ギャル魔王と異世界工学師は女神を飼いならす
はいきぞく
001 最初で最後のシリアス
鬱蒼とした木々の隙間、三方向を藪に囲まれるも虫も鳴かない厳寒な夜空のしたので、幅広の重剣を抱くようにして地面に腰を降ろした金髪の少女は言った。
「明日の朝をまって、魔王城に突撃する。みんなそれでいいね」
たき火を囲む聖女、魔法使い、剣士の少女達は、決意の表情で告げた勇者の言葉に頷いく。
しかし、
「駄目だ」
たき火から少し離れた場所、樹の幹を背にして、ナイフで赤黒い棒の削ぎかすの山を器にこしらえる男がそういった。
十代前半の少女達の視線が集まる。
「また? なんで駄目なのよ、クロス」
碧色瞳に内心でくすぶっている反目の炎を写して、勇者の少女は男を睨む。
男は深く刻まれた眉間の皺をもみながら言った。
「魔王を討伐するなら、夜襲に限る」
男の名は「クロス」。ボサボサで外ハネの短髪で日に焼けた顔には年齢を感じさせる皺が刻まれている。少し垂れ目の眠たげな三白眼は、端的に言って悪人に見える。そんな三十二歳。
クロスは、女神の加護を受ける優秀な才能を発揮して王国に認められた未熟な少女だけの、このパーティーのお目付役を教会から命じられた。立場的には聖騎士に当たる。
少女達の中でも勇者はことさらにクロスのことを嫌っていた。
理由は色々考えられる。クロスには彼女たちのような、女神から与えられた役割がない。ただ、名ばかりの女神の加護があるだけだ。つまるところ、並みの身体能力に魔力、センスを持たない、どこにでも居る三十路のおっさんであり、戦闘に置いて補助役、もしくは肉の壁以上の価値がない。
なによりも、旅の途中、勇者らしい勇者に憧れるこの少女が、「村を助けよう」、「街を助けよう」と主張するたびにに一見合理的な理由でその行動を諌めていた。そのせいだろう。
この戦争で、魔王軍は使役した獰猛な魔物を使って、村や街を端から滅ぼし、虐殺してきた。
各国の軍を総動員しても、防衛が追いつかないほど、前線の状況は絶望的だ。
そんな中、方々にある見捨てられた村や街を救うために戦っていたら、命が幾つあったって足りない上に、魔王軍に勇者の情報が渡ってしまい、決戦にたどり着くまでにどんどん不利になっていく。
そう少女たちを言いくるめて、クロスはここまでやってきた。
クロスはふっと自虐の吐息を漏らした。
とうに諦めたつもりだったが、未だに目の前の少女達に嫌われたくないと思って心を痛める自分が、馬鹿らしかった。
クロスは転生者だ。
日本で冴えないサラリーマンとして一生を送り、まったくくだらない交通事故で死ぬまで三十年。
異世界に転生して、紆余曲折あって生きるため衣食住が整った修道院に入り、勇者パーティーのお守り役として、旅をすることになるまでこれまた三十年。
二度も魔法使い(僧侶だけど)になってしまった。
そんな彼は言う。
「たった五人で、日の出る時に、守備の整った要塞を攻めるバカがいるか。それに、そんな事をしたら、これまで命がけで行なった調査が水の泡だろう」
処は魔王領の奥深く、一キロメートルも離れた場所でも、夜空を巡る半分ずつの月を覆い隠してしまうほどの高さと大きさを誇る魔王城と、その外周をぐるりと囲む魔族の街。
かつて人類の都市だったそこは、堅牢な城塞都市であり、当然魔族の軍隊も詰めている。
昨日までの一週間、魔族に扮して、伝令役の魔法使いと偵察に臨んだクロスは、魔王軍の警備体制から、魔王城の政務状態、給仕たちのシフトまで調査済みだ。
勇者はいかにも子供っぽく頬を膨らませて「むー」と唸っていた。
「明日の夜中、調査したルートで魔王城に潜入して、隙を晒している魔王を討つ」
「それじゃ、勇者じゃなくて、暗殺者じゃない!」
「だから何度も説明しただろう。戦争のまっただ中、たった数人で敵の首魁を殺害する。こんな離れ業ができるのは本物の怪物か、死を覚悟した暗殺者だけだ。そして、そんな無謀に征く者を勇者と、帰ってきた者を英雄と呼ぶんだ。言葉の定義が間違っている」
「……ふんっ。聞き飽きた、耳にタコができちゃった」
「そりゃ結構。――――で、全員いいな?」
勇者はそっぽを向いたままだが、他の少女達は静かに頷いた。全員が胃の痛くなるような緊張を抱えているのだろう。これまで賑やかだった鳥の巣が空になってしまったような沈黙が訪れる。
「よし、じゃあ腹ごしらえだ。たらふく食って明日に備えろよ」
クロスは四杯目に突入していた干し肉フレークの山を、それぞれに渡していく。
これを鉄の匙で掬い、たき火で炙って食べるのだ。そのまま囓るより、細かくした肉から脂が染み出て旨い。魔法で出した湯に浸してもいい(直ぐ冷めてしまうが)。煮炊きができない状況では、一番のご馳走だった。
少女達が、すこしまなじりを緩ませているのを、一人そのままの棒状干し肉を囓りながら眺める。
そしてクロスは心の内で「死なせちゃいけないよなぁ」と独りごちた。
――――20時間後
