これも一つの選択

モン・ブラウン

これも一つの選択肢

1日の仕事を終え、スーパーで値引きされたお弁当を片手に家に帰ってきたのは夜9時を回っていた。

亜由美の足取りは重く、家に帰ってきたというのに気分は明るくない。


はぁ…。今日も失敗して怒られちゃった。

何度も何度も同じ失敗して、最初は「次は失敗しないようにね」と笑って許してくれた先輩も上司も度重なる失敗に呆れはてついには一週間前に匙を投げられてしまったのだ。


自分が悪い事は一番よくわかっていてミスをしないように気をつけるとどうしても遅くなってしまうし、遅いわりには最後の最後で確認を怠り、数字があっていないと怒られてしまう。


どうして皆んなと同じ事ができないのだろうという悩みは長年のものであり、亜由美の課題でもある。

自分自身が変わらないといけない。考え方を改めないとと思ってもなかなか変えられず亜由美は自分が情けなく、価値のないものだと決めつけていた。


上司の「あなたの事は諦めました」や「邪魔はしないでください」に傷つき最近はへこみにへこんで、食欲もなく朝も昼も食べれていない。


このままではいけない。何かお腹に入れないとと購入してきたお弁当は温めずまだテーブルの上に置いたままだ。


食欲ないなぁ。せっかく買ってきたけど今日は食べなくていいかなぁ。


亜由美はボーっとしたままお弁当を見る。

お弁当には半額とシールが貼られており、中にはおにぎり2つと卵焼き、唐揚げが一つ入っている。温めなくてもそのまま食べられるものなのだが、少し肌寒くなってきたこの頃温めて食べたいものだった。


座ってしまったため電子レンジのところに行くのも億劫なのだが、さすがに朝も昼も食べてないのはまずいと思い、ノロノロと亜由美は立ち上がった。


食べ物の美味しい匂いを嗅げばなくなってしまった食指も動くのではないかとお弁当を温める。

レンジの光を浴びお弁当が温まってくると中からお米と海苔のいい匂いが漂ってきて少し胃が動く。


食欲なくてもお腹は減るもんなんだなぁと考えながら温まったお弁当に手をつける。

おにぎりの具は鮭にシーチキンの2種類。割引されていた商品だからか温めてもお米が少し硬い。塩分控えめに調理されているからか味もそんなにしなかったが、約1日ぶりの食事はほんのすこしだけ美味しさを感じるものだった。


今までだったらこんなお弁当一つではまったく足りず、お菓子へと手を伸ばしていたのだが、そんな気にはなれない。


仕事中も家に帰ってきてもあの言葉を思い出すと涙が溢れてくる。

なんて自分はダメな人間なんだ。自分なんか消えた方がいいとずっとずっと考えて、どうしたら仕事ができるようになるかを考えればいいのに死にたい。消えたいと最近のスマホの検索画面は死を連想させることばかりだ。


嫌な事があるとすぐに死にたいと思いはじめ、その嫌な事がなくなると死にたいなんて思わなくなる。

死にたい死にたいなんて言っておいて自分で死ぬ勇気なんかなく、さまざまな偶然が重なって車が自分に突っ込んでこないかな?とかだれかに殺してもらいたいと他人まかせだ。

本当に死にたい人間は何も計画を考えず思ったらすぐに実行すると何かで読んだ。だから自分はまだこの状況を悲観してるだけで甘ちゃんなんだ。


高いところから飛び降りる勇気もない。痛いこと、苦しいことも怖いから結局のところ自分は生きるという選択しか残らなかった。


世の中には自分よりも辛い思いをしている人、明日さえ生きるのが精一杯の人。生きたいのに生きれない人もいる。


果たして自分はどうだろうと亜由美は思う。

自分は転職も数回しているが、運良く間もあかずに仕事を見つけている。しかもこのご時世なのにもかかわらず正社員だ。


ボーナスは会社自体が苦しいのか、もらった事はないがお給料は毎月振り込まれており、生活に困った事はない。


他人から見たら大変恵まれていると思われるだろう。ただただ自分の能力のせいで苦しくなっているだけだと思った。


そこまで思い至っているのにどうして自分を変えられないんだろう。誰かに相談したところで、答えはきっとこうだ。

「もう自分でわかってるなら。行動しなよ」だ。


答えは出ているのに行動できないのはきっと自分が可愛いからここままでは大丈夫と思っていたり、変わるのが怖かったり、どう変わればいいかわからなかったりとさまざまで、結局深く考えるまでいたらず曖昧にしてしまっていた。


こんなんじゃ、呆れられるのもしかたがないよね。


辛いのにそれを訴えても最近では嘘泣きはいいからとかあしらわれている時点で気づくべきだった。

信頼を失う前に変わるべきだったって。

考えて考えてわからないと投げ出さなければよかった。


後悔ばかりが先ににめぐり、涙がでてくる。

泣きすぎて紙ティッシュだけでは足りず最近はフェイスタオルで涙を拭っている。フカフカのタオルは泣きすぎて腫れぼったくなった瞼に優しく心地よかった。


散々泣いてタオルで涙や鼻をかみ、スッキリとした亜由美はふとこのまま退職してもいいのではないかと、出社したくないから流行りの退職代行というのも利用して退職しようとおもった。


ふと頭の片隅でこのまま逃げ出していいのかと頭をよぎったのだが、このままいても辛いだけだ。

少しだけ、ほんの少しだけ調べよう。


亜由美はカバンからスマートフォンを取り出し調べ始めた。

退職代行のサイトはいくつかあり亜由美は一番上のサイトをタップし、サイトをスクロールしていく。最初は成功率や金額が書いてあり、さらに下のほうにいくと口コミが書いてあったので亜由美はそこを読み込む。


仕事場がブラックで退職を願いでても有耶無耶になったけれど思い切って利用してよかったですなどと高評価が書かれており少しだけ覗くつもりが熱中して読んでしまった。


これに申し込んだか明日から仕事行かなくていいんだ。

上司に辞めたいといいにくかったけれど面倒な事は代行してくれることも魅力的だ。


費用は比較的出せなくはない金額だし口コミもいいし申し込んでみる?

……いやいやダメでしょ。こういう大事な事は自分の口から言わないと。それにこのままだとなんて自分勝手な人間だと思われる。


さらに調べてみると申し込んだけれど退職できない場合もあるしお金も返ってこない業者もあるみたいだ。

亜由美が最初に見たサイトは返金されるみたいだけれど代行を使って退職しようとしたという事実は消えず、噂になる事は確実だ。


『あの人代行退職という使って辞めよとしたのに結局今も働いてるよね』

『なんか辞められなかったらしいよ』

『自分の口から言えばいいのに、なんで言えないかねぇ』


などと影でコソコソ言われて今でも居心地が悪いのにさらに悪くなるにきまっている。そんなの嫌だ。


亜由美はもし辞めれなかった場合の最悪のパターンを想像し、そのサイトは見なかった事にした。


それから数週間たち、結局亜由美は仕事は辞めずに今の職場でまだ働いている。


結局、このまま逃げ出すのは簡単な事だが辞めたあとはどうするの?また新しい職場に行って同じこと繰り返すの?と色々とあれから考え、いまはがむしゃらに今の職場で頑張ろうと思い直したのだ。


失った信頼を取り戻すのは簡単ではなく辛くて、苦しい。だけど少しでも変わりたかった。今までの甘い考えを捨てて少しずつでも成長したかったのだ。


がむしゃらに働くようになって自分の仕事への怠慢さや甘さを知り今ではあのまま辞めないでよかったと思っている。


少しずつでもこれから信頼を取り戻して頑張っていきたい。

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