Chapter 1-3 異世界にやってきました
「つんつん」
「……ん」
「つんつん」
「んん……!」
頬をつつかれる感覚とあどけない声に、きらめの意識が覚醒した。
「あ、起きたのよーう! ねえねえ、あなた、お名前は?」
「きら……め……」
たどたどしく答えるとともに、きらめの意識は再び、強制的なまどろみの中へ消えて行った。
言葉のようなものを発することができただけ奇跡だったと言える。
なぜなら、彼の身体は今、生後数か月の赤子だったのだから。
※ ※ ※
「ほらー! 朝なのよーう! 起きるのよーう!」
カンカンカンと、フライパンを鐘のように叩く音が響き渡る。そこは酷く牧歌的な空間だった。木でできた広く大きな円形の建物は、コテージと呼ばれるものに似ていた。
「ほらー! きらめはもう起きてるのよーう!」
調子よくフライパンを叩いているのは、背に生やした羽を羽ばたかせながら宙を浮いている、人間にも似た種族であった。
頭や腕、足に至るまで基本的な身体の構造は人間とほぼ同じであるものの、その前身の大きさは生まれたての赤子と同等かそれ以下しかない。
そして何より目を引くのは、その背に揺れる二対の羽だろう。蝶のようなその羽で浮遊しているこの生物は、人間が言うところの妖精と呼ぶべき種族に違いなかった。
けたたましい音にそろそろとほかの妖精たちが起き上がる。妖精たちは、人間からしてみれば驚くほどによく似ていた。外見の違いでは見分けは付かないと言っていい。
しかし、妖精たちにとってはその個体を識別するのは造作もないことのようであった。
「ドラー、うるさいんだなー」
「ノンが起きるのが遅いのがいけないのよーう!」
起きるのが一番遅かった妖精に文句を言われ、ドラと呼ばれたフライパンを鳴らす妖精が頬を膨らませる。
「ほらー! ご飯の時間なのよーう!」
「きらめを呼んでこなきゃだしー」
「ディーはご飯を食べに行くのよーう! きらめはわたしが呼んでくるのよーう!」
「やれやれ、ドラはきらめが大好きっしょ!」
「ルーフェー?」
と、騒がしい朝の一幕があったものの、概ねいつも通りである。
「ルフェはもう、わたしをからかいすぎなのよーう」
騒ぎを抜けて、ドラはコテージの外へ出る。そこは人が何人でも立って歩けそうなほどの、太い木の枝の上だった。
眼下には空の青と白い雲が広がり、ここがどれだけ天高い場所にあるのかをうかがわせる。
しかしそんな高さは妖精たちには関係ない。妖精たちは就寝時を除いては浮遊して生活しているため、ここがどんなに高いところにあってもいいのだ。むしろ、高ければ高いほど敵は少ない。この世界の妖精は、そのイメージに違わずあまりた種族を好まない。いいことづくめである。
だがそんな妖精たちが、種族の垣根を超えて愛しむ一人の存在があった。
ドラは枝を辿り、彼の元へ向かう。彼は飛べない種族なので、枝の上以外を動き回ることはできないからだ。
やがて、枝の先にたたずむ背中が見えてくる。
まだまだ幼い彼だが、しかしその身体は既にドラたち妖精よりも大きく成長している。
ドラは満面の笑みで、彼に声をかけた。
「きらめー! おはようなのよーう!」
「おはよう、ドラ!」
七星きらめは、この世界で六歳になっていた。
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