第11話

 私と江田夏季は浅草寺を抜けて、仲見世通りを大勢の観光客とは逆の雷門方面に歩いた。


 彼女の横顔を見ると、楽しくて仕方がないといった表情をしていた。


 チェック柄のブラウスに真っ白なミニスカート、薄茶のパンプスもすごく似合っていた。


 誰が見ても今日の彼女は女子高生には見えないだろうと思った。


 仲見世通りを右に曲がり、伝法通りを少し歩くと左側にホッピー通りがあり、ここも大勢の人でごった返していた。


 真夏の日曜日の夜はこれからだと、客たちは声をあげホッピーを飲み、満面の笑顔が見えた。

 この場所から逆側を見ると二時間ほど前までいた場外馬券売り場だ。


「職場に戻って来た感覚だな。それにしてもすごい人だね」


 私は苦笑いして言った。


 すると江田夏季は「ホッピー通りのお店でもいいのよ。私、飲めるから」と言うのだ。


「もう~、何言ってるの?君は高校生なんだからね。君とお酒飲んでいるところに警察が来て訊問されたら、僕は逮捕されるんだよ」


「何で?」


「何でって、不純異性交遊っていう法律があるんだよ。新聞やネットに名前が載ってしまったら大変なことになるんだから」


 私は最悪はこうなるんだよという意味で彼女に言った。


 だが江田夏季は「あははは~、そうなったら大変ですね」とあっけらかんと笑い、よく分かってないようであった。


「それで、美味しいパスタの店はどこなの?」


「そこです。でもホッピー通りには行かないの?」


 彼女のクセなのか、またまた丁寧語とタメ口を混ぜて言った。


「行かないよ!まったくもう」


 少し怒った顔で言ったのに、彼女は私の慌てた様子を逆に面白がって笑うのであった。


 私たちは「Pino 浅草店」という表の装飾が洒落た店に入った。


 店は外の賑わいを反映してほぼ満席だったが、カウンター席の奥に2人掛けテーブル席が運良く空いていてそこに案内された。


 店内を見渡すと、入り口が小さかったわりには広く、カウンターが八席ほどと四人掛けテーブル席が六卓ほど設置されていて意外に広かった。


「人気店だから空いていたのはこの席だけですね。でもよかった」と江田夏季は言った。


 そして注文をとりにきた女性の「お飲み物からお訊きします」の言葉に、私の了解もなく「白のグラスワインをお願いします」と言うのだ。


「ちょっと待って、君はまだ・・・」と私がたしなめようとすると、「片山さんは赤?それとも白ワインにする?」とたたみかけるように言う。


「分かったよ。一杯だけなら飲んでいいよ」


「わ~い、嬉しい」


 私はもう彼女に抵抗する気が萎んでしまった。

 誕生日と言うのだから、今夜は大目にみて祝ってやろうと思った。


「じゃあ僕も白のグラスワインを」


 私はもう開き直って女性スタッフに伝え、レーブルに置かれたメニューを手に取った。


「何食べる?誕生日のお祝いに僕がごちそうするから」


「いいんです。今日は私、お金持ちだから」


 さすがに私にもプライドというものがある。


 彼女が大穴を当てて高校生にとって大金を手にしたことは分かるが、それとは話が別である。


 しかも今日は誕生日というのだから、ここは男として引き下がれない。


「江田さん、君の言っていることは変なんだよ」


「夏季って呼んで。そのほうが嬉しいです」


「そんなに気やすく呼び捨てできるほどの関係じゃないだろ」


「そんなことないですよ。私が未成年なのに場外馬券売り場に出入りさせてもらっているのは、それってふたりの秘密事項ですよね。違うの?」


 相変わらずのため口と丁寧語の混同である。


 しかし、そう言われてみれば私には許可してしまった弱みがあるのだと思った。


「じゃ、夏季って呼ぶよ」


「うん、呼んでください」


「僕は三十を過ぎた社会人だよ。男のプライドというものがあるんだ。見栄とも言うけどね。だからここは僕がごちそうするから、分かったね」と私は真面目な顔を意識して言った。


 するとようやく彼女は「分かりました、ごめんなさい」と、一変して素直に頷くのであった。


「ホントに変な女子高生だな」と苦笑いしながらメニューを見ていると、さっきの女性スタッフがグラスワインを持って来た。


 夏季は半熟卵のカルボナーラ、私はボロネーゼを、そして生ハムサラダとチーズの盛り合わせを注文した。


 それからワイングラスを手に持って、カンパーイとグラスをカチンと鳴らした。


 いったい私は何をしているのだろうと複雑な気持ちになるのであった。




 

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