第32話『関係が変わった日 5』

 結局、上履きの色で学年が同学年だと分かっていた葛西くんの下駄箱特定はすぐに出来たので、『終業式の後、昨日の空き教室へ来てください。来てくれなかった時は、冬休み明け早々に、ホームルーム前に教室に伺います』と書いた手紙を入れて置いた。


「あったな、そんな事も」

「それで済まされるような出来事じゃないと思うんだけどなあ」


 少なくとも私にとっては忘れられない大切な思い出だし、葛西くんの高校生活を見ている感じ、特にイベントの無い彼にとっては忘れられないものだと思っているだけに、少し驚いた。


「あれはー、まあ、黒歴史みたいなもんだから」

「黒歴史?」

「相当強がってたから」

「強がり?」

「立花の中であの時のオレが相当美化されていて、多分オレが立花の立場でも美化してたから、恥ずかしくて言いたくないんだけど……」

「言って」

「……あの時、秋山のパンチを手で止めただろ?」

「うん。鍛えてるって言ってたのに凄いって思ったよ」

「止めたのは事実だからそこは良いんだけど……痛かったんだよな、相当」


 葛西くんは当時を思い出すように、自分の右の手のひらを見つめた。


「痛くて、だけどそんな素振り見せたら駄目だから我慢してさ。そしたら『手加減した』なんて言われたから焦っちゃって、咄嗟に椅子振り下ろしたよ」

「咄嗟にその行動取るって、結構危ない人?」

「それだけ追い詰められてたんだよ」

「その割には結構冷静に椅子振り下ろしてたじゃん。しゃがむの確認したり、当たらないようにしてたり」

「椅子が存外持ち上げると重かったから冷静になったかもな」

「非力だね」

「非力なりに頑張って、椅子振り下ろしたらすんげえ手と腕に衝撃来て涙目だったんだよ。そりゃ、恥ずかしくて逃げ帰るわ」


 なるほど、だから逃げ帰って、追いかけようとした私を、プライドがどうのと言って恵が止めたのか。


「これはフォローとかじゃ無くて私の本心なんだけどさ、別にあの時葛西くんが涙目でも、変わらず感謝したり、カッコイイって思ったよ。その証拠に今も思ってるし、寧ろ、もっとカッコイイなって思った」

「え、なんで?」

「だって、自分が非力な事を自覚してて、それで人を助けるなんて、相当な勇気と優しさが必要でしょ」


 終業式の日に詳しく聞いた話。

 私が下駄箱に入っていた手紙を読んで不安そうな表情をしていたから気になって、それが葛西くんが志保と恵に声を掛けた理由だと本人は言ってた。

 もし、ただの告白なら可哀想だと教師は呼べなくて、だけどもし怖い人からの呼び出しなら自分で対処しないといけない。

 そんな状況で教室に入って来た葛西くんは強いと、カッコイイと他の誰が何と言おうと私は思う。


「なんだか、立花に素直に褒められると照れるな」

「レアだよ」

「知ってる」

「じゃあ、このレアな私の気持ちのままで────多分、最レアな言葉をあげる」

「なんだよ、最レアな言葉って」


 もしかしたら私に褒められた後だから、逆に気分を落とされるような事を言われると思ったのだろうか。少しだけ、いつも通りの葛西くんに戻った。


「一度しか言わないから、聞いて無かったとか、もう一回とかは受け付けないから」

「はいはい」

 

 早くなる鼓動を一度深呼吸して抑え、落ち着ける。

 中々言い出さず、心の準備を進める私を見て、流石に察した葛西くんの表情が変わった。


「「好きです、付き合ってください!」」


「んなっ!」


 私が告白したのと同時に、私は告白された。








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