Happy Xmas
小鳥遊
Happy Xmas
だいぶ出来上がってきた。
私はもう三時間続けているビーズ刺繍の手を一度止めて、刺繍枠から生地を外し広げて見てみた。
二週間後のクリスマスの為に、コツコツと作り続けてきた、赤や緑、シルバーや白のビーズで作っている、クリスマス模様がキラキラと光っていた。
今日は金曜日なので、土日は仕事がお休みだから、あと少し頑張ろうかな、そう思いながら立ち上がって冷蔵庫に入っていたペットボトルのミルクティーを取り出して飲んだ。
部屋の中の温度が暑かったので、冷たい飲み物が心地良い。
そのままエアコンのリモコンで温度を一度下げた。
ルームシェアしている大学時代からの友人の千香は今夜は彼氏とデートなので帰りが遅くなると言っていた。
刺繍再開と布を手にしたら、流していたラジオの番組が変わり、落ち着いた声の女性パーソナリティが「もうすぐクリスマスなので、今夜は皆様のクリスマスの思い出を募集致します」と話していた。
クリスマスの思い出、そう考えて一番最初に頭に浮かんだのは、クリスマスソングで有名な曲だった。イントロなしで歌い出す男性ボーカルの曲は、同時にあの人の思い出も蘇らせた。
音楽という物は不思議な物で、曲を聴くと過去に聴いた時の思い出まで浮かんでくる。
大学の時のクリスマス飲み会の帰り、駅前のお店でこの曲が流れていた。
私の隣にいた、あの人が私にしか聴こえないような声で音楽に合わせて歌っていたから、私はあの人の横顔を見つめていた。
あの人は私の視線に気付いて、少し照れくさそうに微笑んだ。
私は思い出を頭の中で消して、また刺繍に没頭した。
しばらくすると千香が帰ってきた。
「おかえり、あれ?今夜は遅くなる予定じゃなかったの?」私が聞くと、千香はコートだけ脱いで冷蔵庫から缶ビールを取り出し、ごくごくと飲んだ。
「あ〜美味しい!遅くなる予定だったんだけど、もう綾ちゃん聞いて!秋人ってば、本当に頭にくるの!」
私は刺繍の手を止めて「何?また喧嘩したの?」と聞いてみた。
「秋人、私の話し全然聞いてくれないし!返事だって適当だし!スマホばっかり見ててさぁ!頭にきて、もう帰る!って帰ってきちゃった」
「そうなんだ、でもいつも秋人君は優しいって言ってるじゃない」
「確かに優しいんだけど、たまに冷たいとこあるんだよ!本当にそういうとこ大嫌い!何考えてるのか全然わからない!宇宙人みたいに思えてくるよ!」そう言って千香はまたビールをごくごくと飲んだ。
この話し長引きそうだなぁと思っていたら、刺繍も手を止めたままだし、だんだんとイライラしてきた。
「それなら別れちゃえば?もう何度も同じ事を繰り返してるし」私もつい口調がきつくなってしまった。
「別れようかなぁ……そうだよ、もう限界だよね……」お酒の弱い千香は少し酔ってきた様子で、しんみりとしていた。
その時、ラジオから私がさっき頭に浮かんだクリスマスソングが流れた。クリスマスの定番の曲だから流れるんだなぁと思っていると
「この曲、秋人の好きな曲だ」と千香がポツリと言った。
そして「やっぱり秋人に電話してくる」そう言って、立ち上がり自分の部屋に入って行った。
「そう、秋人君が好きな曲なんだよ」
私は千香には聞こえない声で言った。
そして窓の外を見てみると、私の心の声が聞こえたように雪が静かに降っていた。
私の気持ちを封じ込めるように。
千香の部屋からは笑い声が聞こえてきた。
私はまた刺繍に没頭した。
今夜中に仕上げてしまおう。
おわり
Happy Xmas 小鳥遊 @ritsu25
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