Chapter. I 史上最年少威療士、リエリー・ジョイナー
Prologue. 14 years ago.
――あの日、あたしは街の中心から天高く星空を突く、光の柱を見た。
その光の柱は、雷みたく眩しくて、ワインのような紫色をしていた。
まだ二歳だったあたしがそれをワインだと思ったのは、施設長が毎晩、ワインを飲んでいたからだ。試しに舐めさせてもらったこともあったけれど、酸っぱくて苦くて、とても飲めたものじゃなかった。
それを言うと、施設長はでっぷりした腹を大げさに叩いて大笑いしたっけ。
「――ビーチへ行けっ! 振り返らずに走れよ! いいか、おまえたち。海に着いたら飛びこむんだ。助けが来るまで、できるだけ息を止めてろ」
それがあの日、あたしが最後に聞いた施設長の声だった。
街のサイレンが鳴り響いた直後、シェルターへ避難しようとしていた施設の職員たちに施設長が言った言葉だった。
サイレンが鳴ったら、街のあちこちにあるシェルターへ隠れる。
それが施設での約束事で、あたしが覚えているいちばん古い記憶もこの約束事だったくらいだから、あの街に住む人にとっては当たり前の約束事だったのだろう。
だから職員のほとんどが施設長の指示を聞かなかったのも、仕方なかったのかもしれない。彼らは同じ施設にいた子どもを何組かに分けて、別々のシェルターへ向かった。
そのあと、職員たちにも子どもたちにも、あたしは会っていない。
「――行っテ……リエリー。あナたは、生きテ、しアわせに、なっテ……」
唯一、施設長の指示を聞いてあたしの手を引いてビーチへ向かったのは、あたしより十も年上のラコだけだった。
そのラコも、途中で“
代わりに、変異していく姿を必死に堪え、ラコは自身の
ラコに投げ飛ばされて落ちた海は、とても冷たかった。
その冷たさが逆によかったのだろう。涙と汗でぐちょぐちょになった顔と身体が一気に凍えて、あたしはがむしゃらに手足をジタバタさせた。泳ぐというより、ただ暴れていたような形だっただけど、少なくともそのおかげで、あたしは近くの砂浜に這い上がることができた。
――そのときだ。
あの光の柱を見たのは。
すっかり夜になっていた街の、
その柱を取り囲うように、光の環が迫ってきていた。
その様子を、あたしはただ砂から顔を上げて見つめていた。
「――伏せるんだッ!」
その声が聞こえたときには、あたしは顔を砂へ押さえつけられていた。今でも、声の主はその行動を悔いているらしく、あたしの頬の古傷をカギ爪でそっと撫でては思い出したように謝ってくる。
あたしとしては責めるどころか、声の主の咄嗟の行動に感謝しかない。だって、もしあのままあの超高周波を直視していたら、あたしはとっくに失明している。
それに、声の主が負ったその後の代償を思えば、顔の傷くらい何でもないことだ。
「――大丈夫か?」
声の主は、そのまま全身であたしに覆い被さって超高周波の波をやり過ごした。次に聞いたその声は擦れていたけれど、とても優しかった。
「――うん」
だからあたしは、差し出されたその大きな手を――〈
「ねえ」
「ん? どうした? どこか痛いのか」
「ううん。おじさんの服、光ってるよ?」
「ハハッ! どうだ、格好いいだろう? こいつが、
「レン、ジャー……? じゃあ、おじさんは“なきむし”さんたちとたたかうひと? さっきの“はらぺこ”さんたち、やっつけてくれたの?」
「……いいか、嬢ちゃん」
「リエリー。あたしのなまえは、リエリーだよ」
「よし、リエリー。いまはわからんかもしれんが、よく聞いてくれ。彼らも人間だ。俺たちレンジャーは、彼らをやっつけるんじゃない。彼らの命を救うんだ」
「いのちを、すくうってなあに?」
「とても大切なことだ。いずれおまえさんもわかるようになる。きっとな」
それだけ言って、そのレンジャーはあたしを抱きかかえ上げた。
その左胸には、夜の暗闇を照らす
あの光の柱よりずっと綺麗だ、とあたしは思った。
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