美少女狐の嫁入り先は失恋したての俺でした~一途な狐が俺に何度追い返されても結婚を迫ってくるので困ってます!?~

水瓶シロン

第一章~狐の嫁入り編~

第01話 狐の嫁入り

 十一月の初め。

 私立景星館けいせいかん高等学校、放課後の屋上での一風景。


 傾いた陽が景色を茜色に染め上げる中で、二人の男女が向かい合って立っていた。


「……ごめんなさい。貴方と付き合う気はないわ」


「そ、そっか……」


 中背痩躯で黒髪の高校一年生――綿矢わたや明人あきとは、入学以来密かに恋心を寄せていた相手を手紙で呼び出して告白したのだが、結果は見ての通り。


 相手は、空御門そらみかど瑠衣るい


 白い肌と艶やかなセミロングの黒髪、そして赤みがかった黒目が印象的な少女。

 惜しくもその胸の膨らみこそやや貧相であるものの、背は女子の平均より少し高く身体も引き締まっている。

 顔も硬く精緻に整っており、間違いなくスタイル抜群の美少女。


 おまけに勉強で入学以来常に学年首位で、運動神経も群を抜いている――と、あまりにも完璧すぎる少女なのだ。


 学園の垣根を越えて上級生にもその名を知られている高嶺の花。

 これまで告白した生徒は数知れず、また玉砕した生徒も同じだけ。


 そして今この瞬間、明人もそれら有象無象の一人となった。


「じゃ、私はこれで」


「あっ……」


 横を通り過ぎていく瑠衣を、明人はまだ諦め切れない気持ちから引き止めたくなるが、言葉が出ない。


 ……ガチャリ。


 美緒が去って閉まった屋上の扉を、明人はただ呆然と見詰めることしか出来なかった――――



◇◆◇



 失敗に終わった告白から二週間が経過していた――――


 放課後。

 明人は一人帰路に就いている。

 

(あれからもう二週間かぁ。流石にもう気持ち切り替えないと……)


 はぁ、と明人の口から力のないため息が零れ出る。


(でも、そう簡単に切り替えれるもんなら最初から好きになんかなってないんだよなぁ……)


 学校ではここまで気分は落ち込まない。

 周りに人気があると、やはり気が紛れる。


 しかし、こうして一人でいるとどうしても考え事をしてしまう。


 と、明人が二度目のため息を吐き出そうとしたとき――――


 ポツッ……ポツポツッ…………


「……ん?」


 顔にどこからともなく雫が飛んできた。

 いや、降ってきたのだ。

 太陽は出ていて明るいのに、急に雨が降ってきた。

 足元のアスファルトを見れば、次第に湿った斑点が増えていく。


「やべっ……!」


 折り畳み傘は持っていないため、明人は走った。


 やがてY字路に差し掛かる。

 いつもの帰り道とは反対の道を進んだ先に、小さな公園が見えた。


 屋根のついた休憩スペースと、自動販売機があるのがわかる。


 家までまだ距離がある。

 このまま走って帰ってもずぶ濡れになってしまうだろう。


 明人は景星館高校に通うため、地元から出て一人暮らしをしている身だ。

 家には誰もおらず、仮に風邪などひいてしまっても看病してくれる者はいない。


(雨宿りして帰ろう……!)


 いつもならY字路を右へ曲がって住宅街方面へ向かうところ、明人は左の道へ足を踏み出した。


 公園の自動販売機で温かいレモンティーを買い、すぐに屋根のある場所に駆け込んだ。


 ふぅ、と一息ついてベンチに腰掛ける。


 もうすぐそこまで冬が近付いてきているこの時期。

 両手で温かいペットボトルを包むようにして持つと、じんわりとその熱が手に伝わって気持ち良い。


 カチャ、と未開封のペットボトルのキャップを捻ったとき特有の音を奏でる。

 細い湯気が上がる飲み口をゆっくりと唇に近付けた。


「あちっ……」


 明人が少し猫舌なこともあるが、自動販売機のあったか~い飲み物は意外と熱い。


 少なくとも、表記を“あったか~い”ではなく“あったかい!”に変更したいくらいには熱い。


「ふぅ……」


 レモンティー本来の酸味と、蜂蜜が入っていることによる甘さがマッチした味が口の中で広がる。


(そういえば、日が照ってるとき急に雨が降り出す天気って何か名前あったよなぁ……)


