霊魔討伐士~過去と現在を股にかける冒険譚~

@hiwajwjwhw

第1話 プロローグ

世界は滅んだ。

いつまでも続くと思っていた平和や安寧、日常が突如崩れ去った。

といっても戦争や飢餓など人類が何かしでかした、という訳ではない。

いや、むしろそっちの方が再興が容易いだろう。

なぜなら世界が崩壊した理由は、未知の生命体が人類を滅亡寸前まで追い込んだからだ。

我々が何をしたというのか。

確かに環境問題や生態系を破壊するようなことを人類はしているがそれを改善するために動いていたのも人類だ。

自分のケツは自分で拭こうとしていたのだ。

その仕打ちだというのならあまりに酷いではないか。


家族、友人、恋人・・・。

顔と名前がわかる存在は皆、死んでいった。

何もできずに、一矢報いることすら許されずに。

かくいう私ももうすぐ皆の元へ逝くことになるだろう。

私の周りは既に逃げ惑う人々の悲鳴や怒号でメチャクチャな状況だ。

恐怖で気が狂う前にこれを書こうと思ったのだが、慣れないことはするものじゃないな。言葉がうまくまとまらない。

もう生きることを諦めてしまっている。これを書いたところで何にもならないだろう。


だがもし、人類が生き残り、誰かがこれを見ているのであれば、人類は勝利した。ということになるだろう。


役に立たない手記だが、いつか誰かの目に触れることを願っている。





〜旧中国領・アーコロジー〜

「目には触れてるよ。でも人類は勝ってない」

ボロボロになっている150年前の手記を読んだ男は、特に感情も見せずに呟いた。

身長は170cm。男にしては長めの黒髪は手入れこそされているが、ただ流しているだけ。やや細身の体格は鍛えてあることがわかる。

黒を基調とした軍服にも近い上下のレザースーツを着こなす姿は、ある種の風格を男に与えていた。

男がいるのは書庫と呼べる空間。

幸運にも残存した滅亡前の世界のことが記された書物が整然と並べられた空間。

いわゆる立ち読みと言われることをするのが男の日課、趣味であった。

いや、生き抜くための勉強、備え。という方が正しいだろう。

男は次から次へ丁寧な手つきで書物を読み漁っていく。

知りようがない世界を垣間見ることができるこの時間を男は気に入っていた。

そんな男の体がびくりと震える。どうやら読書に夢中になっていたようだ。

ポケットの端末が震えただけで驚いてしまった。

連絡とメールとアラームくらいの機能しかない端末であるが、あるだけマシな代物。

金を払えばより多機能な端末も買えるが、必要性を感じていない男にとってはあまり興味がない部分であった。

慌てて端末をポケットから取り出すと着信中であることがわかる。

登録名は”アセンションビル”。

『エルザさん、今どちらで?もうすぐ就任式ですが』

「えっ?」

『ちょっと・・・。どうせ書庫にいるんですよね?連絡してよかったですよ』

はぁ・・・。と隠す気もないため息をつく電話の相手。

エルザと呼ばれた男はハハハ・・・と苦笑いするしかない。

『とにかく。まだ全然間に合いますので今すぐ来てください』

では。と一方的に通話を切られたエルザは、信用ないな・・・。と少し傷ついた。

電話口の相手は就任が決まった時から連絡をくれるようになった事務員とも呼べる男である。名前は最初聞いたはずだが忘れてしまった。

聞くに聞き返せず今に至る。

名前はないが優秀な男。とエルザは記憶している。

現に彼から連絡がなければ就任式をすっぽかすところだった。

確かに走っていくほど時間は迫っていない。ぼちぼち行けば余裕で式に間に合う。

「辞令だけでよくね?」

形に拘りすぎるのもアレだぞー。と愚痴るエルザであるが、その足は既に目的地へと向かっていた。



「ほんとよくここまで復興したよな」

エルザはエレベーターに乗っていた。

そのエレベーターはビルの壁面を垂直に上がっていく。

出入り口の反対側はガラス張りになっており、外を眺望できる。

眼下にはビルを取り囲むように円状の建造物が構えている。

その外側は貧民街。資格のない者たちが肩を寄せ合って暮らしているエリアだ。

上から見てみればコンクリートの建造物とトタンや木材でできた建造物の境目がはっきりわかる。

さらにそれらを守護するような柱が東西南北に聳えている。

といってもそれ自体にはなんの効力もない。

ただ外へ出ていく時のゲートとして機能している。時折襲撃を受けることもあるが今は静かだ。

それより向こうは地平線が続いている。

エルザが今いるビルを”アセンションビル”。

円状の建造物を”アセンションリング”。

これらとその他を含めた空間を”アーコロジー”と呼ぶ。

アーコロジーは150年かけてようやく手にした砦。人類の新たな光である。

失われたかに思われた前時代の技術は、幸運にも生き残った技術者と残存資料を元に可能な限り復元させた。

エルザが持っている端末もその一つである。

滅ぶ前の世界を知らないエルザは想像するしかないが、めっちゃ便利な文明だったんだろうと思っている。

(だが時代は変わった。俺は俺の目的を果たす)

