第3話 彼女の行方

 ピーポーピーポーピーポー…。

 気多たましくサイレンを鳴らし、病院へと、救急車が急いで走る。

 車内には、救命士が懸命に、事故に遭った者のバイタルや、怪我の状態を調べ、応急処置を施していた。

 一刻の猶予も無い程に傷付いた者を、死なせはしないと、必死に適切に、向かう病院の医師の指示に従いながら、病院へと急ぐ。

 病院に着き、今現在の状態を簡潔に、正確に伝え、待機していた医師や看護師に、引き継ぎをする。

 救命士達が出来るのはここ迄。

 後は、優秀な医師達に全てを委ね、無事、命が助かる事を願うだけだった。

 緊急治療室にて、詳しい検査の時間を稼ぐ為の治療をし、詳しい検査が終わり次第、直ぐさま手術室で、瀕死状態の患者の手術を始める。

 全身の至所が骨折し、内臓も一部破裂していた。

 幸い、脳には損傷は無く、心臓も何とか動いてくれている。

 何としてでも助けると、あの救命士達と同様に、医師達も素早く懸命に、施術していく。

 だが、運ばれた患者の心臓が停止してしまう。

 心肺停止になった患者に、再び動けと願いながら、除細動器を使用する。

 何度目かの電撃を与えた時、再び鼓動する心臓。

 冷や冷やしながらも、再開する手術。

 しかし、その後も何度か停止する心臓。

 その度電撃を与えては、手術を再開するを繰り返し、医師や看護師も、心と体が疲弊していくのだった…。

 それでも絶対に助けるのだと、医師や看護師達が、強い信念を持って奮闘する…。


 暗闇の中、命の息吹が感じられる程に、光を浴びて、色鮮やかに咲き乱れる草花達。

 その中心に居るのは、澄んだ声で歌う女性だった。

 彼女の歌は、黒く染めようとする闇を退け、生命の領域を拡大していく。

 澄んだ歌声は、力強く、生命力に満ち溢れていて、声を高く低く、まるで波の様に滑らかで、爽やかな髪をなびかせる風の様でもあり、何処迄も何処迄も遠くに届く様な、とても素晴らしい歌声だった…。

 響き渡るその歌声に、花が咲き始め、何処からともなく、鳥の声と鈴虫の音色が聞こえ、まるで彼女の歌声に合わせ、曲を奏でる様だった。

 その事がとても嬉しくて、彼女は歌い続けた。

 鳥や虫に、草花と木々の奏でる曲に、次々と歌詞が浮かんできて、思いのままに歌うのだ。

 気がつけば闇は消え去り、彼女の目に映る風景は、遠くの山や川に、人の手で造られた人工物は一切無く、陽の光に照らされた草木や花に木々が、キラキラと色を変えていて、さながら宝石の様に見えた。

 全てを黒く染めようとしていた闇は、彼女の歌声と、その歌声によって色付き、生命いのちを持ち始めた事で、今居るこの世界から、消え去っていた…。

 彼女は思う。

(何て素敵な景色なの…。あの世の、光が届かない地獄の底だと思えてたのに、こんなにも素晴らしい景色が、此処には有ったのね…。きっと天国って、こんな感じなんだろうね…。三途の川とか、石を積み上げてる子供とか、此処には居なさそうよね…。でも天国かぁ…やっぱり私……)

 その後に続く言葉を思うのをやめた。

 続く言葉を思ったり言ってしまえば、その事柄を認めた事になるし、色と生命に満ち溢れたこの世界がまた、あの闇に覆われてしまう気がしたからだ…。

 “死”と言うキーワードを使えば、また闇に覆われてしまうと感じた彼女の直感は、正しかった。

 命が宿ったこの空間を見て、これだけの生命力に溢れているのなら、闇が迫り来る事も無いだろうと、彼女は、歌を歌うのを止めた。

 フワフワした白い絨毯に

「ちょっと降りて、この子達と触れ合いたいのだけれど、降りても大丈夫?」

 ずっと彼女を乗せていた白い絨毯に、そう話し掛けると、彼女の言葉を理解しているのか、ゆっくりと降下し、その場に留まる白い絨毯。

「やっぱりそうだったのね。貴方、私の思ってる事、分かってくれてるのね。何となくだったけど、そうだろうって思ってたの…。私が気になった所に向かったり、歌に集中出来る様に、ゆっくり移動してくれたりしてたものね…。ありがとう…」

