第13話 ファーナの奇跡とアルベルトへの淡い好意
「アルベルト殿、イメルダとエルザの護衛、ありがとうございます」
ファーナがとても丁寧な声でアルベルトに話しかける。しかし、アルベルトもイメルダもエルザも知っていた。不機嫌で何かに怒っている。
「遅くなって申し訳ありません。ファーナ様」
「申し訳ありません」
「ファーナ様、護衛の任務に就いたのなら、早めに帰るべきでした。申し訳ありません」
アルベルト、イメルダ、エルザがそれぞれに非礼を詫びる。
「別に怒ってはいません。食事にしましょう」
ファーナはそう言い、イメルダはアルベルトに話しかける。
「はい。アルベルト殿、野菜を洗うのとスープにするための水を分けてはいただけませんでしょうか?」
「はい。水でよろしければ」
ファーナの前なのでいつもより礼儀正しく神官に話しかけるアルベルトである。
「お待ちなさい。イメルダ、アルベルト殿。今から大地母神様に祈り、清らかな泉の請願をします。この荒野ですから一時間も持たないでしょうけど、料理と飲み水くらいは頂けるでしょう。大地母神から大地の精霊である水の精霊への請願と言う形を取りますから、詠唱の時間が伸びますが、ご加護を得る事ができるでしょう。旅先では水が大切なのですからね。アルベルト殿、少し穴を掘ってくれませんか?」
「分かりました。大きさはどのくらいで良いのでしょうか?」
アルベルトはファーナに問う。
大きさは「深さは0.05リーグ、大きさは0.1リーグが良いですね」
アルベルトは短剣を抜くと、シールドを短剣に剣技をかける。
そして穴を掘り始めた。
5分ほどの作業で穴が掘れる。
ファーナは杖を中心部に差すと、膝を折り、両手を合わせて、祈りを捧げ始める。
「大地の母にして、大地の眷属の支配者たるデメテル様、私の前に小さくて清らかな泉を表すように大地の精霊たる水の精霊に命じてくださいませんか?ここに大地の巫女として請願いたします。あなたの巫女たる私に恵みを与えんことを」
そう言うと杖を差した部分から水が湧き出し、穴から溢れて杖を中心に小さな水たまりができる。それはとても清らかな泉だった。
「どうですか?アルベルト殿、これが大地の巫女の力です」
「奇跡と言うものですか?これはすごいです。ファーナ様」
「こんな水の精霊が存在しない荒野で清らかな泉の魔法とはすごいです。ねぇイメルダ」
エルザが簡単の声を上げる。
「どれくらいの信仰心と魔力を持っているのですか?」
素直に尊敬の念を伝えるイメルダだった。
「それと取ってきた野菜を私に貸してください」
「これです」
ファーナは肩さげ袋にいっぱいになった野草や芋を並べていく。
「荒野に住みし、風の精霊よ。大地母神がデメテルの巫女であるファーナが命じる、野菜を清め、切り刻め」
アルベルトはほんの一瞬、風が強くなったと思ったら、泥だらけの野菜が風によって清められてカットされていた。
「これなら泉を汚さずに、スープを作れるでしょう?イメルダ。頼みましたよ」
ファーナは焚火の側に座り込む。
アルベルトが帰ってくるまでの時間にクネヒトであるグリムが作った焚火だった。ファーナの頼みで石でコンロの様に石を積み上げて作られている。
そして、ファーナの焚火の魔法がかけられているのだった。荒野に枯れ草など映えていないので焚火などをするのも一苦労なのだった。
イメルダは野営用の調理器具を出すと、鍋を出してきて、水を鍋に7割ぐらい注ぎ込む。
沸騰するのを待って、煮えにくい芋から似ていく。芋が炊き上がると後は香味をつけるハーブを入れていく。煮ている間に3つの食器を準備する。
「イメルダはいつも荷物になるのに調理道具一式を持ち歩くのよね」
「温かい食事は活力を生み出しますからね」
「でもなぜ3人分の食器を持ち歩くの?」
「食器はかさばりますけど、ファーナ様の分も必要かなと思って持ち歩いています。エルザとは旅を共にする事は分かっていましたからね」
「旦那様、固焼きパンと食器とスプーンを持ってきましただ」
旅をする時は肉を切り分けるためのナイフ、食べるためのフォークとスプーン、後汁ものを入れるスープ皿を持ち歩くのは常識だった。いつどこで野営をするかは分からないからだ。アルベルトは固焼きパンを食事用のナイフで人数分に合わせて切って行く。
「スープができました」
