43.ギルドの後は

 

 魔力を使い果たして立てないソラはプラドに抱っこしてもらい、ついでに移転魔道具を使ってもらう。

 森の外まで来たら、ソラは魔力回復のポーションを飲んだ。これでジワジワと回復するだろう。

 瞬時に回復する丸薬もあるのだが、ポーションにくらべると高価な為に今回は準備できなかった。

 報酬が入るとすぐ本や素材に消費してしまうのがソラの悪いクセだ。

 この後は街のギルドに依頼完了の報告へ行かなければならないが、ひとまず立てるようになるまでは休憩である。


「重くないか?」


「俺がこの程度で重いと思うかよ。鍛え方が違うんだ」


「そうか」


 森から出て、ほど近くにある古いガゼボで休憩を取ったが、なぜかそこでもプラドに抱っこされている。

 そこら辺に放っておけば一人で座るぐらいは出来るのだが、プラドが頑として離さなかったのだ。

 プラドがガゼボに座ったとたん膝の上に乗せられ、背後から腹部に腕をまわされている。

 ちなみに街へも抱っこで行けるとプラドは主張したが、ソラが断った。

 さすがのソラもプラドに遠慮したのだ。プラドの負担が大きすぎる。

 しかし断られてちょっと不貞腐れたプラドに、もしや周りに力自慢がしたかったのだろうかとソラは思った。

 きっと自慢はしたかっただろうが、力自慢ではないだろう事はソラには分からない。


「ここは静かだな」


「そりゃ、こんな不便な場所の古いガゼボなんて誰も使わんだろ」


 雑草が生い茂る中にあったガゼボは、手入れもされないほど忘れられた存在のようだ。

 よく森に入るソラも存在は知っていたが、使った事は無かった。

 風と鳥の鳴き声しか聞こえないこの場所は、思ったより居心地が良い。

 少し風は冷たいが、その分プラドの体温が心地よく感じた。

 けれど、デートとはこれで良かったのだろうか。

 正解が分からないソラは少し不安になったので、背中にあるプラドの体温を感じながら問うた。


「プラド、迷惑だったか?」


 自分はとても楽しいし充実している。けれどプラドはどうなのだろう。

 甘えて良いと言ったが、本当に迷惑ではないのか。

 そんな思いで聞いたのだが、プラドはことのほか、穏やかな声を返してきた。


「……いや」


 こういうのも悪くない、と、プラドはソラの髪紐をほどいてサラサラと流れ落ちる髪に指を絡めた。

 そんなプラドに、相変わらず髪が好きなのだな、とソラは思った。

 プラドが良いと言うのなら良いのだろうと、ソラはそのままプラドに好きにさせ、体から力を抜いて広い胸に預ける。

 すると顔のすぐ横にプラドの顔があり、プラドが髪ごとソラの頬を包み自分のほうへ向かせる。

 目が合うと、プラドの顔が覆いかぶさってきて……


「……これは魔力譲渡だろうか?」


「……そうだ」


「そうか」


 確認すると、そのまま唇を押し付けられる。

 唇を柔らかく食むようにキスをして、そっと離れる。

 そしてまた軽く触れるだけの口付け。


「ん……」


 プラドの唇からは確かに熱と共に魔力が流れ込んでくるが、なぜ以前よりドキドキするのだろう。

 魔力譲渡なのになんだか恥ずかしくなってきて、つい手で拒もうとするが、力が入らない手は簡単にプラドに絡め取られた。


「なぁ……この後さぁ……」


「……ふむ、街に行きたい」


「……あっそぉ」


 唇を離したプラドからこの後の予定を聞かれて答えたが、なぜだか少し不貞腐れた声を返された。

 そして散々髪をいじられて、時折肩口に顔を埋めて匂いを嗅がれ、問題なく歩けるまで魔力が回復する頃には髪が少し手の込んだハーフアップになっていた。




 * * *




 髪をいじられ益々森の泉の妖精のようになったソラは、そのままの姿で街に出た。

 ソラを見つめる通行人が増え、自分がしたくせに「見てんじゃねー」と威嚇するプラドを連れてギルドに行く。

 その際にプラドと手を繋いでギルドに入ると、数人の顔見知りの冒険者が武器を落とした。

 妙に静まり返ったギルドに少し疑問を持ちながらも討伐報告を終え、用は済んだと出口に向かおうとした時だ。


「ソラちゃん!」


 野太い声がソラを呼び止める。

 振り向けば、顔見知りのモヒカン男がムキムキの腕を上げながら近づいてきた。

 中堅冒険者のガンドルだ。

 ソラはこの男から何度かパーティーに誘われたが、学生の身分だからと断り、だったら卒業するまで待つと言われていた。

 けれど将来冒険者になるつもりは無いのでソラは無理だと伝えたのだが、それでもめげないガッツある男である。

 そんなガンドルはにこやかに話しかけているつもりなようだが、口の端がひくついてややぎこちなかった。


「いやー偶然だねー! 今日はお日柄もよく討伐日和だからねーははははっ! はは、ねー、はは……ソイツ誰?」


「プラド・ハインドです」


「そっかー! ハインドくんって言うのかー! もうちょい詳しく」


「プラドはハインド家の次男で学園では成績優秀で料理がとても上手く器用な人物です」


「そっかそっか! 詳しくありがとね! そんでさ、あのさー……ソラちゃんとどんな関係?」


「恋人です」


「そん……っ! そう、なん、だー」


 ははは……と笑いながらふらふら回れ右するガンドル。そのままふらふら去っていき、ドッスーンと膝をついた。

 ごついモヒカン男がひょろい仲間から慰められているのを見ていたら、ソラもいつの間にかプラドから肩を抱かれていた。


「いくぞメルランダ」


「ふむ」


 勝ち誇ったような明るいプラドの声に、冒険者に興味があるのだろうかと思いながら今度こそ出口に向かう。

 受付に居たギルド職員もプラドをチラチラ見ながら何か言いたげだったが、けっきょく口を噤んだのでソラも特にそれ以上の会話はしなかった。


「……んで、そっこう本を買うのか」


「その為に依頼を受けた」


 報酬を受け取って、ソラは迷わず書店に足を運んだ。

 書店の店員もソラとは顔見知りで、笑顔で分厚い本をカウンターから出した。

 金ができたら買うからと保管してもらっていたのだ。

 分厚い本を購入し、ついでに実験用の素材も買い漁って麻の袋はパンパンだ。


「俺が持つ」


「いや、これぐらい私が……」


「いいから持たせろ。俺は恋人だからな」


 彼氏面したいプラドがソラから買い物袋を受け取る頃には、もう昼どきをすぎていた。


 だからプラドはお洒落な店でのランチを提案しようとしたが、それより早くソラが自前の携帯食を飲んだので、渋々プラドもそれにならう。

 確かにこの格好ではおしゃれな店に相応しくない。けれど服ぐらい買ってやる気満々だったので、ほんの少し不満げだった。なんならソラの服を自分が選びたかったのだ。

 じゃあ今から何をするのか、とプラドが問えば、ソラは少し高い位置にあるプラドの瞳を見つめて言った。


「私の部屋に来ないか?」


 ボスン──ッと、プラドは袋を落とした。

 ソラは中の本を心配した。


 

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