観手 ますよ

 うんざりした顔で職員室を後にして、俺は盛大なため息をついた。転校初日ならぬ、転生初日にて、なんとも面倒くさい役回りを任されたものだ。

 それにしても。


 なんだ? なんでさっきから俺は男としか話せていないんだ? いくらここがBLゲームの世界だとしても、女子もいるのだ。俺が主人公でもない限り、ん? 主人公、主人公……、BLゲームの主人公ってまさか……。


「あ〜、もう。焦れったいったらありゃしないですね〜」


 廊下の影から聞こえた声は、聞き覚えのあるものだった。そちらに目をやれば、黒髪をポニーテールにしたぐるぐる眼鏡の女子がいた。


「おい」


 声をかければ、その女子はびくりと肩を震わせた後「は、はい!?」と裏声で返事をした。


「お前、あの女神だろ。どういうことか説明しやがれ」

「へ? へ!? い、嫌ですね〜。私は同級生の観手みてますよじゃないですか〜。忘れたんですか〜?」

「なぁにが“見てますよ”だ! その眼鏡を外せ!」


 頭をがっしり掴んで無理矢理眼鏡を外させれば、少し前に見た女神(もう敬称はつけない)と同じ顔がそこにあった。


「なんで俺はBLゲームに転生したんだ? あ?」

「でもモテモテですよ? イケメンだし」


 掴んだままの手に力を込める。女神が「痛い痛い」と抗議するがガン無視を決め込んだ。


「男にモテても嬉しくねぇよ!」

「でも〜、説明聞かなかったのは貴方じゃないですか〜」

「……」


 言われて思い出す。

 確かに、説明はいらないと言ったのは俺だが、まさかこんな世界に転生させられるとは夢にも思わなかった。普通、剣と魔法のファンタジーや、科学の進んだ近未来SF、もしくは同じような現代世界で人生やり直しだと思うだろ?

 俺は自分の失態をとりあえず横に置いて、女神(観手と言ったか)の頭から手を離してやった。


「で? どういうことだ?」

「いや〜、通常は予定通りに死んだ魂って、その後の転生先も決まってるもんなんですね〜。でも、貴方みたいに予想外に死んじゃった魂は予定がないので、まぁ好きなようにしていいんですよ〜」

「俺は玩具か!」

「なので〜、ずっと見たかった生BLを見るために」

「もうわかった。もういい」


 女神の都合、いや嗜好で、俺はこの世界に転生させられたわけだ。俺は頭を抱えたくなったが、そんなことをしている暇もない。

 こっそり逃げようとしている観手の頭を再び掴んで、俺は「なぁ」となるべく低い声を出した。


「やり直せ」

「え? でも〜」

「や、り、な、お、せ」


 そう笑顔の圧力をかけると、観手は「わかりました、わかりましたから〜」と手を離すように要求してきた。


「やり直しは出来るんですが〜、誓約があるのですよ〜」

「誓約?」


 観手はこほんと咳払いをしてから、指をビシッと立て、ドヤ顔でにやりと笑った。


「その世界の人生を終えること。つまりここで言うところのゲームクリアをしないと、やり直しは出来ない仕様になっているのです〜!」

「このクソゲーが!」

「と、いうことで、誰かと結ばれるもよし。全員を攻略するもよし。わ〜、楽しみですね〜」


 楽しそうにはしゃぐ観手を尻目に、俺はどうやってこのゲームをクリアするかを必死で考えていた。

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