第262話『約束』

「あぁ!? こんな棒切れが銀貨五十枚だと? こりゃボッタクリって奴じゃねえか? なあ、おい!?」


 森から戻ってくると、威嚇する獣のような声が辺りに響き渡った。

 音の発生源を見ると、里で培った技術を活かして工房をやっている青年が斧を持った男に恫喝されていた。


「はあ、そうですか。ご購入はされないということで?」


 呆けた表情で疑問を返す店主に、一瞬呆気にとられた男だが、すぐに怒りを燃やしながら店主に詰め寄る。


「……お、オイ! 何を言ったのか分かってんのかお前。俺に盾突いたって事だぞ」


「そんなことは言っていません。買わないなら帰ってくださいと言っているだけです。買うか帰るか選ぶだけですよ?」

「その態度がナメてるっつってんだよッ!!」


 チラリと見回りの剣士を見るが、彼らは我関せずといういった様子で、一歩離れた場所から騒ぎを見守っていた。むしろ、こちらが男に危害を加えないように監視をしている節すらある。


 男が店主の胸ぐらを掴んだ。

 その瞬間、気怠げな笑みを浮かべたままの店主の視線が鋭くなり、どこから切り落とすか吟味するように男の手首の上を巡る。

 そして、今度は武器を探すように男が投げ捨てた剣の上で視線が固定される。


 逆に男の方は剣士が不干渉でいるのを見て、さらに笑みを深くする。

 きっとあの男は街の中からやって来たのだろう。細かい事情までしらないが、俺達が剣士に監視される立場であるのを知って、一方的に搾取できる相手であると勘違いしたのかもしれない。


「ここの店の剣はとても質が良いんですよ!」


 俺は彼らの間の殺伐とした空気を無視して、彼らの間に割って入る。


「……あ"? 何だお前。ここのガキか?」

「いえいえ、ですがこの剣がどれだけ優れているか見れば貴方の考えもきっと変わりますよ? ほら、見ていて下さいね」


 そう言うと、俺は先程拾った粗末な斧を取り出す。


「…………あ、おい、それは俺の斧――」

「この上に切っ先を押し当てると」


 地面に寝かせた状態の斧に対して、釘を打つような形で剣の切っ先を垂直に乗せてから、指先で押す。

 すると、まるで紙であるかのように剣は斧の側面を貫いてそのまま地面に刀身を埋める。


「こんな簡単に貫通してしまうんですよ」

「……」


 剣が深く沈み込んで、最後に鍔が斧に触れたところで男の表情を窺うと、彼はこちらの力量に気付いたのか、顔色が青白く変化していた。


「俺の仲間が粗相をしてしまって申し訳ありませんでした。お詫びと言ってはなんですが、こちらの剣は無料で差し上げますよ。しかも鞘も追加で……これで許して頂けますか?」


 俺は斧を踏み付けたまま、ゆっくりと剣を抜き取る。そこには刃毀れ一つない剣が妖しく光を反射する。


「……お、おう、許してやるよ。今回だけな」


 最後に相手を立てるように下手に出れば、男は剣と鞘を引ったくるように奪うと、どこかへと走り去って行った。


「このぐらいで頼みます。ただ、毎度剣を渡しては赤字になるでしょうから、やり方はそちらで工夫された方が良いですね」


 穴の空いた斧を店主へと手渡しながら、彼に言葉を送る。


「すみません、こういうのは慣れなくて」


 店主をしていた青年が申し訳なさそうに答える。彼の立場は非戦闘員であるが、彼のように使徒候補からドロップアウトするタイミングが遅い者は、ある程度戦闘の回路が残ったままであったりする。

