第10話 月夜のファーナ
アルベルトはヘンドリック男爵の元に向かうと、報告と夜の見張りの段取りなどを手早く立てた。アルベルトは一番の戦功により、夜の見張りの指揮を免れて一晩休む事が許された。そして部隊が村に着くと、盗賊を見張る兵士と仮眠を取る兵士に分かれて廃墟にそれぞれ向かった。戦場で行動する兵士に取って柔らかい布団と温かい食事はそれだけが楽しみと言えるものだった。
「しまったな」
「どうしたの、アル」
「屋根が合って、寝床のある民家を兵士やヘンドリック男爵が先に入っていったなと思ってな。戦場での安心できる仮眠はこれに勝るものは無いからね。せめてフィーナの眠る場所を見つけないといけないな」
「そーなんだ」
なんだか上機嫌なフィーナである。
「旦那様、灯りの無い家がありますだ」
「でかした。グリム」
急いで、その廃屋に向かうアルベルトと先導するグリム。
グリムはいつも間にか、ランタンを持っていた。
こんこん。アルベルトはノックをする。
先着がいないか確認するためだ。
アルベルトが率先して、部屋に入って行く。
山賊の残党が隠れていたら、危険な状態になるからだ。グリムが後から入って来て、ランタンで辺りを照らし出す。山賊はいなかった。部屋にはテーブルが一つと簡素な椅子が一つ。そしてベッドが一つある。
「フィーナ、ベッドを使ってくれ、俺は柱に寄りかかりながらでもして寝る」
「嫌よ、アルがベッドを使って。私は大地の巫女だから地面に座って寝るくらいしないと生きている気がしないわ」
「そう言われても鎧をつけて、ベッドに寝るとベッドを壊しそうだしな」
苦笑しながらアルベルトは言う。
「アルがベッドに寝ないなら私もベッドで寝ない。グリム使って良いわよ」
「旦那様を差し置いて、ベッドで眠れないですだ」
「戦場で鎧を着て眠るのは日常茶飯事だからな。慣れているからフィーナが使っていいぞ」
ここで一緒のベッドに眠るのが出来の悪い三文小説だけど、きっとアルはしない。
誠実で勇敢なアルは礼節も重んじる。自分の信念である騎士道を曲げる事は無いのだろうと思う。でも自分に魅力が無いと思われていそうな気もする。なんだかむかついてきたとフィーナは思う。せめて何か印象に残る事をしたい。アルの頭の中を私でいっぱいにしたい。
「分かったわ。アル。でもヘルメットとチェーンメイルのフードは外してね。素顔を見て眠りたいから」
「仕方ない、フィーナが眠るまで見守っているよ。それから寝るとするよ。チェーンメイルのフードとヘルメットを外すのは服務規程違反になるからな」
「仕方ないわね。それじゃ寝ましょう」
そう言って窓際に置かれたベッドに行き、入って来る月夜の光を浴びて、両手を組んで突き上げて伸びをした。
せめて、イメルダくらい胸があると良いのにと思いながら、精いっぱい胸を張る
そこで思う。私は何をしているのかしら?
これじゃ恋をした乙女じゃない。
アルベルトのびっくりした表情を見ようと思ったけど、暗闇で表情は分からなかった。
破廉恥すぎて嫌われたらどうしよう。
一瞬そんな不安が身をよぎる。
急いでベッドに横になる。でもかぶるものが無い。
アルベルトがフィーナのベッド沿いに来る。
もしかして挑発し過ぎた。
大地の巫女だから良いわよね。
頑張って寝たふりをする。
「フィーナにかけるものがないな。仕方ない。俺のマントで我慢してもらうか」
そう言ってチェーンメイルに取り付けているマントの紐を取り、フィーナにかける。
「おやすみ、フィーナ」
そう言い残すとアルベルトはチェーンメイルのフードをかぶり、ヘルメットを着けると柱に身を預け眠るのだった。
「アルの馬鹿」
聞こえるか聞こえないかくらいの声でフィーナは言う。
心の中では期待を返してよと思っていたが、眠気には勝てずに眠る事になる。
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