第二章 新しい生活
第21話 夏の本質と性格、狼の本能と◯◯
我はフィニー。
気高き神獣であり誇り高き狼である。
まぁ…自己紹介はこれくらいにしよう。
さて、現在平原で我はナツ…ナツメの枕になっているのだが神獣を枕に出来るのは彼女くらいだろう。
…決して甘やかしてるわけではないぞ。ただ匂いを嗅ぎたい…おほん。
「ん~…」
寝返りをうつ可愛い彼女を見て我はある感情に支配された。舐めたいと…は、いかんいかん。
困った100年前のことを思い出すとどうにも本能にひっぱられてしまう。
「お願いすれば拒まないのだろうが…」
それゆえに100年前の出来事を思い出してしまう。
◇◇◇
100年前当時の我は彼女と会って間もない時、彼女は魂の抜けた人形のような人だと我は思っていた。
そんな彼女をいつも苦しそうな表情をしながらミナは世話をしていたのだが、その様子を見て我はつい言ってしまったことがあった。
『何故助けようとする。苦しいなら見捨てれば良いではないか。』
…本当に我も余裕がなかったのだな。
ミナは怒り狂いそうな表情をし、怒気と悲哀そして拳を我にぶつけた。
『命懸けで助けてくれた親友を見捨てろって言うの!あんなに…あんなに明るくて太陽のだった大切な人を?嫌だよ!…なっちゃんを見捨てるのはいやだよ…。』
『…すまん。』
その時初めてナツという人間に興味を持った。
ただ、どうにもあの時の自分が許せない時があるものでぶん殴ってやりたいといつも思う。
同時に…我が彼女に好意を抱くきっかけは残酷なものでもあった。禁薬『ピポポケ』の過剰摂取による薬物中毒をナツは自力で我慢していたのだ。
正直異常であったと今でも思う。
なぜならピポポケの薬物中毒は罪人に行われる終身刑一つで痒みとは違い、中毒後は全身の耐え難い激痛を伴い一日で死亡する確率が五割であった。そして一週間で九割…ナツの場合気付いた時はすでに一月経過していた。
しかも性行為を定期的に続けなければピポポケの中毒は治らず、拘束・隔離も悪化する悪手であった。
早急に対象しなければならなかった…しかし一番の問題があり、それはナツによる人間恐怖症だった。
ミナ以外の女性が触れようとすると少し拒絶反応を示すだけだが男性が触れようとした瞬間、男性が吹っ飛んだのである。
ナツ本人も無意識とはいえショックを受け、限界の近い身体に死の覚悟をしていたがミナの大泣きする様子を見て彼女は覚悟を決め我の方を見た。
『フィニー…、私の…命を貴方に…掛けていいかな?』
『…なんだと?』
苦痛に耐えながら言ったその言葉、その場にいた全員正気なのかと表情をしていたがミナと我は違っていたのかもしれない。
異種の性行為、禁止ほどではないにしろ異常者に自らなるという宣言に我はなにかを感じた。
故に我は拒否をしなかったのだが…、行為前ミナから彼女達の世界でのそれは本来禁忌に近いことを知り改めてナツの覚悟を知ることが出来たのであった。
その後は…我も彼女も溺れていったと思う。
ナツの聖母の素質はあの時からあったのだろうか、行為中も全てを受け入れてくれた気がした。
ある程度の我が儘は許してくれたり、甘えると優しく撫でてくる手が心地よかった。行為を終えた後も体格差のもあってか、彼女は疲れきっていたが身体を起こしてまで労ってくれた。
実際今でもそうで一日の終わりに我の大きい身体を楽しそうにブラッシングしてくれるのである。
好意や依存というのはこういうことなのだろう…だからこそ今はしないがナツに残酷なことをしたあの男の匂いが許せなかった。
我の色に塗り潰したいとさえ思えた。
◇◇◇
本能というのは怖いもので、今のナツに獣の部分をぶつけてしまいそうになる。
拒否もしなさそうなのでまだ言わないが…
「生殺しというのもなぁー…」
