第42話 儀

 上から下まで純白のドレスは、彼女の白い肌をより際立たせる。白のレースでできたハイネックからは彼女の肌が透けて見えた。すらりとした腕を隠すものは、レースでできたグローブのみ。二の腕まで隠れてはいたが、繊細なレースではその全てを隠すことはできない。


 膝まで彼女の身体の曲線(ライン)を惜しげも無く見せたドレスは、膝下から円を描いて広がった。


「変わった形。まるで人魚ね」

「クリノリンやペチコートは嵩張りますから」

「苦肉の策だったの?」

「はい、ですがとてもお綺麗です。近くに海が無くて良かった。貴女を見た海の神に攫(さら)われてしまうところでした」

「貴方、詩人になっても成功したと思う」

「貴女のドレスを作る特権を奪わないで下さい」


 カインが眉尻を下げる。リンリエッタは彼の横顔を見上げて、肩を揺らして笑った。


 町外れの小さな教会では、静かに婚姻の儀が行われる。聖堂に集まりたるは、地上におわす神々か。それらは一つとして人の形を成していない。


 小窓から入り込んだ光が、リンリエッタの金の髪をより輝かせる。聖堂の奥では、神父が二人が訪れるのを待っていた。


 そこまでの道のりは彼等の人生に比べたら短いもので、ほんの数十歩の距離である。


「扉の前にくるまでに何度も立ち止まって、歩きながらお喋りして。まるで私達の人生のようだわ」

「申し訳ありません」

「良いじゃない。何度でも立ち止まりましょう? 私、貴方と一緒なら何でも楽しい」


 リンリエッタは頬を緩ませる。カインは、返事をする代わりに彼女の手を強く握りしめた。


「神父様。お待たせしてしまいました」

「申し訳ございません」


 カインとリンリエッタは揃って頭を下げた。しかし、神父は小さく頭を振ると優しく微笑む。


「お二人とも、すっきりとした顔をしておりますね。さあ、婚姻の儀を行いましょう」


 グルーシナ王国を含む周辺国は、教会に婚姻の管理の一切を任せている。神の元で誓いを立て、証書に署名(サイン)をすることで、結婚が公的に認められた。


 神父の指示に従い署名をし、指輪を交換するだけである。たったそれだけで、婚姻が成立するのだ。そこには貴族や庶民等という身分の壁は一切無い。たった二つの名前を書くだけ。


 神父の導きによって神に祈りを捧げ、誓いを立てる。簡潔に記された証明書には、リンリエッタの長い名前と、カインの簡素な名前が二つ並んだ。


「この指輪の交換をもって、正式な契約となります」


 カインの手によって、リンリエッタの細い指に指輪がはめられる。そして、カインの指にも、彼女から同じように指輪がはめられた。


「神の元、お二人の婚姻が認められました。おめでとうございます」


 神父は目を細めて笑う。リンリエッタは左手を天に掲げた。


「お父様は見ているかしら?」

「きっと、見守っておいでです」

「お父様、ありがとう」


 父、クライット公爵からの返事はない。それでもリンリエッタは口角を上げ、左の薬指にはめられた指輪に口付けた。


 彼女の視線を追いかけていたカインは、不意にリンリエッタの左手を掴む。彼の真っ直ぐな視線を受けて、リンリエッタは首を傾げた。


「これから私は、貴方の良き夫となるよう、より一層の努力を致します。ですから、クライット公爵。リンリエッタを私に任せて下さい」

「カイン……」

「愛しております。リンリエッタ」


 カインが優しく微笑んだ。リンリエッタの瞳からは幸福の証が溢れる。

 喜びのあまり、彼女はカインに抱きついた。彼女を軽々と受け止めたカインは、笑みを深くする。


「私も、貴方のこと愛してる」


 リンリエッタは、カインの首に腕をまきつける。そして、ゆっくりと瞼を下ろした。


 二人は誓いを深くするように、唇を寄せ合う。しかし、神父も神々も目を瞑っていた為、それを見た者は一人としていなかった。

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