第1話

 雨の日は寝覚めが悪い。15分間隔でアラームをかけていた筈のスマホは、今僕の横ですっかり寝静まっている。スマホを持ち上げて、ベッドの上であぐらをかく。ディスプレイに表示されているのは10時半。入学式はもう始まっている。あぁ、久々にやらかした。

 何か大切な予定がある時はいつも雨だ。そして、雨の日は起きることができない。今までは最終兵器親リーサルウェポンが起こしてくれていた。けれど、つい数日前から独り暮らしを始めた所だった。せめて地元の親にモニコぐらい頼めば良かった。

 後悔してももう遅い。これから僕がすべき決断は2つだ。ひとつつはこれから入学式に向かう。大学までは15分位だ。終わる前くらいには間に合うだろう。もうひとつは家でゆっくりする。入学式に遅れて入れるかどうかは分からない。雨の中必死に行ったところで、門前払いを食らうのは避けたい。さて、どうしたものか。

 迷った時は、面白い方を選ぶ。昔からそうやって選択を重ねてきた。雨の中、独りで家にいても陰鬱な気分になるだけだ。それなら、濡れ鼠になってでも大学に行って、出会いのひとつでもふたつでも掴んでくる方がいい。湿気を吸って蛇の様にぐるぐるととぐろを巻く髪の毛を手で解きつつ、僕は洗面台へと向かった。

 内見をした方がいい。口酸っぱく言われてきたのにも関わらず、僕は内見をしなかった。大学付近のアパートは大学生が多く、物件探しは争奪戦だ。合格が決まってから物件を探し始めた僕に提示されたのは、今住んでいるアパートだけだった。ただ、どの部屋も住人が居て、内見は出来ないまま契約をする羽目になった。その代わり、目を皿にして契約書を隅から隅まで読んだつもりだったけれど、完全に見落としていた箇所があった。僕は風呂トイレ別の物件を探していた。そこは問題ない。家も風呂とトイレは別だ。ただ、風呂と洗面台が一緒だった。顔を洗うにも、手を洗うにも一々風呂場に入らないといけない。こんなに面倒なことはない。実家にいた頃は、風呂とトイレと洗面台が別々だったから、完全に盲点だった。当たり前だと思っていることは当たり前ではない。そしてそれを誰も教えてくれない。まぁ、社会に出る前に知れて良かったと言うべきだろうか。

 鏡を見ながらそんなことを考える。それから蛇口を捻って両手に水を含ませる。海原がごとく荒れた髪の毛を濡らしていき、程よく塗れた所でタオルで拭いていく。余分な水分を拭き取れたら、ドライヤーで乾かしていく。卒業式に出るなら、それなりにちゃんとした髪型の方がいいかもしれない。前髪を指二本分くらい持ち上げて、ドライヤーで立ち上げる。この頃には癖も大分マシになっている。土台ができたところで、ワックスを取ってセンター分けに整える。入学式は始まっているし、こんな事をゆっくりするなら、大学に向かった方がいいだろう。でも、不思議と心は落ち着いていた。遅刻者は目立つ。それならせめて見た目はちゃんと整えていった方がいい。そんなことはない、という声が聞こえる気もするけれど、僕はゆったりと準備を進めていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る