FIKA SONGS
「ねぇ、アコースティックギターにはどうして穴が開いてるの? エレキトリックギターには穴は開いていないのに」
僕は沈黙した。ここで、いやエレキにだって穴が開いてるセミアコースティックってやつがあるんだよと答えたところで、君が満足しないのはわかりきっている。
「そうだな、それに応えるのは簡単だけど、でもどうしてそれを知りたいの」
君は手元のソイラテの入ったタンブラーを指でいじりながら傾ける。
ちょっとちょっと、こぼすつもりじゃないだろうね?
「質問に質問で返すなんてずるいと思うわ」
よし、君が望むなら問答ごっこをしよう。
こんな会話を少し長引かせたところで、僕の睡眠時間がその分だけ減るって事を君はよく知っているんだろう。
「そうかな、でもどうしてそんな事を疑問に思うの」
大体どうして、アナログ楽器に穴が開いてるなんて当たり前じゃないか。ギターには弓と玄って文字でできた〝弦〟って文字があってだな、いや違った、〝意図〟があってだな、いや違った、〝糸〟があってだな……ああもう面倒だ、弓が六本あるんだよ。弾けば鳴るんだ。それじゃだめなのか。
何が不満なのか、君は口元を尖らせて子供のような顔をする。眉間に皺を寄せるとあんまり可愛くないよっていってあげたいけど、その顔が実はちょっと可愛いって思っているからいえない。そうさ僕は嘘が苦手なんだ。
「不貞腐れるのはやめろよ。大体君は楽器を弾かないくせに」
「じゃあいいよ、こういうのはどう? 丸いのは何か、意味があるの」
そんな事考えた事もなかった。でもアコギの穴が三角だったり四角だったりしたら音が変わってくるのは否めないし、ジェイムズ・モリスンやノラ・ジョーンズが星型の穴のあいたアコギを弾いてたら流石にサマにはならないと思わないか? 待てよ。だけどセミアコギならホールはFだし、もしかしたら君のいうようにアコギのサウンドホールが丸でなくちゃならない理由なんて一体どこにあったんだろう。僕達の生まれていないどこかの時代で、ギターの穴は丸であろうと誰かが決めたから、ああそうしよう、じゃあそうしようって事で、熊達が踊りあって、ほほいと、たたんと、まん丸の穴で巧く音が奏でられるように彼等が成長してきただけの事だったんじゃないのかい。そして最初にこれがそれこそCの形であっても、音は素敵に鳴ったかもしれないんだぞ?
Fで音が出るくらいなんだからいっそなんでもいけるだろう。誰かその辺のところ教えてくれよという気分になってくる。レニークラヴィッツが穴あきエレキをかき鳴らす妄想に僕の頭は占拠された。
「これも丸いんだよ。ねぇ知ってた?」君は、いつのまにか飲み干していたソイラテのカップの蓋を開けて僕に中を見せる。「そうだね、丸いね」僕がそう答えると、君は満足そうに笑った。「ね、そうでしょ? ほら」そしてテーブルに置いた僕の指を掴む。今度は僕が沈黙する番だ。そうか、そうくるなら僕も返そうか。
「じゃあさ玉葱はなんで丸いんだと思う?」
「ばかね、玉葱は葱の卵だもの。卵が丸いなんて宇宙総てに共通の真理だわ。命の源は総て丸いのよ」
君は即答する。参った、君には敵わない。僕は自棄になって答える。
「宇宙の誕生が丸でできているなら、音の誕生に相応しい穴だって丸しかないだろう」
いってしまってからしまったと思う。生まれる穴が丸いなんて卑猥だったかもしれない。君が気づいているかいないか瞳の奥を探るけど、敏感な君が気づかないなんてある訳がない。
「へぇ。素敵」君は目をまん丸くして、喜んだ。「いいわ。それで手を打とう」
「なんだよ、それは」
「へへ」
君は僕の指を一本とった。そしてギターの弦を鳴らすように、自分の五本の指に僕の指を誘うように持っていく。
「五本しかないけど……ここにはいっぱいあるわ」
君は六本の指をその胸に近づけた。僕は逆らえない。
「糸は弾かれる為にあるのよ。音を宿すのはそのうちのさらなる穴。そしてその音を生み出すのはサウンドホール、魂を増幅する為にある」
意地悪そうな視線が木漏れ日のように煌めいて僕の隙間に射し込んだ。わかっているならどうして訊いたのって、意地悪を返してみたいけど、まぁいいか、こんな会話が答えを出す為のものじゃないって事を僕も君も知ってる。だけど、こんな生まれてくる音色達の中に君の笑顔が眩しいだなんて、僕はとてもいえないんでいるんだ。珈琲でもどうかな。ビールでもいいけど。まあなんだっていいよ。糸の数はとりあえず二倍だ。
「時間がたつのは早いね」と僕が笑うと、君は、
「答えになってない」といって、また笑った。
《了》
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