第2話 特命隊結成

「隊長の優遇具合はすごいな」

色々あった就任式から3日後、正式に隊長の地位を獲得したエルザは、隊長にあてがわれる部屋への引っ越しを終わらせていた。

間取りは3LDKで別個にトレーニングルームも付いている。おまけに清掃員が3日に1回掃除してくれるのだそうだ。

一通り見回ったが、一人暮らしには持て余すほどの空間だった。

昨日までワンルームだったことを考えると破格のランクアップだ。

「とはいえ、作業台とデスクとソファしかないからあんま変わらんな」

急に部屋がグレードアップしたのはいいが、家具は変わらない。

今のところはその恩恵を受けることはできない。

「その辺はおいおいだな」

金はそれなりに貯蓄してある。武具以外にあまり物欲がないエルザであった。

ソファーにどっかりと座り、一休みするエルザの端末が着信を知らせる。

着信名はアセンションビル。

『引っ越し、終わりました?』

「あぁ。さっき終わってゆっくりしてるとこだ」

『良かったです。早速で悪いのですが、顔合わせがこの後20時、第一演習場になったのでお願いしときますね』

「以外に時間かかったな」

『所属変更とかの処理が発生したので・・・』

「おつかれ・・・」

電話越しに苦労が垣間見えたエルザはそれ以上聞くまいと、そっと電話を切った。

後はエルザの仕事である。

現在時刻は18:30。顔合わせまで余裕がある。

「飯にするか」

朝から引っ越し作業を行なっていたエルザはそれなりの疲労と空腹を覚えていた。

新居にテンションが上がっているエルザは軽い足取りでアセンショビル内の食堂を目指す。

現在地はアセンションリング。先日就任式があったビルを円状に囲んでいる建設物。

内部構造は大きく居住区と開発区に分けられており、食堂は居住区にある。

内装は打ちっぱなしのコンクリートで安っぽい見た目の扉がいくつも続いている。

そのほとんどは誰かの部屋である。

10分ほど歩いていると食堂が見えてくる。ちょうど居住区と開発区の境目に1箇所ずつあるのは親切設計だ。

「何食おうかな」

食堂は残存資料からフードコートというものを再現した作りになっているらしい。

4人がけ、2人がけ、1人用カウンターが並べられ、その向こう側に様々な飲食店がある。食べたい店を選んで注文するシステムである。

「お」

エルザのお眼鏡にかなったのはラーメンだった。

醤油ラーメンを注文し受け取りカウンターに陣取る。

「いただきます」

疲れた体に熱いスープの旨みが染み渡る。麺を啜ればカラの胃袋を満たしていく。

メンマ、チャーシュー、ネギのアクセントも素晴らしい。

「ごちそうさまでした」

体が食事を求めていたのだろう。あっという間に完食したエルザは、時間が迫っていることを確認し、足早に食堂を後にした。

次なる目的地は第一演習場。指定があった顔合わせの場所である。

そこは開発区にあるが、正確には地下に作られた空間の一部だ。

開発区は武器弾薬の製造販売、研究、病床などの機能を担っており、アーコロジーの生命線といっても過言ではない。

演習場は要予約制だが、そこは事務員の男が済ませている。

受付を進み、3基あるエレベーターの一つに乗り込む。

行き先は地下以外ないため自動的にエレベーターは動き出す。

すると景色は一変し、掘削したのが見て取れる壁が、簡易な金網ごしに見えてくる。

体感温度も低下し肌寒い空間に早変わり。もはや扉も金網で手動で開けるといった具合である。

「なんか緊張するな」

大して明るくないランプが照らす、踏み固められた地面を歩くエルザは、理由もなく緊張を覚えていた。

これから会うことになっているのは、霊術”炎”のグラディエス。霊術”召喚”のシャルロット。霊術”隠遁”のヘクターの3人。女性2名男性1名ということは知っているがそれ以外は何も知らない。

というのも事務員の男から情報提供の話はあったのだが、エルザは、別にいい。と言っているのだ。

(変に先入観を持ちたくないからな)