 しかも、使徒として外面を良くする術も身に付けていないせいで、下手な使徒より力の調整が苦手なのも厄介だった。


「ああいうゴロツキは力を見せつければ引き下がりますよ。それでも引かないならば、452期おれたちに助けを求めてください」

「気をつけます」


 彼の言葉に頷きを返してその場を立ち去る。

 ここに来る剣士は頻繁に入れ替わるし、彼らの弱点となるものはこの街には無いように徹底されている。剣士に便宜を図ってもらうことは不可能だと考えておいた方が良いだろう。

 やはり、過度な反撃をして剣士に目をつけられないためにも、ちょうど良い塩梅の暴力を行使する自警団が必要だ。


 俺は狩人たちが肉を売っている場所を数箇所巡り、出来るだけ脂が乗っているものを両脇に抱えられる限界まで買ってから家路に就いた。


 このくらいあれば、レンゲも満足するだろう。

 前に肉を振る舞った時は、量が足りなかったのか、レンゲは無表情で空になった皿をじっと見つめていた。

 そういう時に限って彼女は文句を言わないので、俺の方が悪いことをしたような気分にさせられる。

 沢山食べるくせに味にも五月蝿い彼女が悪いというのに。


 心の中で彼女に対する愚痴を繰り返しながらこじんまりとした自宅に辿り着いた。

 俺が持っている金を使えば、もう一回り大きく豪奢な家が建てられる。

 しかし、壁外区でそのような目立つ家があれば、羨んだ人間からちょっかいを掛けられることになるかもしれない。


 諸々のリスクと引っ越しの面倒くささを考えて、俺はこの家に住み続けていた。


 夕飯の準備をするべく、ドアノブへ手を伸ばしたところで、あることに気付いた。


「……」


 そして、ドアノブに残った温度の痕跡を見つけて足を止める。


 俺は息を殺すと、ドアの直ぐ横の壁に両手に抱えていた紙袋を置いてから、静かに扉を開く。


「……」

「……やっと帰ってきたか」


 耳に入って来たのは、男の声だった。


 直ぐ目の前のリビングスペースには、二人の人物が向かい合うように座っている。

 片方は眠気が消えた様子で水を飲むレンゲ、もう片方は見覚えのある剣士の青年だった。


「……アレックス」


 俺が出会った時にはアレックス・ブレイドだったが、今はその名をアレックス・へと変えている。

 インペリウム家といえば、聖剣機関の中枢を握る家の一つだ。彼はそこの血縁だったのだろう。

 確かに、彼の顔立ちはイコサ・インペリウム……コンジに似ているように見えた。


「聖剣機関からの命令だ。闇の使徒の駆除に協力しろ」

「ふむ……突然やってきたと思ったら、随分なご挨拶だね。生憎だけど、彼女には龍の討伐という仕事があるんだよ。聖剣機関そちらが決めたことなのに、忘れたのかな?」


 俺は近くに剣聖が居ないことを確認してから、アレックスに返答する。


「……そんなことは知っている」


 腹の底にはグツグツと煮えたぎる怒りが見える。しかし、それを抑え込むように、彼はテーブルの上で両手を組んで黙り込んでいた。


