い目で、小さな赤ちゃんでした」
興味を持っているノエル殿下にハインリヒ殿下とノルベルト殿下が説明をしている。
ノエル殿下はそれを聞いてわたくしの顔を見た。
「エリザベート嬢のように、紫色の光沢や、銀色の光沢はなかったのですね」
「紫色の光沢がある黒髪に銀色の光沢がある黒い目は、エリザベート嬢だけですね」
「エリザベート嬢の髪の色と目の色はとても珍しいのですね」
ハインリヒ殿下に言われて、じっとわたくしを見るノエル殿下に、わたくしはミルクティーを一口飲んで説明をする。
「ディッペル家には王家から降嫁された方がいたのです。それで、わたくしはこの国の初代国王陛下と同じ色彩を持って生まれてきました」
「王族の中にもエリザベート嬢のような色彩をお持ちの方はおられますか?」
「髪の色が初代国王陛下と同じだったり、目の色が初代国王陛下と同じだったりする方はいますが、どちらも揃っている方はいませんね」
ノルベルト殿下がノエル殿下に説明をされているのを聞いて、わたくしもそうなのかと思ってしまった。
カサンドラ様がわたくしをエクムント様の婚約者に選んだのはこの色彩もやはり意味があったのだと今更ながらに気付く。
独立を疑われている辺境伯領に、初代国王陛下と同じ色彩を持った花嫁が中央から嫁いでくる。それは国王陛下や中央に、独立の意思はない、辺境伯領はこの国の一部として経営していくという立場を示すために有効だったのだ。
特殊な髪の色と目の色で、両親とも似ていないので気になってはいたが、わたくしはこの色彩を持って生まれられたことに感謝していた。
「ノエル殿下、フランツとマリアが五歳になったら必ず紹介いたしますから、それまで待っていてくださいね」
「はい、楽しみにしています」
クリスタちゃんもわたくしの話題で盛り上がっている間に気持ちを切り替えられたようだった。
お茶を飲み終わると、わたくしとクリスタちゃんは小走りに両親のところに駆けていく。両親はキルヒマン侯爵夫妻と話していた。
「エクムントも今年の誕生日には辺境伯領に行きます」
「ディッペル公爵家には本当にお世話になりました」
「まだ日にちがありますし、エクムント殿がいたことでエリザベートもクリスタもたくさん遊んでもらいました」
「騎士としてもエクムント殿はとても有能でした。お礼を言うのはこちらの方ですよ」
エクムント様の話をしているようだ。
わたくしとクリスタちゃんが近寄ると、両親はクリスタちゃんの首に付けられたネックレスに気付いたようだった。
「素敵な薔薇のネックレスだね」
「どなたにいただいたのですか?」
「ハインリヒ殿下がお誕生日のプレゼントにくださいました。ノエル殿下はわたくしとお姉様に詩集をくださったのですよ」
「それはよかったね。ハインリヒ殿下とノエル殿下にお礼を言っておかないと」
「クリスタ、とてもよく似合っていますよ。大人っぽくなりましたね」
褒められてクリスタちゃんは頬を押さえてうっとりとしている。
「詩集は隣国の言葉で書かれているので、クリスタとわたくしで、リップマン先生に文法を教えてもらって、個人的に訳して行こうと思っています」
「隣国の詩を知るのも勉強になると思うよ」
「素晴らしいものをいただきましたね」
詩集に関してはわたくしは理解できないかもしれないと不安に思っていたが、それでも両親に報告しないわけにはいかない。わたくしとクリスタちゃんがプレゼントをもらったら、両親からお礼を述べないと失礼にあたるのだ。
クリスタちゃんもこれで九歳。
学園に入学するまで残り三年になった。
三年後からは、本格的に『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』の物語の時間軸になるのだが、クリスタちゃんはディッペル家の養子になっているし、バーデン家で教育を受けたわけではないので、内容は全く変わってくるだろう。
これから先の未来を見通せるわけではない。
分からないからこそ、わたくしは未来に希望を持つ。
クリスタちゃんは物語とは全く違う方向に成長していた。
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