そう朗らかに伝えるイメルダである。お玉を取り出してスープ皿に盛り付けていく。
「美味しそうですね、イメルダ」
料理を興味深く見ていたファーナが言う。
「温かい食事は心を癒してくれますからね。お祈りをして食べましょう」
ファーナ、エルザ、イメルダは神官であるので略式のお祈りをせずに、正式に大地から得た収穫物への食材と感謝の祈りを挙げている。大地母神の神官ならば当然の事だった。
その間、スープは冷めないのかなと場違いな事を考えているアルベルトと、超人的な精神力を発揮して、沈黙を保っているグリムがいる。クネヒトは本来陽気で、食事には特にうれしく振る舞う事が本能だと言って良い。神官のお祈りと言う沈黙を保たねばならない間は相当な苦痛を感じるのだ。
アルベルトはそれを感じながらも、大地母神の神官は特別な日を除いて、肉食やお酒は飲まないのだなと変に感心している。アルベルトも今回は干し肉を食べる事は無かった。神官達に合わせたからだ。
お祈りが終わる。
「さぁ、食べましょう」
そうファーナは言うと優雅にスープをすくう。
それに合わせたイメルダもエルザも食べ始める。
アルベルトは温かい料理を食べられた事に関して感謝している。
村でも肉を食べる事は滅多に無い。でもそれじゃ、ファーナくらいの年齢の子が発育しないよなぁと思う。羽目を外して村で肉を食べてお酒を飲んでいるのかと変な所納得した。
大地の巫女と大司祭としてのマナーが肉食と酒を楽しむ事を許してくれないのだなと思う。
「アルベルト殿、何か邪念を感じたのですが、言いたい事があるのですか?」
邪念を見透かされたとアルベルトは驚きながら、冷静に礼節にのっとり答える。
「温かくて美味しい食事を提供していただいた事を感謝しておりました。行軍では美味しくて暖かい食事程、士気を維持できるものはありませんから」
「こうして、温かい食事を取れるのも護衛をしてくださったアルベルト殿とファーナ様の焚火の魔法のおかげです。ありがとうございます。アルベルト殿」
イメルダの誉め言葉にアルベルトドキッとする。不意打ちだったからだ。それでもアルベルトも騎士の端くれ、動揺を隠して、イメルダの胸から目線を上げて、微笑みながら答える。
「イメルダ殿、ありがとうございます。しかし、全てはファーナ様の取り計らい。私は護衛したにすぎません」
「ふーん、イメルダの大きな胸を見て鼻の下を伸ばしているに、口ではそう言う事をいうんだ。さっきからイメルダの胸をちらちら見ているよね。ファーナも誘惑して楽しいんだ」
「ファーナ様?!」
「そのような事は決してありませぬ。ファーナ様誤解です」
イメルダは悲鳴に近いびっくりした声を上げている。
アルベルトも戦場で戦った事もある騎士である。何とか冷静に返す事ができた。
エルザは固まっている。
イメルダとエルザの反応を見て、今の発言が大地の巫女であり、大司祭である自分の立場での発言では決して許されるものでは無い事を思い言ったファーナは取り繕う様に言う。
「野営地での事、冗談として水に流していただけると嬉しく思います」
「感謝します。ファーナ様」
イメルダは震えた声で言う。
「特段の無礼お許しくださりありがとうございます」
アルベルトも冷静に言葉を選び、発言する。下っ端の騎士はいろいろ言葉使いに気を配る必要があるのだ。例えば主君より手柄を上げたりした時は、主君を立てないといけないし、目上の騎士と話す時は決闘案件にならない様に相手を持ち上げないといけない。騎士は面倒なのだった。
「アルベルト殿は食事の後、どうされるのですか?」
話を変える様にファーナが問う。
「すぐに寝ますよ。見張りの指揮の三番目での任務もあり、そのまま行軍ですからね」
「寝ちゃうんだ」
「ファーナ様?」
様子なおかしなファーナにエルザが問う。
アルベルトと会話ができない事に残念に思うファーナがいる。
もっとアルベルトとおしゃべりしたい。
もっと知りたい。
今自分が持っている感情が淡い好意と言う事に気づかず、ただ残念に思っている。
それを隠すようにファーナは言った。
「何でもありません。食事を楽しみましょう」
自分の中のもやもやした感情の処理に追いつけないファーナだった。
続く
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