Episode 69 - 副官リエリー・ジョイナー
「……は? 面会拒否?」
「ええ。彼の希望よ。わたしの顔も見たくないそう」
もはや見慣れて久しいセオーク専用処置室への廊下の途中で、金髪の白衣に出くわしてリエリーは虚を突かれる。
コンソールでの通信にも、個人回線も応答がなく、よくない事態ばかりが頭を過って急ぎ足で向かってみれば、まさかの拒絶だ。
「ちょっとまって。ロカと話させて。だいじな話があるんだってば――」
「――おかえり、エリーちゃん。ご飯たべたかしら?」
「ルー!」
白衣の後方、処置室から出てきた乳白色の正十二面体を認めて、リエリーは駆け寄っていく。
「ロカは?」
「眠っているわ。ドクターのおかげで、いまは安定してる。安心してちょうだいな」
「よかったぁ……。あたし、ロカと話したいの。部屋にいく」
「あ、まって、エリーちゃん」
ルヴリエイトの傍を擦り抜けようとし、だがその
「……なに」
「ロカからあなたへの伝言よ」
もう一方の
「ダメよ。いま、読んでちょうだい」
ルヴリエイトの手に痛いほどの力が入り、リエリーはつい、その顔文字を表示する筐体に目を見開いていた。
「お願い、エリーちゃん」
ルヴリエイトの表情は、普段よく使う真顔の顔文字だった。が、その人口音声のただならない雰囲気に気圧され、リエリーは仕方なくカードを受け取った。
そこには、セオークらしい粗雑な筆致があって、だが一部にはペンを落としたのか、間延びした筆跡でこう書かれていた。
『リエリーへ。
さっきはすまなかった。俺もつい、動揺してしまってな。おまえのことだ、抜かりなくやってくれていると信じている。
俺はどうやら、歳も考えずに無茶したせいで体にガタが来たらしい。だが心配するな。しばらく寝てれば問題ない。ハフナイア先生がそう言うんだ。俺もそれを信じてる。
ルーと話したが、俺はおまえにチーム〈CL〉を任せることにした。権限の委譲はルーに手伝ってもらうといい。おまえが自分のチームに使ってくれてもかまわんし、廃業して別のチームを作る足しにしてもかまわん。すべておまえに任せる。ルーにも、おまえの意見を尊重するよう頼んであるから二人で話し合うといいだろう。
しばらく会えないが、おまえも無茶しすぎるなよ? 俺が目を覚ましたら、おまえのほうが倒れているなんてシャレは勘弁してくれ。あまりルーを困らせるんじゃないぞ? 俺たちは家族だ。それと仲間たちも頼れ。皆、力になってくれる。一人で抱えこむな。
それじゃあ、またな。
マロカ
追伸:〈ハレーラ〉の後部ハッチ、帰ったら俺が続きをやるから、触るなよ?』
「……なに……これ……? ねえ、ルー。どういうこと? ロカは……ロカは、どうしたの?!」
「リエリー、私が説明を――」
「――いえ、ドクター。ワタシから話します。席を外してくれないかしら」
「……わかったわ」
白衣が廊下の角を曲がるのを待って、ルヴリエイトがその両手でリエリーの肩をつかんだ。今度は、震えているように感じた。
「よく聞いて、エリーちゃん。ロカの状態は、たしかに良いとは言えないわ」
「……涙幽者化が加速してる、ってほんと?」
「まだ結果待ちだけれど、そうかもしれない。でもね、いまはゆっくり眠ってるの。魘されることも、水晶が光ることもない、ちゃんとした睡眠よ。意味は、わかるわね?」
「あたしたちと、同じ……?」
「そう。ロカにとっては、十数年ぶりになる熟睡でしょうね。ずっと付き添ってたけれど、とっても落ちついてた。ホッとしたわ」
「じゃ……いつ、起きるの」
「それは、わからないわ」
「はぐらかさないでよッ!」
「ちがうわ、エリーちゃん。はぐらかしてなんか、ないわ。アナタに噓をついてどうするの? ロカも言ってたでしょ、ワタシたちは家族よ。家族に隠し事はしないわ」
「じゃなんで……」
「ロカの容態次第って、ドクターは言ってる。精密検査の結果にもよるのでしょうけれど、安定が続くようなら、しばらくは眠っててもらおうってことにしたの。……正直に言うわね。これはワタシがロカに頼んだの。ここ数年……いいえ、カシーゴに来てからずっと、彼は休まずに救命活動してきたじゃない。エリーちゃん、アナタとね。だから、ここいらで休暇を取っても良い頃合いだと思わない?」
「それは……そうだけど、もし……もしそのまま……」
「わかってる。だからワタシが付き添うことにしたわ。ロカが起きるまで、ずっとね。もし、変化があったら、すぐにドクターを呼ぶし、最悪、ワタシがロカを叩き起こすから。それにほら、ワタシなら、ここのプラグを借りるだけでいつまでもいられるじゃない?」
「ずっとルーに見張られてたら、ロカもウカウカ寝てられないしね」
「こーら。ワタシとロカは、パートナーですよ?」
「はいはい、ラブラブ」
肩から
「レンジャー・リエリー・ジョイナー。レンジャー・マロカ・セオークの代理として、ここにアナタを威療士チーム〈CL〉のリーダーに任命します。受託しますか?」
差し出された、丸いバッジ。茶黒いチョコレートケーキの上に、蛍光グリーンの稲妻が横切る、意匠。
それは、威療士チーム〈チョコレート・ライトニング〉のエンブレムであり、外周に刻まれた『マロカ・セオーク』『リエリー・ジョイナー』のうち、前者が白く輝いていた。
リエリーは手を伸ばしかけ、だがふと、その手を止めた。われながら、いい妙案が思い浮かんでいた。
「チームリーダーって、役職を増やせるんだっけ?」
「え? ええ、規則ではそうなっているけれど……」
「よし。リエリー・ジョイナー、チームリーダーを拝命。そんでもって、リーダー権限で役職『
「……ちょっとエリーちゃん? 何をするつもりなの?」
「エリーちゃんではなーい。あたしは、リーダーなのだ。リーダーの命令はぜったいなのだ」
「ぶっ。だれの真似よ、それ」
言いながら、ルヴリエイトが筐体から補助アームを伸ばすと、エンブレムにその役職を焼き付ける。
「はい。それでリーダー? 最初の任命権は、だれに使うのかしら?」
「あたし」
「――はい?」
「リーダー権限でチームリーダーを空白とするー。代わりに、リエリー・ジョイナーを『副官』に任命ー。あ、任命権だけ付けといて」
セオークに託された責務はもちろん、果たす。
が、チーム〈CL〉のリーダーは、一人しかあり得ない。
「……まったくもぅ。こんなやり方、あとで本部長に怒られても知りませんからね?」
「なーんにも違反してないじゃん。大丈夫、大丈夫ー」
そうして、新しい役職が追加されたエンブレムを、今度は両手で包むように受け取ると、左胸、〈バッズ〉に並んでユニフォームに留める。
(まっててロカ。あたしが、
敢えて後ろを振り返らず、「じゃ、ルー。ロカをよろしく」と片手を挙げて歩き出す。――が。
「待ちなさい、エリーちゃん? ちゃんとご飯、たべたのかしら?」
「げっ。り、リーダーには拒否権が――あ」
「そう、残念でした、副官。さ、食堂でたべてきなさい!」
「……わぁったよ」
やはり、ルヴリエイトにはかなわないと感じながら、チーム〈CL〉リエリー・ジョイナー副官は、言われた通りの方角へ、向きを変えたのだった。
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