 フワフワな白い絨毯からそっと降り

「……ねぇ、聞いてもいい?貴方、私をずっと守ってくれてたんでしょ?襲い来るあの闇から少しでも、闇の黒い色に染まらぬ様、闇の存在が薄い所を必死に探して、私が闇に意識を持っていかれない様に…。そして、私が意識を持っていかれそうになったら、貴方が代わりに黒く染まってくれてたのよね?違う?」

 それ迄ゆらりゆらりと浮いていた、フワフワな白い絨毯が、ピタッと動かなくなった。

 彼女は、動かなくなった白い絨毯を見て

「うふふっやっぱりそうなのね。ありがとう、ずっと助けてくれて…」

 自分が言った内容が、正解だったのだと確信し、そっと白い絨毯を抱き寄せた。

 感謝の気持ちと、彼女の優しい抱擁に、驚き戸惑ったのか、白い絨毯が徐々に、桃色に染まっていく。

 その変化に気付いた彼女が

「あら?もしかして、恥ずかしくて紅くなってる?」

 彼女のその言葉に狼狽えたのか、挙動がギコちなくなる、白い絨毯。

 あたふたとしている姿に、思わず吹き出してしまう彼女。

「うふふっ笑ってごめんね…。でも私の感じた事は、正解だったみたいね…。ありがとう、私を助けてくれて…。そっかぁ〜、貴方にも心が有るのね。それも、とても優しい心が…。あっそうだ、貴方には名前が有るのかしら?…って聞いても、話せる筈はないわよね、何言ってるんだか私って…」

 少し悲しげな表情をした彼女に、あれだけあたふたしていた白い絨毯が、気遣う様に、そっと寄り添って彼女を包む。

 暖かく、優しい抱擁に、心くすぐられてキュンとなる彼女は

「ふふふ、ありがとう…私は大丈夫よ。貴方が側に居てくれるだけで、心が満たされてるのだから…。そのお礼って訳じゃないけど、貴方の名前を私が決めても良い?余りセンスは無いけれど、精一杯素敵な名前を考えるから…。ダメ?…」

 彼女の提案に、余程嬉しかったのか、彼女を抱き包みながら、緩やかに上昇降下を繰り返し、ぐるぐると円を描く様に浮遊する。

 それはまるで、メリーゴーランドの様だった。

「ふふふっあははっ…貴方って、表情豊かなのね…。これ程喜んでくれるなんて、私も嬉しいわ〜。それじゃ、私の提案はOKって事よね?」

 その問いにも、そうだと言うかの様に、彼女の頬に、撫でる様に擦り寄ってくる。

「ありがとう、貴方の優しさに応えられる様、目一杯素敵な名前を考えるわね。だから、ちょっとだけ待っててね…」

 彼女も慈しむように、白い絨毯を優しく撫でる。

 待たせる間、少しでも退屈させぬ様、優しい調べの歌を歌いながら、名前を考える。

 彼女の足元には、輝く宝石の様な草花達が、爽やかな風に揺れている。

 明るい空を見上げれば、夜空でもないのに、眩き瞬く星々が、多くの星座を作っていた。

 これ程迄の、輝きに満ちた美しき世界は、見た事などない…。

 天国に思えていたのに、今では、絵本やお伽噺の世界に、迷い込んだかの様にも思えていた…。

 そう、まるで不思議の国のアリスや、オズの魔法使いに、ナルニア国物語などの不思議な世界の住人として、自分は存在している気にもなっていた…。

「こんなにも不思議な世界が在ったのね、はぁ〜本当に素敵な世界だわ〜…。ちゃんと読んだ事は無かったけれど、まるでアリスやオズの世界みたい…。今度、ちゃんと最後迄読んでみよう♪それでね、貴方の名前なんだけれど、色々考えてみたの。空に浮かぶ雲の様だからクゥちゃんとか、綿あめみたいでもあるから、キャンディーのキャンちゃんにね、人を乗せる雲の代表と言えば、やっぱり筋斗雲が思い浮かんじゃうのよね…。で、キント君って安直なのばかりが思い浮かんじゃって、大切な貴方の名前なのに、こんな適当な感じで貴方に、名前付けちゃダメだって、思い直したの」

