5千万の家

@d-van69

5千万の家

「ごめんね、ミカヨに話してもしょうがないことなのに。でもほんとにどうしたらいいのかわかんなくて」

泣きそうな顔でマミはため息をついた。

「いいのよ。私たち親友でしょ」

 気遣うような笑みを浮かべたミカヨがさらに何か言おうとしたところで、玄関の鍵が開く音が聞こえた。

 誰?と言いたげにマミがミカヨを見る。

「旦那よ。たぶん」

「ああ、じゃあ帰るわ、私」

 彼女は慌てて立ち上がり、バッグを手に取った。

「あら、いいのに。ゆっくりしていけば」

「うん。ありがと」

 マミは健気に笑って見せる。

「話を聞いてもらっただけで少し気持ちが楽になったから。やっぱもつべきものは親友ね」

 そんな会話をしているうちに、リビングのドアが開いた。

「おい、ミカヨ。ビッグニュース……」と言いながら部屋に入ってきたトシアキは、そこに妻以外の人物がいることに気づいて続きの言葉を飲み込んだ。

「ああ、どうも。お客さん?」

「そうなの」

ミカヨが答えると同時にマミが口を開く。

「いえ、もう帰るところでした。お邪魔しました」

 ぺこりと頭を下げてからトシアキの横をすり抜け、玄関のほうへと小走りに向かう。ミカヨも見送るために席を立った。

 少し間を置いてドアの開閉する音が聞こえた。リビングに戻ってきた妻にトシアキが問いかける。

「今の確か……?」

「マミよ」

「ああ、そうだ。マミちゃんだ。あの子、もうすぐ結婚するとか言ってなかった?」

「そう。同棲中の彼氏とね」

「それにしては、やけに暗い顔だったような……」

 ミカヨは少し言いよどんでから、

「婚約者が、帰ってこないんだって」

「へぇ。別に女が出来ちゃったかな」

 にやけ顔の夫に彼女は顔を引きつらせる。

「ちょっと、冗談でも不謹慎よ」

「別にいいじゃん」

 彼は悪びれる風もなく笑ってから、「そんなことより」と目を輝かせる。

「ビッグニュースだ。空き家になってた俺の実家な、5,000万で売れたんだよ」

「は?」

 唐突な話に要領を得ないミカヨの手を引いてイスに座らせると、トシアキはその向かいに腰掛けて話を続ける。

「だから、俺の実家、長いこと空き家のままだっただろ?田舎に帰る予定もないから、いつか何とかしなきゃってお前にも話したことあったじゃん。そうしたらこの前地元の不動産屋からいきなり連絡が来てさ。 5,000万で買いたいって。願ってもない話だから、即OKしたよ」

 夫の話を聞いていたミカヨは「ちょっと……」と鼻息を荒げる。

「相談もなしに、なに勝手なことしてるのよ!」

「お前を驚かせてやろうと思ってさ。それにあれは俺の実家だぜ。どうしようと俺の勝手だろ。って言うか、あんなボロ家が5,000万で売れたんだぞ。なんで文句を言われなきゃならないんだよ」