「……?」


 軽く挑発すれば激昂すると思ったのだが、思いの外反応が悪い。

 どうやら復讐に来た訳ではないようだ。


 俺は食事の支度を始める。

 壁に立て掛けておいた、薄く切った岩の板を持って外に出ると、レンゲが後から出てくる。


「ありがとう」


 レンゲが持ってきた鉄製のスタンドの上に岩を乗せて固定する。すると、見た目は岩のテーブルのようになった。


 最後にプレートに『発熱』を付与すると簡易的な焼肉用のホットプレートが出来上がった。

 これの良いところは準備と調理の手間がほとんど無いのに、レンゲの満足度がそこそこ高いことだ。

 このために鍛冶屋にスタンドとトングを作らせた甲斐があった。


 ちなみに片付けはプレートを解呪して『発熱』を解いた後に洗えば良い。


「……何をしているんだ」

「今から夕食の時間だから、その準備をしているんだよ」


「違う、そういうことを聞いているんじゃない……」


 糸影でスライスして薄くなった肉をホットプレートの上に乗せると、ジュウ、と水分が蒸発する音が鳴った。

 肉が焼けて立ち上る煙を浴びて、頭の痛そうな表情を浮かべるアレックス。


「話なら、ここでも出来るだろう?」


 レンゲと彼に皿を渡しながら、提案する。


「はぁ……俺が剣聖だったら、こんなふざけた対応はさせなかったというのに」


 彼はこちらに向けてギロリと睨みを利かせると、木製の皿を受け取った。俺がレンゲの皿に肉を置いたタイミングを見計らって、彼は口を開いた。


「聖剣機関はお前に闇の使徒の炙り出しをさせるつもりだ。殲滅はこちらで行う」


 彼が指さした先は俺だった。


「……んぐ、外に出てもいいということかな?」


 焼き終わった肉に塩を付けて飲み込む。


「当然だが監視は付く。自由な時間など一瞬も与えられないと思っておけ」


 アレックスは随分と気合いの入った表情を浮かべている。きっと監視の中には彼も含まれているのだろう。


 直ぐ側に立ったレンゲが待ち切れずに焼いている途中の肉を取った。

 ついでに焼いていた玉ねぎモドキをレンゲの皿に入れようとすると、彼女は俺の顔を見上げて首を傾ける。


「何だ、これは」

「名前は忘れたけど、美味しいらしいよ」


 調理の仕方が合っているかは分からないが、見た目が玉ねぎにしか思えなかったので、焼いてみた。


「そうか」


 レンゲは玉ねぎモドキに塩をちょんと付けて口に入れる。


「……そこそこだ」


 彼女はそう言ってから、すぐに肉を口に放り込む。

 よく噛んで味わったレンゲは、そこで初めてアレックスに向けて口を開く。


「免罪は龍の討伐で行うという契約のはずだ。貴様らの命令をわたしたちが聞く理由はない」

「……闇の使徒は、お前たちにとっても脅威のはずだ」


「敵ではあるが、脅威とは限らない」


 使徒を見分けられない剣士にとって、里の人間はどこにでも現れる暗殺者のようなものだが、彼らのやり方に精通している俺たちにとっては、多少力のある襲撃者のようなものだ。