 申し訳なさそうに、人差し指で頬を掻きながら、苦笑いをする彼女。

「私って、本当センス無いわ〜って思ってたらね、この世界の風景を見ていたら、ふと、花言葉や宝石に、星の名前と、名前に持たされる意味が、それぞれに有った事を思い出したの。全ての名前や込められた意味なんて、覚えても分かっても無いのに、何故か頭の中に、貴方にピッタリな名前と意味が浮かんできてね、それを私なりに、貴方に合う様に考えたの。それでも良ければ聞いてくれる?」

 少しドキドキしながら、彼女が聞くと、頷く様に、上下に揺れる白い絨毯。

「聞いてくれるのね?良かった、嬉しい♪それじゃ早速…。貴方の名前は、カーリマー・アセビ。カーリマーのカーはね、カーフって星の名前が有ってね、意味は、信じる愛と温かい心。リマーは、宝石のラリマーでね、安らかに、愛と平和の意味が有るの…。最後のアセビは花の名前で、そのまま使って、花言葉の意味は、犠牲に献身と、貴方と2人で旅をしようって意味が込められてるの。どれもこれも、貴方にピッタリだと感じたわ…。でもそのまま、カーフラリマー・アセビだと、唯そのままで安直だし、言い辛い覚え辛いかも知れないし、何より響きが呪文みたいに思えて、私なりにアレンジしてみたの…。どうかな?イマイチだったり、お気に召さなければ、遠慮なく言ってね。もっと良い名前になる様に、頑張って考えるからね…」

 ふわっと笑う彼女に、今度は違うと否定する様な、左右交互小刻みに、首を振る様に動く白い絨毯。

「あっこの名前、お気に召さなかった…」

 今の仕草は、名前が気に入らなくて、否定したのだと思った彼女。

 その彼女に最後迄、言葉を言い切る前に、また否定の仕草をする白い絨毯。

「えっ?違うの…?」

 少し困惑するのだが、直ぐに否定した言葉に気づき

「気に入らなかったのじゃなくて、名前…気に入ってくれたのね?」

 今度は肯定の仕草をする。

「わぁ本当に!?私が考えた名前、カーリマー・アセビを気に入ってくれたのね?やった〜!嬉しい〜!良かったぁ〜!内心ドキドキしてたのよね〜、私センス無いから…。良かった〜…うふふっあはははっほんっと嬉しい〜!っヒャァッ!」

 名前を付けられた事が嬉しいと、喜びで笑った時、彼女の喜ぶ事と、自分に名前が付けられた喜びで、彼女を抱き抱える様に包む白い絨毯が、跳ねる様に、踊る様に空を舞う。

 突然の行動に驚いて、何度も“キャァッ”と悲鳴をあげていた彼女だったが、名前を付けたばかりの白い絨毯が、名前を付けられた事に、喜びを感じてくれているのだと理解し、それが嬉しくて、その嬉しいと思えた事が幸せに感じた…。