この時代に生まれ生きてきたエルザにとって前の時代などどうでもいいこと。

過去の栄華に興味はない。あるのは現在をどうするかである。

エルザを乗せたエレベーターはアセンションビルの最上階へと到着した。

(これが第一歩目だ)

内心とエレベーターから出る一歩がリンクする。

目的地は最上階のとある一室。一度来た時の記憶を頼りにその扉を開ける。

20m四方の広い空間。打ちっぱなしのコンクリートのせいかどこか寒々しい印象を受ける。

エルザから見て右奥に通信機器のような機材が固めて置いてあるくらいの殺風景な部屋。

(就任式ってもっとイイトコでやるもんじゃねぇの?)

この部屋を指定してきた理由は察しがつくが、もう少し待遇を良くしてくれ。と嘆くエルザの端末が着信を知らせる。

『10分前行動。感心です』

先ほどと同じ声。

「電話までもらって迷惑かけるわけにもいかないからな」

『それ以前の部分をちゃんとしてほしいところですが』

「うるさいな」

まともに話すようになったのはここ最近ではあるが2人だが、元々そりが合うタイプだったのだろう。会話に遠慮はない。

『こちらも準備は出来ているので、始めましょうか。大体でいいので部屋の中央に立ってください。またすぐ会いましょう』

またしても一方的に切られたエルザであるが、特段気にするような性格ではない。

言われた通りに部屋の中央に立つ。

すると天井からスクリーンが降りてきた。

さらにエルザの後方からプロジェクターの光が差し込まれると同時に部屋全体が暗くなる。

こちらの様子は監視カメラか何かで確認しているのだろう。

「_________」

【エルザ殿 隊長 就任おめでとう!!】

スクリーンにはめちゃくちゃポップな書体で祝いの言葉が映し出された。

『それではエルザ殿の隊長就任式を執り行います』

スピーカーから電話と同じ声。

『エルザ殿とは少し前に皆様話されていますので、形式だけのものですが』

『であれば早くしてくれ』

割り込んだ声は高齢な男性の印象を受ける。

『まぁまぁ。そんな言い方したら彼が困るじゃないですか』

さらに割って入った声をエルザは知っているがこちらから発言することもないので沈黙を続ける。

『エルザ君。まずは隊長就任おめでとう』

割って入った声が続く。声音は優しそうな印象を受ける男声。高くもなく低くもない絶妙な声は不思議と安心感をもたらす。

『僕からのサプライズは気に入ってくれたかな?』

(サプライズ・・・?あぁ)

目の前に映し出されている就任おめでとうのテロップを見てエルザは理解する。

「えぇ。まぁ。お心遣い感謝します」

『ならよかった。いや、どうにも機械は苦手でね・・・。これくらいしか出来なかったんだ』

「ありがとうございます。期待に応えられるよう精進します」

『うん。良い返事だ。さて、本題に入ろうか』

エルザの主観であるが、この就任式に出席している面々はエルザのことをよく思っていない。噛み砕いて言えば警戒している。

ただその中で表面上だけでも良くしてくれているのが今会話をしている男である。

その理由は利害の一致、ビジネスライクな関係を築きたいからと推測している。

『ご出席の皆様もご存知の通り、今回の___いや、エルザ君の経歴は少し特殊だ。疑いの心を持っている方もいらっしゃるでしょう』

エルザ本人を目の前にしてさらっと言ってのける男。

『始まりが特殊なのであれば、エルザ君の就任も特殊なものにしなければならない。普通は就任式で任命し、あとは隊長にお任せということになりますが、今回は私の独断でエルザ隊長に仕事を与えます』

『祓魔師様といえども、あまり勝手なことをされては困るのだが・・・?』

高齢な男性の声が祓魔師と呼ばれた男の声を遮る。

『貴方ならそう言うでしょう。しかし、こちらに損はない仕事をさせます。最後までお聞きになった後、ご判断願います』

『・・・・・。』

『すまないねエルザ隊長。あまりこういう部分は見せるものではないのですが』

「いえ。私のせいでお手を煩わせてしまい申し訳ございません』

『そう言ってもらえると私も助かります』

会話相手が祓魔師ふつましという存在であることは勘づいていたエルザは波風立たないような返事を心がけていた。

祓魔師とはアーコロジーにおける最高権力者であり、滅多に人前に出るようなことはない。だがその力は強力で祓魔師1人でアーコロジー1つを守護できると言われている。現に向こう側の会話だけでも権力の関係性が見て取れる。

