44.ドキドキお部屋デート

   

「へや……お前の部屋か?」


「そうだ」


 ソラは落ちた袋を拾い中の本を確認した。

 幸い一緒に入れていた素材がクッションになり、本に破損はないようだ。

 安堵したソラは、袋をもう一度プラドの手にかけ持たせてみた。

 今度は爪が食い込みそうなほど強く握ったのでもう落とさないだろう。


 ソラがプラドを私室に誘ったのは訳がある。

 パン屋のマリアからのアドバイスだったからだ。

 しかしいくらマリアとて、いきなり部屋に誘えなど書いてはいない。

 ちゃんと手順を踏んだ誘い方を事細かく記載していた。

 だが残念ながら、雰囲気のある店でどうのこうの、ボディタッチがどうのこうの、上目遣いで恥じらいをもってどうのこうのと多量に書かれていても、ソラには理解が出来なかったのだ。

 だから大半を読み飛ばしてしまい、最終的に私室に誘う事が出来れば目標は達成、の部分だけ心に留めてしまった。

 だったら初めから私室に連れていけばデートの目標は達成ではないか。ならば初めからそうすれば良い。

 料理を知らない人間がレシピにバターや牛乳や卵を手順通り混ぜろと書いてあるのに「最終的に全部入れるなら初めから全部入れて混ぜれば良いじゃないか」と考えるのと同じ原理だ。

 素人ほど根拠のない自信を持ち好き勝手するからはた迷惑な話である。


 そんな恋愛ど素人のソラの暴走だが、もちろんプラドが知るはずもない。

 いやいや相手はソラだから……と理性的な部分が諭そうとするが、やはりプラドも男である。

 かわいい恋人に部屋に誘われてしまっては、期待せずにはいられない。


「来るか?」


「くる……」


 ややおかしな言葉を披露して、プラドはソラの手を握りしめた。

 ドッキドキお部屋デートの始まりである。


 ソラの部屋に行くと決まってからは早かった。

 プラドが怒涛の勢いで魔導具屋を往復し、使い捨ての移転魔道具を買ってきたのだ。


「歩いて帰れるが?」


「いや、俺が疲れたから使いたいんだ」


「そうか、付き合わせてすまなかった。ならプラドだけ先に──」


「二人で使わねーと意味ないだろ! で、デートなんだから……っ」


「ふむ、そうなのか」


 討伐に付き合わせて悪かったなと思いながら、使い捨て魔道具をたいした距離もないのに使うのは戸惑われた。

 けれどデートとはこういうものだと諭されれば、ソラに断る理由はない。

 デートとは何かを分かっていない自覚はあるので、うなずいてプラドに従った。

 そんなわけで瞬時に学園に戻ったソラは、プラドの手を引いて私室に向かう。

 街に行くときはポツポツと会話をしていたのだが、今はなぜかだんまりのプラド。

 よっぽど疲れているのだろうかと思いながら、ソラは私室の扉を開けたのだった。

 握られたプラドの手に力が入る。

 そして……


「適当にくつろいでくれ」


「…………、どこでだ?」


「ここら辺とかだ。一人分座れる」


 ソラのここら辺と案内された場所は、確かに一人分座れるスペースがあった。


「……──っ、メルランダぁ!」


「ふむ?」


「今すぐ片付けるぞっ!!」


 つまり、一人分ぎりぎり座れるスペースしかないほど、散らかり放題だったのだ。


「片付けが必要か?」


「むしろ何でこれで必要ないと思えるんだよ!?」


 床は紙袋や実験用具で足の踏み場もなく、机と棚は本や紙で溢れている。

 書き損じた魔法陣の紙は、山のように積んでは放ったらかしだったのだろう。所々で紙山が地すべりをおこしていた。


「お前……よくこれで恋人を呼べたな……」


「どこら辺が問題なのだろうか?」


「……」


 ベッドの上にすら紙とペンが置いてある様子に、プラドは頭を抱える。

 当のソラといえば、何が問題なのかさっぱり分からない。

 なんせ恋人を部屋に呼べば目標達成だとしか考えていないからだ。

 恋人と部屋で何をするのか理解していないソラが、プラドが何を期待して来たかなんて分かるはずもない。

 そんなプラドの下心など何ひとつ分からない純粋な目で見上げるソラに、プラドは長く長く、ながーくため息を吐いた。

 ソラのずれた感性に対してのため息だったが、下心しかなかった己がいたたまれなかったのもあるかもしれない。


「……とにかく、まずは片付けだ!」


「ふむ、ではそうするか」


 邪念を諦めるように叫んだプラドに、ソラもうなずく。

 マリアの手紙では、部屋に誘った後は相手に身を任せれば良いとあったので、プラドが片付けると言うならそうすべきなのだろう。

 一人納得したソラは埃被った衣類の山を何だこりゃな顔をして近づくプラドに続いた。


「何で破れたローブが置きっぱなしなんだ! しかも大きさ合ってないだろ……」


「いつか使うかもしれない」


「絶対使わないって保証してやるから捨てろ! あと山積みの服は着てないんだろうが!」


「いつか着るかもしれない」


「ここ一年で着なかったヤツは一生着ねーよ! そんでこの菓子の箱の山は!?」


「いつかつか──」


「──使わん捨てろ!」


 衣類を整理したら次は散らばった紙くずだ。

 明確な不用品なのでとにかく袋に詰めていく。

 それでも床には、買い物をした後に放ったらかしにしていたのであろう紙袋がいくつも転がっている。

 中からは使いかけの素材やポーションがゴロゴロ出てきた。


「いつのだよコレ……この色が変わりかけてるのは使うなよ」


「これぐらいならまだ飲め──」


「まだ三本あるだろ捨てろバカ!」


 もったいないと惜しむソラだったが、古いポーションは無情にも不用品袋に投げ込まれ、素材は空いたスペースに種類を分けて並べられた。今日かった素材ともずいぶんかぶっていた。


「おい、ペンが14本出てきたぞ……」


「それは助かる。すぐ無くすんだ」


「散らかってるから無くすんだバカヤロウ!」


 机の上だけでなく、ベッドやら床やら開けた形跡のない袋やらからゴロゴロ出てきたペンに、プラドがまた何だこりゃの顔で怒る。

 その後も不用品と必要品を選別し、時にまだ使えると渋るソラをプラドが説得して物を減らしていき、魔窟だった部屋はそれなりに見れる形へと変貌していった。

 プラドは己の手で変えた部屋を満足気に見渡しながら、ソラに仁王立ちで言う。


「いいか、まず買ってきたもんは袋から出せ。それを習慣づけろ。袋から出さないから何があるか把握出来なくて物で溢れるんだ」


「承知した」


「よし、手始めに今日買ってきた物を片付けろ」


「ふむ、まず袋から出して……──」


「──本を読み始めるなぁあっ!!」


 しかし仁王立ちは簡単に崩れ、けっきょくプラドも最後の片付けを手伝う事となった。

 プラドの怒声が飛び交ううちに日は暮れ、恋人になって初のデートは幕を下ろす。

 ドッキドキお部屋デートの道のりは遠そうだ。


 

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