 喜びを分かち合える幸せとは、こう言う事なのだとも思えた彼女。

「うふふ、あははっ。こんなにも表現豊かだったのね。私が付けた名前、気に入って貰えたみたいで、私もとても嬉しいわ〜。うふふふふ…」

 名前が付いた白い絨毯、カーリマー・アセビは、彼女を優しく包み、少しスピードを上げ、空を自由に飛び回る。

 何処迄も続く、果ての無い世界を唯ひたすらに、素晴らしいこの世界を案内するかの様に彼女を乗せ、飛び続けていく…。

 いつしかカーリマー・アセビは高度を上げ、空も突き抜け、やがて星が漂う光る宇宙へと飛び立つのだった。

 今自分が地上を離れ、宇宙を飛行しているとは知らない彼女は、柔らかく温かいカーリマー・アセビの背に身を委ねながら、その心地良さに、いつしか眠っていた…。

 どれ程眠ったのだろう…。

 目を覚ました彼女が、周りの風景に気づく迄、それ程時間は掛からなかった。

「えっ…ここ…何処?あれっ?いつの間に私、眠ってたの…?」

 何処を見ても色鮮やかに、光り輝く空間。

 ポツポツと点滅する光の粒が、この空間を飾っている。

 地上から見上げた星空に、似ていると思った彼女は、今、自分の居る場所は何処なのかを直ぐに、理解した。

「ね、ねぇカーリマー・アセビ、もしかして今居るこの場所って、う…宇宙なの?」

 もし本当に宇宙に居るのなら、無重力で体は浮くだろうし、何よりも、真空で息が出来る筈がないのに、普通に呼吸が出来ている。

 いくらお伽噺の世界に居たとしても、それが有り得るモノなのかと、彼女は思った。

 それなのに、カーリマー・アセビは、自身の一部を器用に、コクコクと頷いて肯定する。

 カーリマー・アセビの肯定に、正直、とても驚く彼女なのだが、今度は別の疑問が湧き出てきて

「ねぇカーリマー・アセビ、貴方私を乗せて、ずっと飛び続けているけど、何処か目的地でもあるの?」

 その問いにも、コクコクと頷くカーリマー・アセビ。

「やっぱりそうだったんだ…。貴方が向かってる目的地って、何処なのかしら…」

 目的地とは何処なのかと、少し考えてみる。

(私に見せたい場所とか、それともカーリマー・アセビが、寄らなきゃいけない所だったりするのかしら…。何にせよ、カーリマー・アセビが意味もなく、行動するなんてのは、考え難いわよね…。この子の行動には、私の事を思っての行動……あれ?…私の事を思って…の…えっ!?まさか…)

 そんな事は無い、考え過ぎだと思いながら

「ねぇカーリマー・アセビ、もしかして、もしかしてだけれど…私の為に、出口を探してくれてるの?」

 恐るおそる聞く彼女の質問に、勿論だと言わんばかりに、何度も頷くカーリマー・アセビ。

 しかも嬉しそうに、少し弾みながら…。

「カーリマー・アセビ…」

 どうしてこんなにも、私の事を思ってくれてるの?

 どうしてこんなにも、献身的に、優しくしてくれるの?

 どうしてこんなにも、私の願いを叶え様としてくれるの?

 そんな思いが、彼女の中で駆けまわり、カーリマー・アセビの純粋で健気な心に、涙がとめどなく溢れて止まらない…。

 泣き出す彼女に、何故泣いているのか理解出来ないカーリマー・アセビは、あたふたと焦ってしまう。

「うふふっごめんね、泣いて驚かせてしまって…。違うの、これは違うのよ…。苦しいや痛いとかじゃなく、貴方の真っ直ぐな心が嬉しくて、心からの感謝で流す、嬉し泣きだからね、心配しないでね…。ありがとう、カーリマー・アセビ…。大好きよ…♡」

 嬉し泣きだと分かったカーリマー・アセビは、彼女が無事で良かったと安堵し、大好きと言われ、頬を染める様に、紅く染まっていく。

 言葉が話せないカーリマー・アセビなのに、この時何故か、カーリマー・アセビの声が聞こえた気がした。

 一瞬、凄く驚く彼女だったのだが、声を上げて驚いてしまえば、彼女を驚かせない為に、この先ずっと話さなくなると思った彼女は、ぐっと堪えて平然を装う。

 また黙る彼女に、様子がおかしいと、“どうしたの?大丈夫?”と、声が聞こえてきた。

 今度はハッキリと聞こえた彼女は

(今しっかりと、カーリマー・アセビの声が聞こえたわよね?でも耳から聞こえたって言うより、心に語り掛けて聞こえた気がする…)