「ふははは! 愚かな人間よ! 夜襲をすればこの我を殺せると思うてか! 見え透いた策よのう!」
「くそっ」
月明かりが差し込む広い部屋の中、もともと天蓋付きの巨大な寝台があった場所に魔王は立ち、そこから一歩も動かずに、掲げた左手に出現させた防御魔方陣で戦士の剣斧を受け止めつつ、右手で回り込むため走る勇者と聖女に光線魔法を放っている。
クロスたちは予定通りに魔王の寝室に忍び込み、寝台の膨らみに勇者の剣を突き立てた。
しかし、寸前で勇者の刃は防御魔法に防がれてしまったのだ。
「勝負だ、魔王!」
勇者が吠える。
「勝負だと? あははっ、笑わせるな! その程度の実力で、我の命を奪えると思われたなら、考えが甘いと言わざるおえないな! 人間が上手く城下に潜入していることは知っていたから、少しは骨があると思っていたが、とんだ期待外れだわ!」
状況は最悪だ。
寝室の入り口に、ドアを背にして陣取ったクロスは遮音魔術の発動と人払いの結界を維持しながら、戦況を見て何度も毒づいた。
魔王の魔法使いとしての技量は、勇者パーティの魔法使いよりもはるかに高い。繰り出す魔法の精度、威力、速度、全てにおいて、負けていた。今は勇者と剣士の連携によって、無事だが。誰かが一撃を食らえば、すぐさま撤退しなければならなくなるだろう。五対一で囲んでいるから何とか戦えている。
しかし、少女たちがいくら連携しても決定的な一撃には届かない。
つまり、このまま戦いづけても勝てない。
クロスが前世代の勇者パーティの生き残りから得ていた魔王の情報では、「接近戦闘に弱い」というものだった。
しかし、誤情報を掴まされたらしい。
「はあああ!」
戦闘が始まって5分。
勇者パーティーの全員が気づいている。
目の前にいる全身鎧の魔王は、化け物だ。勝てない。
それでも諦めるわけにはいかないと、彼女たちは思っているから、攻勢を緩めない。
聖女が神聖魔法の光撃で目くらましを仕掛けた内に、勇者が一気呵成と魔王の首めがけて件を振り上げとびかかる。
「くはは、やはり、愚かだのう、小娘」
魔王は嗤う。
流れを観察していたクロスは足元に設定していた即席魔法陣を飛び出した。緊張で口の中が空からだった。これで人払いの結界が解除されてしまった。やがて魔族の兵士が増援に駆けつけるだろう。それでも魔王に向かってダッシュする。
後方で魔王に向けて「必ず標的を穿つ攻撃魔法」を連射していた魔法使いが、射線に飛び込んできたクロスに抗議の声を上げた。無視だ。頭を低く、忍者アニメのような前傾姿勢で突進。速度が上がる。
クロスは唱える。
「女神よ。敬虔なる信徒の願いを聞き届けたまえ。神聖結界!」
半透明で青味がかったわずかに光る塵のような魔力の粒子が、格子を形作った後に幕を形成する。クロスは己の胴体の前側を覆うように神聖結界を張った。
足に力を込めて跳ぶ。
視線は勇者に向けたままクロスの突進に気が付いた魔王が左足のつま先から、氷柱を飛ばす魔法を顔面目掛けて放ってきた。反射的に首を傾けてよけたが、耳を貫かれ持っていかれる。
魔王の顔がクロスを向いた。
兜の目、二つ、魔王が使っていた光線を放つ魔法の魔法陣が表出して、発射前の光の塊を作っている。
それをふさぐように、クロスは魔王に抱き着いた。
そして吠える。
「何をする!?」
「突き刺せ!」
勇者の顔が引きつった。
「はぁ!? 無理なんだけど!?」
すでに刃を振り下ろしていた。剣士ならここから剣を引いて突きに変化させることもできただろう。しかし身の丈以上の重剣を振るう勇者には困難だった。
勇者の重剣は魔王の首を裁ち、クロスの体に張られた神聖結界とかちあった。弾かれる。魔王の上半身を縛っていたクロスの足のロックが外れ、止まれない勇者の膂力によって齢三十二のおっさんは生首もろとも四十五度の仰角で吹っ飛ばされた。
カキーンと前世でしか聞いたことのない、そして人体で鳴ってはいけない音がする。
部屋の天井に激突した時点で、クロスは意識を失ってしまった。
「まままま、魔法が止められないのじゃ!?」
生首が困惑混じりの悲鳴を出した。
身を挺した聖騎士(仮)のおっさんと斬首済みの魔王は、加速する。
魔王の眉間から放たれる光線魔法と意識を失っても効力を保つように訓練を積んだおっさん聖騎士の神聖防護魔法の奇跡的な調和は、クロスの前世、科学力を尽くして、大陸を渡るために作られた超高性能反動推進エンジンとよく似たシステムを構築してしまったのだ。
後方に噴煙をたなびかせながら、魔王城の構造体を突破して、そのまま最適弾道で空をかけた。
――――加護付与者のシグナルを検知しました。検証を開始します。
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毎日17時更新を予定しています。
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