僕と結花のクロスロード
林海
第1話 小学校3年生
真っ赤な顔で、ゆっきーが怒っている。
無理もない。
ボクたちの作った秘密基地、すべてが破壊されていた。
森の中の倒木に切った真竹を立て掛けて屋根にし、お気に入りのおもちゃやお菓子を持ち込んであったのに、すべてが放り出されている。
そして、代わりに真竹を組み合わせて作った、とんがった三角形のネイティブ・アメリカンのテントみたいなのが立っていた。
正直に言えば、ボクたちの作った
中を見ると、これ、5年生の連中の作ったものだ。
学年ごとに流行りってのがあるから、置いてあるおもちゃを見てすぐにわかった。
ゆっきーの怒りはボクの怒りだ。
森の中の空き地、川の流れの近く。こんないい場所を見つけたのはボクとゆっきーなのだ。基地の建物だけじゃない。この場所は守らなくちゃなんだ。
川には沢蟹がいたのだ。
あけびの蔓もあって甘かったのだ。
そして、森の中なのに日が差すきれいな場所なのだ。
ゆっきーと目が合う。
それだけで結論は出た。
竹のテントを2人で押し倒す。
中にあったおもちゃ等はすべて、そのテントの残骸のまわりにばらまいた。
密かにかっこいいと思ったものがなくなって、心が清々とした。
「ザマをみろーっ」
ゆっきーが叫び、ボクも叫んだ。
そして、ボクたちは自分の基地を時間の許す限り直して、意気揚々と引き上げたんだ。
翌日は英会話教室があって、ゆっきーもボクもなに言っているかわからない呪文をさんざんに唱えさせられた。だから、秘密基地には行けなかった。
こんなんになんの意味があるかわからないけど、母さんが行けって言うから仕方ない。ゆっきーの母さんも同じことを言うんだもんなぁ。母さん同士が友達だから、こういうところ、ほんとにめんどくさい。
でも、さらにその翌日には、ボクとゆっきー、秘密基地に向けて駆け出していた。
心の片隅で覚悟していたけど……。
ボクたちの基地、再び壊されてた。
それも、倒木まで切られて。
こうなると、もう屋根を掛けることもできない。
相手の5年生に鉢合わせしたとしても、ボクたちは戦う覚悟は決めてきたつもりだった。そりゃ5年生は怖いけど、ボクたちが先に見つけた場所なんだから。
でも、もう、ボクとゆっきーの基地は作れない。
ゆっきー、歯を食いしばって、ぷるぷるしていた。きっと、そのぷるぷるを止めたら、涙が溢れてしまうんだろうな。
ボクだって同じだから、よくわかるんだ。
そして、さらに耐えられないのは、5年生の竹のテントは修復されていなかった。
仕返しができないんだ。
ただ単に、ボクたちの基地が壊された。
「こんな場所、お前らにくれてやる。俺たちはもっといいところを知っているんだからな」
そう言われた気がした。
こんないい場所なのに。
川には沢蟹がいるのに。
あけびの蔓もあるのに。
そして、森の中なのに日が差すきれいな場所なのに。
「どうしよう?」
ゆっきーが震える声で聞く。
「屋根が作れなくなっちゃったから、どうしていいかわからない。
でも、アイツラの真似をしてテントを作るのは絶対に嫌っ!」
ボク、そう答える。
あ、ボク、もう少し言いようがあったかな。
ゆっきーの目から、ついに涙がこぼれだした。
ボクとゆっきー、共に座りこんで泣いた。
悔しくて悔しくて、誰だかわからない5年生が許せなかった。
「なに泣いてるんだ、お前たち?」
不意に声を掛けられて、ゆっきーの肩がぴくって震えた。
ボクも、声のした方を見る。
作業服のおじさんが2人、上流側から降りてきていた。
「どうしたぁ?
迷子になるような場所じゃねーだろ?
とうでもいいけどお前ら、あんまり散らかすなよ」
と、歳取ったほうのおじさん。
「来週からここ、護岸工事が入るからな」
と若い方のおじさん。
「護岸工事って?」
と、ボク。
「ああ、こんな土の上に水が流れているような場所だと、雨が降ったら危険だからな。
コンクリ打って、固めるんだよ。上の方には砂防ダムも作るし、落ち葉や倒木が入らないように、周りの木も少し切る。
ほら、こんなのが危険だからな、切ったんだ」
若い方のおじさんが指差す方に、ボクたちの秘密基地を作っていた倒木があった。
気がついてみれば、おじさんの腰には鞘に入ったのこぎりがぶら下がっている。
「沢蟹はどうなるの?」
と、ゆっきー。
「あけびは?」
と、ボク。
「知らん知らん。
お前らもどっか帰れ」
と、歳取ったほうのおじさん。
「気をつけて帰れよ」
と、若い方のおじさん
追い立てられて、ゆっきーとボク、しかたなく立ち上がる。
もう、二度と。
二度とここには来ない。
ボクは、そう心に決めた。
森から出て、道路を歩きだして。
ゆっきー、さっきまで泣いていた目がもう乾いている。
「なんか、どうでもよくなっちゃったなぁ」
「うん」
と、ボクは答える。
守ろうとしていた場所は、5年生どころかもっと大きなものに奪われてしまった。ボクたちでは、どうやっても戦えない相手に。
そして、ボクたちがそこを失ったことで、洪水が防げるらしい。
なんか泣こうにも、ボクたちの感情の入れ物では入り切らないものを詰め込まれた感じがして、どうしていいかわからなかった。
「大切な場所だったはずなのにね。
2人でなにを守っていたのかなぁ」
そう呟いたゆっきーの言葉が、秋の高く青い空に吸い込まれていった。
あとがき
小学校3年生、中学校2年生、高校2年生、大学3年生、社会人2年目と、僕と結花の全5話です。他のところでオリジナルで書いたのを、カクヨムにブラッシュアップしてアップします。
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