 そう感じた彼女は今正に、カーリマー・アセビと心が通じ合っていると、嬉しくて胸が熱くなるのだった。

「喋れない筈の、貴方の言葉が私の心に、直接聞こえた気がしたのだけれど、今大丈夫って思ってくれた?」

 間違いないと思いながらも、確かめずにはいられない。

 彼女の言葉に対し、頷くカーリマー・アセビ。

 肯定された事が、こんなにも嬉しいモノなのだと、幸福感で満たされる彼女。

「なんて素晴らしいの。カーリマー・アセビ、貴方と心が通じ合えて、私、とても幸せよ♡お互いの心が通じ合えるだなんて、なんて奇跡なの!?まるでを見ている様だわ…」

 何気なく出てきた言葉に、また違和感を覚えた彼女。

「夢…?夢を見てる…?えっちょっと待って…なんでこんなにも、この言葉が気になるのかしら…」

 また一つ、何気ない言葉が、とても重要なキーワードの様に思えて、騒つく心が焦りだす。

 何かに気づきそうな焦る彼女の目に、この世界の在り様が変化する。

「キァッ!えっ何!?」

 彼女が驚くのも無理はない…。

 彼女とカーリマー・アセビを除き、周りの風景がグニュグニュと歪み始め、見ているだけで、平衡感覚がおかしくなりそうだ…。

「突然どうしたって言うの!?何!?何故?私が唯ほんのちょっと、違和感を感じただけなのに、その途端不思議な現象がこうも起こるだなんて、まるで私が原因みたいじゃないの!そんなのおかしいじゃない!……本当…何なのよ…」

 今思った事を吐き出す彼女。

 でもそれを吐き出した事で、この不思議な在り様を理解してしまうのだ…。

…なのね…。この世界は全て…私が創り出した夢だったんだ…」

 思い返せば心の何処かで、不思議な世界を思い描いていた自分が居たと、納得出来たのだ。

 理解し納得した時、歪んだ空間に、白い靄が掛かった様に、段々と色や輪郭がボヤけ始めていく。

“良かった、やっとお姉さんの出口が見つかったね…”

 カーリマー・アセビが、語り掛けてくる。

「えっ!?」

“えっ!?って、お姉さん帰りたかったんでしょ?”

「そ、そうだけれど、カーリマー・アセビ、出口って…帰れるって…」

“此処はね、虚無の世界なんだ…。生きる力が有るモノには、戻る事と受け入れる事を選べる場所でもあるんだ…”

「戻る事と受け入れる事…?」

“そう。お姉さんは、戻る事を選んだから、僕がそのお手伝いしただけ…。でもね、自分でこの世界の在り様を理解しないと、戻る事が出来ないからね、少しずつだけれど、理解して貰う為に、僕頑張ったんだ〜。お姉さんには、ちゃんと在るべき場所に帰って欲しかったから、今とても嬉しいで満たされてるよ”

 この世界に来てからの事を思い出し、何かしらの違和感を感じた時、カーリマー・アセビが、違和感の謎を解くヒントをくれていた事に気づく。

“お姉さんの手助けが僕の役目だったのに、僕に名前を付けてくれたのが、本当にとても嬉しくて、もっと役に立ちたいって思ったの。そうしたらね、僕の思いがお姉さんに通じてね、もっと嬉しくなったよ…。ありがとうお姉さん…。僕に、本当の喜びを教えてくれて…”

 そう伝え終えると、カーリマー・アセビは、彼女をそっと投げだし、静かに離れて行く…。

「カ、カーリマー・アセビ!?どうしたの!?何故私から離れて行くの!?ねえ待って!私を置いて行かないで!お願い、カーリマー・アセビー!!」

 宙を漂う彼女が、遠く離れて行くカーリマー・アセビに叫んだ。

“それは出来ない…。僕とお姉さんの旅は此処迄…。向こうの世界の存在と違う僕は、この世界でしか居られないんだ…分かってくれる?…そんな悲しい顔をしないで…。僕はいつでもお姉さんを見守ってるから…。さぁ僕の事は忘れて、帰る場所に早く戻ってね。大好きだよ、お姉さん…”

「そんなのダメーー!嫌よ!カーリマー・アセビーーー!!!」

 その言葉を最後に、白い闇に溶け込んで行く…。


「先生ー!患者さんが意識を取り戻しましたー!」

「本当か!?分かった。バイタルに異常はないか、意識レベルはどれくらいか、チェックしてくれ!」

「はい!」

 まだ眠っていたいのに、ざわざわ騒がしいと、薄く目を開く彼女。

(バイタル?…意思レベルって何?そんな事より、私まだ寝てたいのよね…。静かにしてくれないかしら…)

「〇〇さん!〇〇さん!聞こえたら返事をしてみて下さい!聞こえますか?話せますか?〇〇さん!〇〇さん……〇〇さ………」

 誰かが自分に呼び掛けてくる。

(誰の事を呼んでるの?それに…私の名前…〇〇じゃ無いから…。私の名前は…木森 桜何だけど…。あぁ眠い…眠い…わ…)

 まだ寝ていたいと思った彼女は、そのまま長い眠りに付くのだった…。

 いつ、また目が覚めるか…誰も分からないまま…。

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