第13話 二人目

 解析しておいてよかった。やっぱり用心するに越したことはないな。


「こっちです、タマラ」


 探知機能が役に立った。さっきの少年を解析して彼の情報を手に入れたおかげで追跡できる。


 メガネのレンズに表示された地図と赤い点。よし、ちゃんと機能している。これならすぐにあの少年を見つけることができる。


 できるが、さて。見つけてどうするか。


「見つけてどうするんだい、リリアンヌ」

「それは、その、えっと……」


 勢いか。まあ、仕方ない。まだ11歳なのだから勢いで行動してしまうこともある。


 ならば、ここは大人である俺がどうにかしないとな!


「まずは、お話を聞いてみます。どうして盗みを働いたのか」


 ……うん、ちゃんと考えてるな。俺の出番はないかもしれない。


「リリアンヌ様。あまり、そちらへは行かないほうが良いかと」

「どうして?」


 カメラのレンズに表示された地図の上の赤い点。この赤い点があの少年だ。ここへ向かえば少年はいるのだろうが、正直、俺もタマラと同意見だ。


 街の景色がだんだんと不穏なものになってきている。おそらく俺たちが向かっている場所は貧民窟。つまりはスラム街だ。


「ひどい、臭い……」


 どんな世界でも格差ってのはあるんもんなんだな。なんというか、世知辛いといか、虚しいというか。


 いや、そんなことを言っている場合じゃない。もしこのスラム街が俺の前世の世界と同じならば治安はあまりよくないだろう。


「タマラ、あそこに人が倒れて」

「お嬢様。今は、あの少年を見つけるのが先です」

「でも……」

「リリアンヌ、今はタマラの言う通りにするんだ」

「わかり、ました……」


 やはり、治安が良くなさそうだ。道端に人が倒れていても、誰も手を貸そうとする様子がない。


 いや、手を貸しても意味がないとわかっているのかもしれない。あの倒れていた人間が、感染症にかかっていたり、死んでいたのなら。


「急ごう。ここは、あまりいい場所じゃない」


 リリアンヌにはあまり見せたくない世界だ。だが、これも世界の一部だ。


 それに、リリアンヌたちはここではあまりにも場違い。狙ってくれと言っているようなものだ。


「おい、ねえちゃんたち。こんなところで何してんだ?」

「申し訳ありません。先を急いでいるので」


 チッ、思ったとおり出てきた。ゴロツキ共め。身なりがいいと見てわいてきたな。


 こっちは女子供の二人連れ。良い獲物だとでも思ったんだろうよ。


 だがな、残念。テメェらにやるもんなんざこれっぽっちもねぇよ。


「あ、あの、急いでいるので、そこをどいてくさい」

「ああん? ただじゃどけねえなあ」

「そ、そんな」


 クソッ、あんまり騒ぎを起こしたくはないが。


「リリアンヌ、威嚇するだけでいい」

「でも」

「怪我をさせるわけじゃない。やるんだ」

「……はい」


 こんなところで足止めされている場合じゃない。さっさと切り抜けないと。


「創造・土巨人クラフト・アースゴーレム!」

「な、なんだ!?」

「こ、こいつ、魔法使いだ!」


 よし、ビビってるビビってる。


「ち、ちくしょうが!」

「に、にに、逃げるぞ!」


 そうだ、さっさと逃げろ逃げろ。お前らには用はないんだ。


「よくやった。これでいい」

「行きましょう、お嬢様。やはり長居はしないほうがよいかと」

「う、うん」


 リリアンヌもだいぶ緊張しているようだ。さすがに怖いんだろうな。


 まだ11歳の貴族のお嬢様なんだ。この状況が怖くないわけがない。傷つけていないとはいえ、人に向けて魔法を放ったのはこれが初めてだったんだ。手も震えるだろう。


「大丈夫、大丈夫。怖くない、怖くない」


 さて、本当に長居はできないな。リリアンヌも気丈にふるまってはいるが。


「こ、ここです。この家、です」


 ……かなり奥まで来たな。


 それにしても、家か。家と言うか、小屋。しかも、かなりボロボロだ。人が住んでいるとは思えないが。


「は、入りましょう」


 探知。内部の様子を確認。


 中には二人。あの少年と、もう一人は。


「こ、こんにちは……」

「誰だ!」


 いた。あの少年だ。


 それと。


「ゲホゲホッ。お、お兄ちゃん、だれか、きたの?」


 やはり女の子だ。探知機能は正常に働いている。


「お前、さっきの。どうやってここに来たんだよ!」

「えっと、それは」

「てか何しに来たんだよ! なんだ? 金を返せってのか?」

「そう、じゃなくて」

 

 警戒しているな。まあ、それならこちらも一応警戒しておこう。


 解析。


 …………な、なんだこりゃ!?