 剣士の方が厄介なくらいだ。


「代価を寄越せとでも言うつもりか?」

「あぁ、当然のことだ」


「分かっているのか? お前たちがここに住むことが出来ているのは聖剣機関のおかげだ」

「アレックス」


 レンゲが戦意を滲ませるように鋭い視線を向ける。


「もし、居場所を盾にわたしたちに戦うことを強制するならば、わたしたちは抵抗することになる……里の時と同じように」

「……今度こそ、聖剣機関はお前たちを許しはしないぞ。勝てるつもりか」


 退かずに脅しを続ける彼に、レンゲは小さく溜息を吐いた。


「四、いや、五か」

「……なんだ」


 僅かに威圧された様子のアレックスに見せつけるかのように、レンゲが手の先に密度の高い気を纏わせた。


「その程度の剣聖ならば、同時に相手にできる」

「……っ、お前!」


 敵意に当てられたアレックスは皿を投げ捨てて深く構え、鞘から剣を抜こうとしたところで、その手が空を切った。


「——な!?」


 カラン、と切り落とされた柄が地面にぶつかって音を立てる。

 彼が弾かれるようにレンゲを見ると、【剣気】を纏わせた指を振り抜いた後だった。

 前に見た【剣気】で作った大剣をもっとコンパクトな形に昇華させたものだった。それを鞭のようにあつかう繊細な気の操作は、少し前の彼女にはなかった。


 きっと、コンジとの戦いがさらに彼女を成長させたのだ。


「交渉のできる人間を連れてやって来い。話はそれからだ」

「お前たちはっ………………チッ」


 口を開いて何かを言いかけてやめたアレックスは、最後に舌打ちをして庭から去っていった。


「……正直、話を受けても良かったんだけどね」


 里の動きを封じることで、時間を稼ぐこともできるし、彼らが行動を起こした時の被害を減らすこともできる。長期的に見て俺たちにも得があるのは確かだった。


「おまえが代価なく応じれば、他の者は奴らに代価を求められなくなる」


 彼女は肉で野菜を巻いてから、口に放り込む。

 どうやら彼らの命令で俺が動いた、という状態が好ましくないとレンゲは思っているようだ。


「む」


 俺が肉を取ると、彼女が眉をひそめる。

 どうやらこれはレンゲが育てていた肉だったようだ。


 苛立ちをぶつけるように、彼女の尻尾がぺちぺちと太ももの後ろを軽く叩いてきた。皮膚が削ぎ落とされていないので本気でないことは分かるのだが、地味に痛い。


「悪かったよ」

「……」


 軽く謝りつつ、宥めるように尻尾の側面を撫でると、彼女は怒りを収めるように尻尾を引っ込めた……と思ったら、そのまま低い位置にある俺の尻尾の側面に尻尾を擦り合わせてくる。


 気付けば肩が触れるほどに距離は近づいていた。


「……なに?」

「なにも」


 俺は思わず周囲に人が居ないのを見てから、レンゲに意図を問いかけるも、彼女は素っ気ない態度のまま食事を続ける。

 色素の薄い睫毛が、彼女の目の動きに合わせて小刻みに揺れる。


 触れては離れる尻尾がもどかしくなって、彼女の尻尾にぎこちなく巻き付けると、波打つ動きを止めて、隙間をなくすようにゆっくりと締めつけてくる。


「……」


 その時、焼ける肉を見下ろしていたレンゲが横目に俺を見る。


「長くなりそうか」


 アレックスがした提案を受け入れて街を出たときの話だろう。


「どうだろう。移動を考えなければ街の規模によるけど……一週間じゃ済まないだろうね」

「……そうか」


 どうやら飯の番が居なくなるのを惜しんでいるようだ。


「お金も溜まっているし、俺が居ない間は街で好きに食べたら良いよ」

「おまえ……わたしが食事のことばかり考えていると思っているのか……愚かもの」


 彼女が覗き込むように顔を近付けてジッと見てくる。


「最近のおまえは、よく肉を買ってくると思っていたが、わたしの機嫌を取るためか」

「……それは単に、森林国でのレンゲの食生活が肉寄りだったから、こっちでもそれに合わせただけで……嫌だったならそう言えば良かったじゃないか……」


 咎めるような視線を前にたじろいでいると、レンゲは俺が慌てる様子が愉快だったのか、少し口角を上げた。


「嫌ではない。だから、おまえの好きにすればいい……んぐ」


 彼女は少し焦げた肉を咀嚼して飲み込むと、何かを思い出したように顔を上げた。


「少し先に街で祭りがあるらしい」

「あぁ、女神教の生誕祭だっけ? 懐かしいね」


 俺の頭には『里外任務』の文字が浮かんでいた。

 あの日のことはよく覚えている。なにせ、俺がコクヨウになって、彼女がレンゲになった日だ。


「また、おまえと共に行きたい。だから、その時までには帰って来い」


 まるで俺と行くことに価値があるような彼女の言い方に勘違いしないよう自戒しながら、俺は頷いた。


「分かったよ……うん」


 答えを返したところで、ふと寮に居たときの記憶が蘇った。


――『おまえはどこに行きたい?』

――『わたしは……また祭りに行きたい』


 彼女はそんなことを言っていた。


 行きたいと言った理由は確か……『肉が食べたいから』だった。

 ……やっぱり食べ物のことばっかり考えているんじゃないか。


 そうして夜が更け、用意していた肉が無くなったところで簡易バーベキューは終わりを迎えた。




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第262話『約束』



豚肉でオクラを巻いたやつが美味しいんですよ。オススメです。

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