屹立 終

 俺の、というか御竿護の家は、ここ高層マンション、ではなく、その反対側にある平屋だ。両親と暮らしていて、兄弟はいない。

 そんな平屋の前に、夕方見たような気がする銀髪が見えて、俺の身体は固まった。


「っは、はぁ……」


 その銀髪は苦しそうに胸を押さえて、うずくまっている。その様子は儚げな病弱男子、といったところか。夕方会ったあの会長とは、一瞬別人に見えたくらいだ。


「うっ、ふうっ……」


 なんだろう、このいかにも声かけてくださいオーラは。絶対これ声かけちゃ駄目なやつやん。だって絶対攻略対象ですやん。


「っあー、もう!」


 俺の優しさに感謝しやがるんだな、会長(仮)。


「なぁ、大丈夫か?」

「ん……? キミは……」


 銀髪に緑の目。やっぱり会長にそっくり、てか瓜二つだが、俺と初対面のその様子に、あぁこれはよくある双子キャラだなと納得した。


「俺のことなんて気にしなくていい。それより、大丈夫か?」


 双子ならば俺より年上なのだが、どうにも情けない感じが漂っていて、俺は無意識にタメ口で話していた。怒られたらそこで謝ろう、うん。

 俺は膝をついて、会長(仮)の肩に手を触れ……たところで、思いきり振り払われた。え? 俺心配してんですけど?


「ボクに触れないほうがいい。キミも……、おかしくなる、から……」


 なんですか、このど陰キャは。それとも厨ニ全開野郎か何かですか。


「いや、あのさ。だったらここでうずくまってないでさ、どいてくれない?」

「……別に、好きでいるんじゃ、ないし」

「はぁー。あのね、ここ、俺んち。目の前で具合悪そうにしてられると、困るわけ。ゆーのー?」


 会長(仮)は俺の家をちらりと見、小さく吹き出した。


「ここ、人住んでたんだ。牛小屋かと思った」

「牛、小屋……?」


 俺は自分の家を振り返る。確かに平屋だし、部屋は台所兼リビング(しかも六畳)と両親の部屋(確かここは五畳)、それから俺の部屋(三畳)しかないけど。あ、一応風呂とトイレは分かれてるぞ!

 ちなみに俺は、寝る時布団を出して、勉強する時は折り畳み机を引っ張り出している。貧乏、とは言いたくないが、裕福でないのは確かだ。けれども。


「両親は俺のために働いてくれてる。それを笑う奴は、先輩だろうが会長の兄だか弟だかわからんが、ぜってぇ許さねぇかんな!」


 つい胸ぐらを掴んで顔を上げさせ、奴の頬が高揚しているのに気づいた。ので、反射でまた手を離した。


「すみませんでした、俺が悪かったです、牛小屋ですので掘らないでください」

「は……? あぁもう。いいからボクに構わず」


 会長(仮)が俺をぐいと突き放したところで、


しゅう。外に出て何をしている?」


と電灯の明かりに照らされて、ラスボスの空気をまとわせた会長(本物)がやって来た。つか、なぜに会長がここに……?

 会長は会長(仮)を睨むようにして見て、それから俺には優しく微笑みかけてきた。蛇に睨まれた蛙、いや出荷が決まった牛のように、俺は動けなくなる。


「壱! 壱、壱、壱、壱! ボク、壱をずっと待ってたんだ! 壱じゃないと、壱がいないと、ボク、ボク……」


 会長(仮)は狂喜の笑いと共に、自らの腕に爪を立て始めた。すぐに会長はそれをやめさせると、その腕を自分に回させ、足腰が覚束おぼつかない会長(仮)を無理矢理に立たせる。


「すまないね、御竿くん。びっくりしただろう? コレはオレの双子の弟で、屹立終という。会う機会もそれほどないだろうが、まぁよろしく頼む」

「は、はぁ」


 引き気味の俺を他所に、会長は弟の終(先輩ってつけたほうがいい、のか?)に、深いため息をついた。


「全く。今日は部屋から出るなと言ったはずだが? 部屋に帰ったらお仕置きが必要だな」

「壱、はじめぇ……。早く、早くちょーだい……?」


 その吐き気がするほど甘い空気そのままに、双子先輩はマンションのオートロックを解除する。その背中を見送って、


「先輩の家、ここ?」


と俺は絶望に打ちひしがれていた。

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