24.お留守番の決意

 パウリーネ先生の次の行き先が決まったところで、お茶会はお開きになった。

 帰って行く国王陛下やハインリヒ殿下やノルベルト殿下を、両親がお見送りしている。


「私の誕生日にはユリアーナのお披露目もする。ユリアーナに会いに来て欲しい」

「喜んで参ります、国王陛下」

「ユリアーナ殿下にお会いするのが楽しみです」


 国王陛下の生誕の式典ではユリアーナ殿下が初めて公の場に出席するらしい。王妃殿下もご一緒に出られるのだろう。

 ユリアーナ殿下にお会いしたい気持ちはあったけれど、わたくしはまだ子どもで招待されないので我慢していた。


「ユリアーナ殿下は国王陛下に似ていらっしゃいますか? 王妃殿下に似ていらっしゃいますか?」


 興味津々に問いかけるクリスタちゃんに国王陛下が答えてくれる。


「王妃に似ているのだ。綺麗なプラチナブロンドで、青い目をしている。とても美しい娘になるのではないかと、親ながら思っているのだよ」

「王妃殿下に似ていらっしゃるんですね。とても素敵です」

「顔立ちはどちらに似ているかよく分からないが、ハインリヒは王妃に似ているから、ユリアーナは私に似てくれると嬉しいものだな」

「王妃殿下に似ても、国王陛下に似ても、きっとお可愛らしいですわ」


 国王陛下にも物怖じせずに話しかけられるクリスタちゃんはすごいと思ってしまう。無邪気に話しかけられて国王陛下も嫌な気分はしていないようだった。


「クリスタ嬢、次に会えるのはクリスタ嬢のお誕生日ですね。何か欲しいものがありますか?」

「わたくし、欲しいものは何もありません。お父様もお母様もよくしてくださって、お姉様もわたくしに優しくて……。ハインリヒ殿下が会いに来て下さったらそれだけで嬉しいです」


 手を握り合うハインリヒ殿下とクリスタちゃんは小さいが恋人同士のようだ。

 ノメンゼン家で冷遇されていたクリスタちゃんがディッペル家で満たされていると聞いてわたくしは満足だった。


 お茶会が終わって全員を見送ってから部屋に戻ると、普段着のワンピースに着替える。寒くないようにカーディガンも着て、クリスタちゃんと一緒に子ども部屋を覗くと、疲れたふーちゃんとまーちゃんは眠っていた。

 この時間に眠ってしまうと夜に眠らなくて大変になるのだが、ヘルマンさんもレギーナも今日は仕方がないとふーちゃんとまーちゃんを休ませていた。


 わたくしとクリスタちゃんは両親のところに行く。

 着替え終えた両親は食堂のソファで寛いでいた。


「お父様、お母様、お誕生日おめでとうございます」

「これ、わたくしとお姉様で刺繍を入れました」

「がま口にしてくれたのは刺繍の先生ですが、綺麗な紙で包もうと提案したのはクリスタです」

「受け取ってください」


 綺麗な紙に包まれたがま口を差し出すと、紙が破れないように丁寧に剥がして両親ががま口を見る。生成りの生地に花畑のように刺繍が施されたがま口は、両親の手の上に乗っていた。


「とても上手に刺繍ができましたね」

「クリスタのも、エリザベートのも、とても綺麗だね」

「大事にしますね」

「私はラペルピンやネクタイピンを入れさせてもらおうかな。テレーゼもアクセサリーを入れるものが欲しいと言っていなかったかな?」

「わたくし、結婚したときに大奥様からいただいたネックレスに箱がなくて困っていたのですよね。使わせてもらいますね」


 結婚したときに大奥様からもらったと母は言っているがそれはわたくしの曾祖母のことではないだろうか。


「曾お祖母様はお母様が結婚されたときには生きていらっしゃったのですか?」

「そうですよ。公爵としては引退されていましたが、わたくしとお父様の結婚をとても喜んで、祝ってくれました」

「テレーゼはこの国一のフェアレディと言われていたから、そんな女性が我が公爵家に嫁いできてくれるなんて光栄なことだからね」

「大奥様はお祝いに自分が大旦那様からいただいたネックレスをわたくしにくださったのです。次に付けているときには、エリザベートとクリスタにも見せますね」


 父と父の両親は愛情がなかったようだが、曾祖母は父の結婚を祝ってくれるくらいには交流があったようだ。

 わたくしは更に聞いてみる。


「曾お祖母様はいつ頃亡くなったのですか?」

「エリザベートが生まれてすぐでした。曾孫の顔を見て安心なさったのか、エリザベートの生まれた数日後に亡くなっています」

「エリザベートが紫色の光沢の黒髪に銀色の光沢の黒い目を持って生まれたのを見て、『この子はきっと将来、初代国王陛下のような偉大なことを成し遂げるに違いない』と喜んでくださったんだよ」