『エルザ隊長。君に任命するのは隊長という地位と、特命隊という組織のトップです』

「トップ・・・。ですか」

『特命隊のトップとは言っても形だけではあります。何せ特命隊は君を含めて4人だけの組織ですから』

今のところはね。と最後に付け足す祓魔師。

『特命隊の仕事は、こちら側からの指令をこなすことです。勘の良いエルザ隊長のこと。この旧中国アーコロジーが他のアーコロジーより発展が大きく遅れているのは知っているでしょう。我々としては人類の再興に貢献したい。でも広すぎる土地と不足している人材のせいで運営が行き詰まりかけている状況でもある。つまるところ、いまだに我々が踏み入っていないエリアを調査してほしいということです』

恐らくこの発表自体、この場の全員が初耳なのだろう。誰でも聞き取れるようにゆっくりとしかし力を込めて話していく祓魔師。

「_______」

それを注意深く聞き取るエルザ。

『エルザ隊長。ここまでで質問はありま____いや、君は賢い。私が先回りして話すことにしましょう』

「ご配慮感謝します」

投げかけの途中から口が動き出したエルザを見たのだろう。祓魔師は特に気分を害したような気配はなく続ける。

『特命隊の本質は今お伝えした通りです。そしてその構成員ですが、こちらも私の独断で3名選出しております。霊術”召喚”のシャルロット君。霊術”炎”のグラディエス君。霊術”隠遁”のヘクター君です。』

(・・・・・)

『この3名はこのアーコロジーにおいて頭一つ出た戦力になり得ます。エルザ隊長にはこの3名の育成も進めてもらいます』

(また面倒な・・・。さて)

この一連の任命を聞くことに徹したエルザは、自身に求められていることを整理する。

(要は、現状信用しきれないからこっちの指示で動けということ。監視も含めた特命隊という特例措置。単独で動き回られても面倒だから足手纏いを3人もつけられた。

だが、裏を返せば特に何をする気でもない。という証明もそのうちできるということ)

まとめるとこのようになる。しかも拒否権は与えられていない。

(でもここは祓魔師に感謝だな)

あちら側で、いろいろな議論はあったのだろう。

ただそれを一蹴したかどうかは定かではないが、祓魔師が裁定した。

利害の一致。ビジネスライクな関係性を築きたいのはエルザとて同意見。

この場で追放なんてされたらたまったものではない。

(特命隊か・・・。まぁいいや)

アーコロジー外での活動はかなり危険を伴う。

加えて未踏領域ともなれば何がいるか分かったものではない。

自身1人だけならいくらか気が楽ではあるのだが、3人も面倒を見ながらとなると勝手が変わってくる。

ただ、この仕事___霊魔討伐士れいまとうばつしにおいて殉職というは普通に起こることだ。

祓魔師が推薦したシャルロットとグラディエスとヘクターが見込み違いなのであればその内殺される。

考えること予測できることの多さにエルザは一旦思考を投げ捨てた。

『以上が私からの提案です。異論があれば受け付けます』

『ふん。この小僧には役に立ってもらわねばな。おい、立場を忘れるなよ』

「承知しております」

『ご理解頂けたようで何よりです』

『話は終わりだろう。これで失礼する』

終始機嫌が悪そうな高齢な声は、祓魔師の話にとりあえず合意したようだ。

(腹芸とかないのか・・・。まぁ隠すまでもないってとこだろうけど)

『え、えーっと就任式は閉式ということでよろしいですか・・・?』

もはや存在を忘れられていた事務員の男が震える声で問いかける。

『残っているのは僕ら3人だけですし、終わりましょう。あぁそうだ。言い忘れていたのですが、貴方には特命隊のサポートをお願いします。まずはエルザ隊長と3人を引き合わせるとこからですね』

『____。はい!承りました!』

(かわいそうにな)

『私の方である程度話はしてありますのでスムーズにいくと思います。あとはエルザ隊長にお任せするとしましょう』

「はい。承りました」

『後のことは任せましたよ。それではまた』

「・・・。アンタも大変だな」

『お互い様ですけどね。ま、仕事ですしそこはしっかりやらせてもらいますよ』

では私もここで。と事務員の男も退室していった。

「まぁ、やれるだけやってみようかね」

スクリーンとプロジェクターが収納され、光量が戻っていく空間でエルザはやる気があるともないとも取れる口調で呟くのであった。




















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