これから特命隊として行動することは決まっている。

そして隊長が自分自身なのであれば主観のみで判断する方が適切である。とエルザは判断した。

歩みを進めるその視界が次第に明るくなってきた。

演習場から漏れ出る光だということを知っているエルザは、ふっと短く息を吐き、気持ちを整える。

薄暗い地下の空間に作られたのは巨大な立方体の建造物だ。

出入り口に当たる部分だけくり抜かれており、そこから光が漏れ出している。

第一演習場はアーコロジーで最大の研鑽の場となっている。

「____」

人の気配を感じたエルザは、己の気配を消して内部を覗き込む。

視認できる人影は3つ。シャルロットとグラディスとヘクターだろう。

エルザと同じ黒を基調とした軍服に身を包んでおり、こちらに背を向ける形で立っている。

彼女たちのショートヘアの金髪とロングヘアの赤髪。男の茶髪が目を引く。

時折横顔が見えることから会話しているようだ。

『そろそろだな!』

赤髪の方から聞こえた声は、ハキハキと元気で勝気な印象を受ける。

『そ、そうですね・・・』

『どんな人かねぇ?』

金髪の方から聞こえた声は、か細く優しそうではあるが気弱な印象を受ける。

茶髪の方から聞こえた声は、斜に構えたような飄々とした印象を受ける。

『ハッ!新隊長らしいけど、俺が勝つぜ!』

『しっかし、顔合わせ一発目からドンパチやらにゃいかんとは』

『私たちの実力を見たいってことでしょうか・・・?』

(なにぃ!?)

そんな話を微塵も聞いた覚えがないエルザは急いでアセンションリングに電話をかける。

『はい。どうしました?もう顔合わせの時間ですけど』

「なんか、3人と戦う感じになってるんだが・・・?」

『あぁ。そのことですか』

「あぁ。ってお前な」

『エルザ隊長が最後まで聞かずに電話を切るからです」

「あぁ・・・」

顔合わせが今日だと聞かされた時、確かに自分から電話を切ったことを思い出したエルザは思わず天を仰いだ。

『そういうところですよホント。まぁ貴方なら問題ないでしょう?』

「信用してくれてどーも。他に聞きそびれたことはあるか?」

『学習してくれたみたいでどーも。特にありません』

「そーかよ。じゃあ切るぞ」

『はい』

電話を切ったエルザは大きくため息をつく。

(切り替えていこう)

顔合わせにおいて予定外のイベントが発生したが、それはそれ。

特命隊として動くにあたって、隊員の実力を体で感じるのは大事なことだ。

「待たせたな」

精神状態を戦闘を行う前提に切り替えたエルザは、第一演習場に足を踏み入れる。

50m四方の空間。高い天井でも照らせるように、壁面にも蛍光灯が埋め込まれている。

打ちっぱなしのコンクリートが広がる空間は、様々な破壊痕があり野生味が溢れる。

余談ではあるが整備しないのは、より実戦の状態に近づけるためらしい。

エルザの声に反応した金髪と赤髪と茶髪が振り返る。

「おっせーぞ!」

「は、初めまして・・・」

「おぉ。意外に若い」

腰に手を当て胸を張る赤髪とぺこりと頭を下げる金髪と簡単な会釈をする茶髪。

「悪い。ちょっと急遽所用があってな」

確かに約束の時間には遅れているエルザは素直に謝罪をしつつも、素早く彼女たちを観察する。

赤髪の方は褐色の肌に琥珀色の瞳をしており、女性的特徴の薄い体つきをしているがその肉体は鍛えられることがわかる。身長は180cmと大柄だ。年齢は20代前半くらいか。自信に満ちているのか顔つきは活力に溢れていて粗野な印象こそ受けるが、笑顔が似合いそうでもある。

(貧乳のファイターってとこか)

金髪の方は白い肌に翡翠色の瞳をしており、女性的な体つきをしている。鍛えているような感じはあまりない。身長は160cmと平均的だ。年齢は20歳前後だろう。物怖じする性格なのか先ほどから目が合わない。反面、優しそうなおっとりとした顔立ちをしている。こちらも笑顔が似合いそうである。

(巨乳の修道女みたいだな)

茶髪の方は健康的な肌色、黒い瞳をしており、エルザと同じか少し細い体格。身長はエルザより5cm高い175cm程度。その顔と雰囲気から30代後半だと推測できる。

人を食ったような笑みが似合いそうな物言いをしている。

(値踏みする暗殺者ってところか)

初対面でなくても結構失礼な感想を抱いたエルザであった。

「まずは自己紹介といこう。俺はエルザ、特命隊の隊長に任命された。・・・。好きな食べ物はおむすびだ。よし次はお前な」

話すことが思いつかなかったエルザは場に合ってるかどうかわからないことを言いながら金髪の方を指差す。

「えっ、あ、はい・・・。シャルロットと申します。この度祓魔師様からのご推薦で特命隊の一員に任命されました。好きな食べ物は、えーっと、マフィンです・・・。よろしくお願いします」