「り、リリアンヌ!」

「ど、どうしたんですか?」

「いいからこれを見てくれ」

「……んえぇっ!?」


 メガネに表示された情報に驚いている。ああ、リリアンヌが驚くのも無理はない。


 もしこの解析結果が間違っていなければ、あの少年をお兄ちゃんと呼ぶあの子の魔力量はリリアンヌのおよそ20倍。しかも火、水、風、土、光に無属性の六属性使いときている。


 ……いや、『無』? 無属性ってなんだ? 知らないぞ、そんな属性。


 いや、それよりもだ。それよりも気になることがある。


 リリアンヌもそのことが気になっているはずだ。


「……その子、目が見えないの?」

「な、なんで知ってる」


 解析してわかった。あの女の子は視覚に障害がある。それもリリアンヌよりも重度の視覚障害だ。


「その子はあなたの妹?」

「だ、だったらなんだよ?」

「お兄ちゃん、どうしたの? 誰かいるの?」


 リリアンヌ、気持ちはわかる。痛いほどわる。


 でもな、ここからは覚悟がいる。あの子を助けたい気持ちはわかるが、気持ちだけじゃダメなんだ。


「リリアンヌ、中途半端はこの子たちのためにならない。助けるなら、最後までだ」


 そう、最後まで。


「覚悟は?」


 酷だとは思う。こんな子供に言う言葉じゃないこともわかってる。


 でも言わなきゃいけない。中途半端に手を出して自分が満足したらお終いなんて無責任なことはしちゃいけない。余計に相手を傷つけて、もしかしたら恨まれる可能性だってある。


 それにリリアンヌにはそんなことはできないだろう。手を差し伸べたのに嫌になったから、満足したから放り出すなんてことは。たぶん、傷ついて苦しんで、辛くてどうしようもなくなっても、優しいリリアンヌは最後まで、自分が倒れるまで投げ出さないだろうから。


 だから覚悟がいる。最後まで見届ける、最後まで手を差し伸べ続ける。その覚悟さえできるのなら、傷つく覚悟ができるのなら。


「タマラ」

「こちらに」

 

 予備の魔法メガネ。どうやらタマラはいつも持ち歩いていてくれたらしい。取りに行く手間が省けた。


「私の掛けているこれ、なんだかわかる?」

「し、知らねえよ」

「これはね、メガネって言うの。目が悪い人が使う、道具」

「……もしかして、あんたも目が」

「そう。少し前までほとんど見えなかった」


 リリアンヌの腹は決まったようだ。あとは、この子たちがこっちを受け入れてくれるかにかかっている。


「私もその子と同じ、目が悪くて、とても大変な思いをしてきた。だから、助けてあげたいの」

「……本当に、良くなるのか?」

「……わからない。もしかしたら、ダメかもしれない。でも、もしかしたら、その子の目が見えるようになるかもしれない」


 確実なことは言えない。リリアンヌとは違い、この少女はほとんど盲目なのだ。もしかしたら、このメガネでは無理かもしれない。


 けれど、やらないで諦めるよりはいい。それに、出会えたのだ。


 今がダメでも、これからどうにかできるかもしれない。


「信じて、とは言えない。でも、信じてほしい」


 信じられないだろう。いきなりそんなことを言われても。


 だが、今がチャンスなんだ。この子たちがここから抜け出せるかどうかの。


 頼む、信じてくれ。


「……わかった」


 よしっ! よしよしよしよしっ!


「でも、変なことしたら」

「わかってる」


 これで助けられるかもしれない。いや、助かってくれ。


 どうか、どうか見えてくれ。


「……だれ?」

「お兄さんのお友達です」

「ともだち?」

「そう。あなたを、あなたの目を治しにきたの」


 怖がらないでいい。いや、怖がってもいい。ただ、拒まないでくれ。


「なに、するの?」

「大丈夫。これを顔に掛けるだけだから」


 よし、いい子だ。そのまま大人しく、そのメガネを振り払ったりしないでくれよ。


「しばらく目を閉じていてね」

「うん……」


 予備のメガネと接続。同期開始。よかった、前に通信機能を追加しておいて本当によかった。これがあれば、離れていてもこの子の状態が把握できる。


 サイズを調整して、この子の状態をスキャンして――。


「目、開けてみて」


 頼む、頼む、頼む。


 頼むよ、神様。


「……おにい、ちゃん?」


 頼む、見えてくれ。


「おにいちゃん、なの?」

「見える、見えるのか!?」

「……うん」


 よっしゃあああああああああ!!


「いやっほおおおおおおおおおおおおおおおおい」

「ふぇぅっ!?!!?」

「妖精さん!?」


 神様! ありがとう! 本当にありがとう!


 さあ、これからだ! ここからが。


「おい! 出てきやがれ! そこにいるのはわかってんだ!」


 ……外の音声を探知。


「へへっ、さっきは驚かせやがって」

「魔法使いってもまだ子供だ。こんだけの人数がいりゃどうってこたぁねえ」

「ありゃあ、金持ちのとこの娘だ。身代金もたんまり搾り取れる」

「搾り取ったら売っ払っちまおうぜ」

「そりゃあいい。ぐはははははっ!」


 ……クソが。


「おい! 出てきやがれ! 出てこねえと火ぃつけちまうぞ!」


 こんな時に。こんな時に。せっかくこれからって時に。


 許さねえ……。


 ころ


「邪魔、しないでください……」


 ん?


「タマラ、二人を、お願いします」


 あれ? えっと……。


「お嬢様?」

「早く」

「わかり、ました」


 ちょっと、ヤバい、か?


「すぅぅぅぅぅ、はぁぁぁぁぁぁ」

「り、リリアンヌ、少し、おち」


 ……いや、落ち着かなくていいか。死人さえ出さなければいいだろう。


「……手加減は、するんだぞ」


 たまにはブチキレてもいいじゃないか。


泥人重装騎兵団マッドアームドレギオン!!」


 やっちまえ、リリアンヌ。


 ぶっ潰せ。

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