 何だったっけ、と明人は降りしきる雨を眺めながら考える。


(夕立……は、確か夏だったよな。そうじゃなくて……あっ)


 疑問の答えがふっと頭の中に降りてくる。

 モヤが晴れたような感覚。


、だ……)


 疑問が解消され、レモンティーで身体が温まってきたせいか。

 次第に眠気が押し寄せてきた。

 目蓋が重くなり、明人は睡魔に誘われる。


 いつの間にか、意識を深いところへ落としていた。


 ……………。

 …………。

 ……。


 夢を見た――――


 まだ小学校低学年の頃、父方の祖父母が暮らす田舎に帰省していたときの思い出ゆめ


 両親が祖父母との会話に夢中になっていてつまらなくなったので、一人で祖父母の家の裏手にある山に向かった。


 落ち葉を拾って集め、木の枝を片手に持ち剣のように振るう。

 そうやって山を散策していると、やがて川が見えた。


 しばらく何気なしに川の流れを眺めていると…………


「えっ、溺れてる……!?」


 上流の方から、小さな身体の動物が川に流されているのに気付いた。


「子犬!? 助けなきゃ!」


 子供というのは単純だ。

 損得、利害、そんなもの関係なしに自分の正義に従って動く。


 決断したら行動は早かった。


 自分が溺れる可能性に危機感を覚えることもなく、衝動的に川へ足を踏み入れる。


 深くはないが、流れは速い。


 何度か足を取られそうになりながらも、流れてくる小さな動物へ手を伸ばす。

 そして、一気に抱き抱えた。


「大丈夫。もう、大丈夫だぞ」


 寒さのせいか、それとも死の危険に晒されたせいか……明人は腕の中で小刻みに震える動物にそう言葉を掛けながら、急いで祖父母の家に戻る。


 帰って両親に怒られるのは当然の流れだった。

 一声も掛けず、一人で勝手に山に行ったこと。川に入ったこと。


 少なく見積もっても三十分は説教された。


 そのあとで祖父母に教えられたのだ。

 子犬と勘違いしていたその小さな動物は、狐の子供だと。


 狐――名前は知っているが、初めて生で見た。


 胸の奥がざわつく。

 血の流れが速くなるのを感じた。


 明人は子供特有の沸き起こる衝動に従って――――


 ………………。

 …………。

 ……。


 夢の景色が遠ざかり、明人はゆっくりと目蓋を持ち上げた。


 敷地内に三つ設置されていた街灯が薄暗く公園を照らし出しており、いつの間にか雨は止んでいた。


 腕時計を確認してみれば、もうすぐ十九時。

 気温も摂氏十度ちょっとまで下がっていた。


「……そういえば昔、そんなこともあったな」


 明人は夢の内容を振り返った。


「確かあのあと、飼いたいって親に頼んだけど狐は飼えないって言われて……狐が元気になってから山へ帰したんだったな……」


 あの狐は今でも元気に暮らしているだろうか、と明人は懐かしい記憶に思いを馳せた。


「……長居しすぎたな。そろそろ帰ろ」


 流石に身体も少し冷えてしまった。

 早く帰って温まった方が良い。

 そう思って明人がベンチから腰を上げたとき、


「お久し振りです、明人様……」


 現れたのだ、彼女が。


「昔助けていただいたご恩をお返しすべく、嫁いで参りました。えへへ……」


 これが明人と一人の少女の物語の始まり。

 運命の再会であいとなる――――








【あとがき】


 本作品を手に取っていただきありがとうございます!


 もし読んでいて、「面白い!」「続きも読みたい!」と思ってくださった方は、作品のフォローや☆☆☆評価をよろしくお願いします!


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 是非今後ともお付き合いいただければ幸いですっ!

 ではっ!


(当作品のヒロインのイラストを近況ノートに掲載しておきますので、良ければご覧くださいませ)

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