(巨乳修道女がシャルロットか)

「よろしく。次はお前だ」

「名はヘクター。しがない偵察兵ってところだ。まぁ大方察しはついてるだろうけど、直接戦闘はあまり期待しないこった。うまく使ってくれよ?」

(年長者なだけあって場数は踏んでそうだな)

「了解した。次」

「グラディエスだ!こいつらと同じで推薦されてここにいるが、俺は俺より弱い奴に命を預けるつもりはない、だから勝負しやがれッ!!」

(貧乳ファイターに野生児を追加しておこう)

「いい機会だ。言葉よりも拳を交わした方が何かと早い。3VS1で戦おうじゃないか。もちろん”霊気”《れいき》の使用制限もなしだ」

「もともとそのつもりだ!」

気合いの入ったセリフと共に、グラディエスの体から漆黒のエネルギーが噴出する。

それは霊気と呼称され、人類が脅威に対抗するために獲得した進化の形と定義されているが未だ解明されていないことばかりである。

一般には、未知のエネルギーやおとぎ話に出てくる魔法のようなものと解釈されている霊気は、それを扱う者に人間の枠組みを超えた力をもたらす。

”霊術”《れいじゅつ》とは霊気に目覚めた者に付与される力の形である。

十人十色とまではいかないが多様な霊術が確認されており、それを上手く使えることがエルザたちのような霊魔討伐士れいまとうばつしにとって大前提となる。

(炎の”霊術”だったな)

グラディエスの力の形は炎。つまり熱を生み出す。

彼女が霊気を放出している以上、リアルに置き換えれば業火をその身に纏っているのと同義である。

しかしというか当然というか、本人の霊気で本人が傷つくようなことはない。

(暑いな・・・)

みるみるうちに第一演習場内の温度が上昇していく。

ヘクターはいち早く身の危険を感じたようで、シャルロットを連れてそそくさとその場から離れていく。

それを確認したのかは定かではないが、グラディスが片手を大きく横に、まるでサイドスローのようなフォームをとる。

「いくぜぇッ!!」

そこからの横薙ぎ。

グラディエスの腕から黒い炎の大波が発生し、凄まじい勢いでエルザを飲み込もうとする様は、炎の津波といっても過言ではないだろう。

(うーん。避けよ)

とりあえず彼女たちの実力をみたいエルザとしては、炎の津波を真っ向から防ぎに行っても良かったが、下手にやけどしたくないなと思ったエルザは、自身が見上げるほどの黒い壁を跳躍して飛び越える。

トップアスリートでもなしえない程の高い跳躍。

それを可能にするのは霊気がもたらす恩恵として身体強化があるからである。

もちろんエルザだけの特権ではなく、霊気を扱える者すべてが獲得する。

(おぉ・・・!?)

すたっとコンクリートの地面に着地したエルザの視界に、グラディエスが作り出している巨大な霊気の球体が映り込む。

まるで極小の太陽とエルザが思う程の熱量は、空気を灼き、火が怖いという動物の本能を掻きむしる。

時折荒れ狂うように噴出する火柱は、圧縮されたエネルギーの規模を物語る。

「くらえッ、灼熱の爆球フレア!!」

馬鹿げたエネルギーを頭上に掲げているグラディエスは、エルザに向かって軽く手を振り下ろす。

直後、その見た目と反してかなりのスピードを初速から叩き出す灼熱の爆球フレアはエルザごとその周囲を抉るように着弾し、その大規模なエネルギーを解放。大爆発を生み出す。

かなり遠くに避難したヘクターとシャルロットですら肺が焼けそうになるほどの熱量を帯びた熱風が吹き荒れる

その爆発はエネルギーを持て余しているかのように時間経過とともに膨張していく。

爆発の内部を徹底的に破壊する生き物にも見えてくる。

「なんだ、あっさり死んじまいやがったぜ」

燃焼のためのエネルギーを使い切った灼熱の爆球フレアは、なんともあっけなく消滅した。

爆発が起きた地点は深く抉れ、溶けたコンクリートと土が混ざりあってさながら溶鉱炉のようになっており生命が生存不可能な環境だったことを物語っている。

遺体すら残っていないことは理解しているグラディエスだが、その口調はあっけらかんとしている。

「カイルさんになんて言えば・・・」

まさかこんな事態になるとは思ってもみなかったシャルロットは空気が薄くなり息苦しい空間の中、2つの意味で顔が青ざめていた。






























  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る