34.休みが明けて
* * *
長期休暇を終え、ソラは学園に戻ってきた。
にこやかに笑う学生たちと挨拶を交わし、久しぶりの校内を歩く。
すれ違う生徒は皆楽しそうに笑うが、そんな彼らの姿を見ても、ソラの気持ちはどうにも浮上しなかった。
新たな学期が始まれば気持ちも新たになるだろうと思っていたが、どうやら違うらしい。
ソラは、プラドとあれからまもとに連絡すら取っていない。
プラドから「もう魔力の検査はいらない」と短い手紙が届いたからだ。返信不要とも書かれていた。
まだプラドと話したい事があったが、いらない、不要、と言われてしまえば、ソラに打つ手はない。
ソラの浮上しない心の原因は、そこにある。
「……」
困った、とソラは思う。
プラドと話がしたい。また怒らせてしまうかもしれないが、それでもこのままでいたくない。
そうだ、彼女も、パン屋の奥さん、マリアも言っていたそうではないか。
『当たって砕けろ』と。
休暇が終える前日に、パン屋の奥さん、マリアの元を訪れた祖母ヒナタは珍しく疲れた様子で帰ってきた。
なんでも、ほんの少しソラの話をしたところ、とたんに目を輝かせてマシンガントークに見舞われたそうだ。
目の輝きはキラキラどころかギラギラしていて少し怖かったとヒナタは語る。
そんなパン屋のマダムマリアは、なんだかお耽美な話から始まり、障害が二人の絆を深めると語り、悩む孤独な美少年の美しさだとか、禁断の想いに身を焦がす美しい騎士だとか、なぜだか美しいヴァンパイアの話まで出てきた。美しくないとだめなのだろうか。
そのあたりからはもうヒナタは話についていけなくなる。
そんな話が、まぁ、半日続き、さすがのヒナタも疲れたらしい。
『……つまり、“当たって砕けろ”って事だと思うのよ。おそらく……』
『なるほど』
なんでもマリアの話だと、話し合いが足りないが為に関係がこじれてこじれて、最後は命を落とすところに毎回話が落ち着くらしい。なんと物騒な。
つまりは話し合え、そう言う事であろう。
お互いが遠慮して、もしくは失敗を恐れて話し合いが疎かになり、結果、残念な結末を迎えるぐらいなら、失敗を恐れず突き進め。でなければ最終的に死ぬ、かもしれない。
ロッキングチェアに深く腰掛けてぐったりするヒナタが、頭を抱えながらも出した答えだ。
ソラは神妙にうなずき、心に刻んだ。
“当たって砕けろ”
今のソラの、座右の銘である。
新たな志を確認した所で、ソラはプラドを探した。
クラスが違うから教室にまっすぐ向かっても会えはしないだろう。
ならばとソラは待ち伏せる事にした。
中庭のベンチに腰掛け、生徒の流れをジッと観察する。
少し遠いが門も見えるし、彼の鮮やかな赤髪ならばここからでも見落とさないはずだ。
「あの……メルランダさん。ここは寒いから日が当たる所に行きませんか?」
「メルランダさん、よかったら温かいお茶をどうぞ!」
数人の生徒に話しかけられ、日が当たる場所に移動して温かなお茶を飲む。
親切な彼らに礼を言えば、顔を赤らめてそそくさと離れてしまった。
親切にしてくれるぐらいなのだから嫌われてはないと思うのだが、どこか壁を感じてソラは少し寂しく思う。まるで住む世界が違うのだと言われているようだ。
けれど今に始まったことではないので、今更悲しんでも仕方が無い。
そう切り替えて、ソラは彼が来るであろう門を見つめる。
しかし、時間切れの鐘が鳴るまで、ついぞ目的の人物は現れなかった。
どうやら先に学園に来ていたようだと諦め、ソラも教室に向かう。
なに、今度は昼にでも彼の教室に行けば良いのだと前向きに考えたが、そこで気がついて愕然とした。
「……困った」
ソラは、プラドの教室を知らなかったのだ。
行こうと思った事も無いし、知らなくて困った事も無い。しかし、今現在困っている。
ならばどうするか、考えて、また思いついた。
やはり昼に彼を探そう、と。
食事は食堂に限られる。ランチボックスを買う者もいるが、どちらにしろ食堂に行かなければならない。
つまりいつも通り食堂に行けば彼に会えるはずなのだ。
そこまで考えて、プラドに会うあてができたソラは安堵して心安らかに試験を受けた。
長期休暇で緩んだ気持ちを引き締める為なのか、登校初日から早々に試験がある。
そんな誰もが嘆く試験を易々と解いて、ソラは意気揚々と食堂に向かった。
しかし必ず会えると確信していた食堂でも、プラドを見つける事はできずじまいだった。
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