 政略結婚で生まれた父は両親の愛情を感じたことはなかったが、曾祖母は父を愛してくれていたのかもしれない。産まれたばかりのわたくしにも言葉をかけてくれたと知ってわたくしは胸が暖かくなる思いだった。


「曾お祖母様は、図書館を作られた素晴らしい方だったのよね。そんな方に偉大なことを成し遂げるって言われるなんて、お姉様すごいわ」

「わたくしの髪の色と目の色が初代国王陛下と同じだっただけですわ」

「曾お祖母様の言う通り、お姉様は辺境と中央を繋ぐ偉大なことを成し遂げようとしているんだわ」


 お目目を煌めかせて感動しているクリスタちゃんにわたくしは何と言えばいいか分からなくなってしまう。

 曾お祖母様の言う通りに偉大なことができるように成長できればいい。

 それだけを思っていた。


 遅いお昼寝から目覚めたふーちゃんは目が爛々としていた。

 夕食の席で元気にお代わりをして食べているふーちゃんを見ると、今夜とても寝そうにないと思ってしまう。

 ヘルマンさんとレギーナはしばらくふーちゃんの生活リズムが戻るまで苦労するだろう。


「国王陛下の生誕の式典だが、私とテレーゼで行ってくるよ。エリザベートとクリスタとフランツは、マリアとお留守番だ」

「エリザベートとクリスタはまだ社交界にデビューするには早すぎますからね」


 わたくしは十歳、クリスタちゃんは八歳で、まだまだ子どもだ。

 辺境伯領のためにわたくしが婚約したとしても、十歳の子どもであるということには変わりなかった。


「エクムント殿も今年は招かれているようだからなぁ」

「エリザベートとクリスタとフランツとマリアを守るように護衛たちにしっかりと命じておきますね」

「エクムント様も招待されているのですか?」

「エクムント殿も来年には辺境伯領に行って、辺境伯家を継ぐ。その下準備でカサンドラ様と一緒に出席されるよ」


 エクムント様もいないとなるとわたくしは不安になってしまう。

 小さな頃からエクムント様はずっとそばにいてくれた。そのエクムント様と離れる時が来るなんて。


 いつかはこんな日が来るのは分かっていた。

 エクムント様は来年のお誕生日には辺境伯領に行ってしまう。

 離れ離れになるのは不安だし寂しかったが、エクムント様に立派な辺境伯になってもらうためには仕方がないことだ。

 分かっていてもわたくしは意気消沈してしまうのを抑えられなかった。


「お姉様、わたくしがいます」

「クリスタ……。寂しがってばかりいてはいけませんね」


 クリスタちゃんに元気付けられてわたくしは顔を上げる。

 わたくしがこの家で最年長のディッペル家の子どもになるのだ。まだ幼いふーちゃんやまーちゃんを守って行かなければいけない。

 もし何か起きれば、護衛に命令を出すのも、わたくしがやらなければいけないだろう。


 ブリギッテ様が両親不在の折に不作法に招待されてもいないのにやってきたとき、わたくしはエクムント様がいたから対処ができた。

 今度はそれをわたくしとクリスタちゃんで協力してやらなければいけない。


 あの頃よりもわたくしは大きくなっているし、できることも増えているだろう。


「クリスタ、わたくしを支えてください。わたくし、ディッペル家の最年長者として、弟妹を守ることを誓いますわ」

「お父様とお母様が安心して行って来られるように、わたくしもお姉様とディッペル家を守ります」


 手を取り合ったわたくしとクリスタちゃんに、よく分からないながらふーちゃんが手を差し出して手に手を重ねていた。


 この小さな手を守りたい。

 そう強く思った。

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