「まあ、そりゃそうだけどさ」

 彼女は納得した様子をみせつつも、怪訝な眼差しをトシアキに向ける。

「でも、それって高すぎない?」

「いずれそれ以上の価値がでるんだろ。不動産屋の話では、あの辺に新しく道路が通るような計画もあるみたいだし」

 その説明にもミカヨは渋い表情を崩さない。

「それでも高すぎる気がするわ。ねぇ。騙されてるんじゃないの?売るのやめたら?」

「ダメだよ。もう手付けを受け取っちゃったんだから。それに金もらって騙されるってどういうことさ」

 トシアキの言葉に彼女は「それは……」と思案してから、

「例えば、あの家自体に価値があったりして。文化的価値みたいな」

「ないよ。昭和の建売住宅にどんな価値があるんだよ」

「だったら、家の中に価値のあるモノが残されているとか?骨董品なんか」

「骨董品?」と彼は実家を思い出そうとするように虚空に目を向ける。

「どう?あるんじゃないの?」

「いや、そんな価値のあるものはなかったはずだ。そもそも家財道具はほとんど残ってないし。でも……」

「でも?」

「地面の中に埋まってるって可能性はあったりしてね」

 その言葉にミカヨは戸惑うように「埋まってる?」と問い返す。

「ほら、埋蔵金的な。昔の財宝が庭とか家の下に埋まってたりして」

 トシアキはそう言ってニヤリと笑う。

 それとは逆に真顔のミカヨは「ないない」とすぐさま否定した。

「だってそんなものがあれば、家を建てるときに気づくはずじゃない」

「それもそうか……」

「でもね、売るのはもう少し時間をかけたほうがいいと思うのよ。どんな事情があるかわからないじゃない」

 説得するような口ぶりの妻に、

「だからもう金を受け取っちゃったんだって」

ため息混じりに答えたトシアキは、「そんなことよりも……」と怪談話でもするように声のトーンを落とす。

「もしかしたら、もっと他のものが埋まってたりしてね。あの家には」

「え?」と顔を強張らせる妻に不適に笑って見せてから、彼は芝居がかった口調で話しだす。

「死体だよ。あの不動産屋が埋めたんだ。俺が他の誰かに実家を売ったら死体が見つかっちまうだろ?だからそれに先んじて買いに出たんだ。5,000万も出せば絶対売るだろうって魂胆でさ。おかしいと思ったんだ。いきなり不動産屋のほうから電話がかかってきたんだもん。それにあいつ、悪そうな顔してたし」

「そ……そんなことあるわけないでしょ」

 ミカヨはぎこちなく笑う。

「二時間ドラマの見すぎじゃない?」

「そうか?でもお前が言い出したんだぞ。5,000万は高すぎるって。だったらそれくらいの秘密があってもいいんじゃないか?」

「でも死体でしょ?ないって、そんなもの」

 頭ごなしに否定する妻に、トシアキは少しムッとした表情で黙り込んだ。

やがて「よし」と言って立ち上がる。

「なによ、いきなり」

「スタンド・バイ・ミーだ」

「なにそれ」

「知らないのか?死体探しだよ」

 夫の言葉にミカヨは言葉をなくした。

 身支度を整え始めたトシアキの姿を目にして、彼女はようやく言葉をしぼり出す。

「ちょ、ちょっと待ってよ。死体探し?やめなさいよ、そんなこと」

「いいからいいから。ちょっと見てくるだけだよ」

 彼はそういい残し、そそくさと出て行った。



「ねぇ。ほんとにやめたほうがいいって」

 ミカヨの言葉にトシアキは辟易した顔で振り返る。

「うるさいな。もうここまで来ちゃったんだから、いい加減反対するのはやめろよな」

 二人は既に彼の実家にいた。二時間かけて車で来たため、日はすっかり落ちていた。家の中は真っ暗で、トシアキが手にした懐中電灯だけが頼りだ。

「何かを埋めるなら、きっとここなんだよ」

 言いながらやってきたのは一階の和室だった。彼は迷うことなく畳をめくり上げ、床板をはずした。

「庭だと夜でも人目につく可能性があるからな。その点ここなら、安心して穴を掘れる」

 トシアキはそんな説明をしながら持ち込んだシャベルで地面を掘り始める。

 気が向いたらお前も手伝えと言って渡されたシャベルを握り締めたまま、ミカヨはその様子をじっと見つめていた。

 やがて、「あっ!」と声を上げたトシアキは、「なんかあるぞ」と言って慎重に掘り進めて行く。

 見えてきたのはブルーシートだった。何かをくるんだように丸められている。その形状は明らかに人間のもののようだった。

「ほらみろ。やっぱりあったじゃないか」

 興奮して振り返ったトシアキの目に映ったものは、シャベルを振り上げる妻の姿だった。



 きっかけはマミの彼氏だった。偶然街で声をかけられた。最初はお茶を飲むだけだったが、そのうち飲みに行くようになり、いつしか体を重ねるようになっていた。いけないと思いながらも、親友の彼氏との逢瀬にのめりこんでいた。

 それでも私の中では遊びのつもりだった。ところがマミの彼氏は違った。ある日突然マミとの結婚をやめると言い出した。だから君も旦那と別れて欲しいと。

当然拒否した。ところがマミの彼氏は諦めず、マミと旦那にすべてを話し、二人の了承を得ようとした。だから……。

 だから、殺してしまった。そして夫の実家の床下に埋めたのだ。

まさかこんなに早くあの家が売れることになるとは夢にも思わなかった。そのおかげで夫まで殺してしまう羽目になった。

 とは言え、それが露見することなく今日と言う日を無事迎えることができた。ここまでくればもう大丈夫だろう。

 そんなことを思いながら、私は完成した家を見上げている。

 5,000万かけたにしてはやや小さい目の家だが、その分基礎工事は入念にしている。

 その下に二つの死体が埋まっていることなど誰も知らない。私を除いて。




 




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