「ん?生ごろ…し?」
聞かれてしまった。
「お、おほん!あぁ、嫌なんでもない。」
「ん~?ほんとう?」
ナツは悪戯するように顔を近づけ妙に色っぽい表現でこちらに微笑みかけてきた。
「エッチだね。」
「ぐぅっ…」
我、なにも言い返せないな。だが、我は正直だ。
身体のあの感覚が残っている以上逃れられないし逃れるつもりもないのである。
その後、彼女は身体を少し動かして申し訳なさそうに言った。
「でも、ごめんなさい。まだ身体の方が完成してないからできないよね…。でも変な感じではあるのですよ。過去の感覚残ってるのに体は未熟という感覚が相互にズレができてるというか。」
「なに我のわがままさ。ナツメに負担かけるわけにもいかないだろ。」
神獣になってから寿命というのは数千年にもなってるらしいからな。
まぁ…いまだに実感はないのだが。
「でもさ、なんかやっとって感じなんですよね。」
「?」
「やっと、昔の私になれたんだなって…、本心でいられるんだなって。」
あぁ、そういえばナツの元の性格を我は知らなかったのだな。
「私が持つタロットカードの意味…なんとなくわかるんです。一番初めは確かに愚者から始まった。」
彼女は語った。
物語の始まりは悟られれば終わる物語だった…。
一番忘れたい物語。
周囲は敵だけ味方は一人だけ、手足の羽は削がれ動かせるのは口ばかり。
いつも響き聞こえるは卑しい笑い声。
悪魔は両手で視界を奪い光を奪い薬を垂らす。
ならば私は蝶になろう。
蜘蛛の糸に絡まった蝶になろう。
友を蜘蛛から助けるために。
「ふはは、それはもう吟遊詩人だな。」
「むぅ…笑い事じゃないんだけど。」
そうだな。確かに笑える話じゃない。
「だが、笑い飛ばすことも大事ではあるだろう?」
「…なんか長寿者みたいな言い方でムカつきますね。もぅ。」
「実際そうだからな。ナツメもそうだろ?」
「中身はそうですよ?外見は違いますけど。」
結局心の痛みは環境と時間でしか解決しないのである。いくら体が汚れたところで前を向かなければ心の時計は止まったままなのであのだから。
「そういえばフィニー。あっちにはこんな言葉があるんですよ。」
「なんだ?」
「外見は幼子なのに中身はおばあさんを、『ロリばばぁ』っていうんだそうです。私と美菜はきっとそれなんでしょうか?」
「いや、我に聞かれてもわからんぞ。」
状況的にはきっとそうなのだろうが…。
「おぬしらの世界にはほんと変な言葉ばかりあるな。」
「そうですね。変な言葉ばかりです。」
特にミナからまた変な言葉飛んできそうだなと我は内心思ったりしている。
◇◇◇
あれこれ会話をしていたらあっという間に夕方になっていた。
「あ、ギルドに石版を取りに行かないと。」
「む?そうだな。」
立ち上がったあと彼女は汚れを叩き落としたあと、鞄を装着した。
「それじゃ。行きましょうか。」
広い平原が橙色に染まる中、歩きながらその景色を彼女は楽しんでいた。
「時間はいくらでもある…か。」
我にとって彼女は唯一無二であり、彼女にとっても我は唯一無二なのだろう。
共に行動し、苦悩を分かち合い、互いの匂いを求めた。
「100年待ち続けたのだからこれくらいの我儘…いいだろ?」
「わっ…」
我は風を操り彼女を背中に乗せた。
「ふふ…あったかい。」
「それは良かった。」
そろそろ季節の変わり目か。
夏の草木は減っていき実りの秋が来るのだろう…。
「昔は四季どころではなかったな…。」
歩きながらいつも思う黒だけに染まる世界が色とりどりの世界になったのも背中にいる彼女ともう一人の英雄のおかげなのだと。
きっと彼女達が戻ってきた日を忘れることはないのだろう。
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