9.プラドからの誘い、再び

 

「メルランダさん」


 授業を終え、本をまとめて席を立とうとするタイミングだった。

 授業で使った本を胸に抱えたクラスメートの女学生に声をかけられ、ソラは立ち上がりかけた腰をおろす。

 ソラに声をかけたのは大きなメガネが印象的な黒髪の女子だ。

 何用だろうかと座ったまま見上げれば、彼女はわずかに頬を染めて意を決したようにゴクリと喉を鳴らす。


「え、えっと、メルランダさんはもう考査のペアは決まってるのかな……」


「いや」


 彼女の言葉で、ある程度先が読めた。なんせこれで八人目だからだ。

 彼女はソラの返事を聞いて可愛らしく顔を輝かせるが、そんな彼女にソラは申し訳なく感じた。


「じゃあ! 良かったら私と組まない?」


 案の定、予想していた言葉を投げかけられて、ソラは視線をそらさぬまま人知れず罪悪感が募る。

 ペアに誘うという事は彼女も成績の優秀な生徒なのだろう。

 そんな人物に誘ってもらえるのはとても有難いと思う。けれど、ソラは首を縦には振らなかった。


「すまない」


 淡々と短い言葉をつむいだソラに、彼女は染めていた頬をさらに赤くした。

 その赤い顔は先程とは違い断られた羞恥からのものだった。しかし彼女は無理に笑ってみせ、


「いや良いの! 私が勝手に誘っただけだもん……それじゃあお邪魔してごめんねっ!」


 と早口で言ってそそくさと立ち去る。成り行きを見守っていた数人の生徒は顔をそらした。

 ソラは本心から申し訳なく思う。

 前のソラであれば一人目の誘いで嬉々として承諾しただろう。しかしソラは知ったのだ。自分に共同作業は向かないのだと。

 周りから己のペア相手が注目の的になっているなど知りもしないソラは、今度こそ立ち上がって聞き耳を立てていた生徒達の間を通り過ぎる。

 不要な本をロッカーに入れ、そのまま予定していた場所へと向かった。

 今日は特別図書の貸し出し予約をしている日なのだ。


「めれっ──……メルランダ!」


 書房の扉を開けようとした時だった。知った声がソラに飛んでくる。

 今噛んだな、と思いながら振り返れば、プラドが仁王立ちでソラを見据えていた。その顔は険しい。こんなに初っ端から怒っているのは初めてだ。

 名を呼ばれたからには対応しなければならないが、自分はまた何か怒らせるような事をしただろうか。

 そう頭の中でぐるぐると考えるが、最近ではプラドをとんと見ていない、いややたら姿は見かけたが話す機会はまったく無かった。

 だとすればたまたま機嫌が悪いだけかもしれない、とソラはプラドの次の動きを待った。


「……いい天気だな」


「……そうだな」


 確かにいい天気である。少し雲が多いが雨は降らないだろう。

 突然天気の話をしだしたプラドは顔をソラからそらして近づいてくる。あきらかに挙動不審な彼だが、ソラはあまり深くは考えなかった。

 ソラに正しい人との接し方など分からないからだ。


「お前は、その、あれか?」


「あれとは」


「だからあれだ。あのー、飯は食ったのか」


「いや」


 授業を終えそのまま来たので夕飯はまだだ。何より夕飯には時間が早すぎる。

 もしや食事の誘いだろうかとソラは考えたが、プラドが「いや違うだろバカか俺は」とぶつぶつ呟いているので違うらしいと察した。

 ではただの世間話か? とも考えたが、彼と世間話をするような間柄でも無いのでその可能性も切り捨てた。そもそもソラに世間話をする間柄の生徒など居ない。

 じゃあ彼は何用なのか、とじっと見つめていたら、プラドから「じっと見てくるな!」と顔を赤くして怒られた。

 祖母から『話をする時は目を見て』と教わったのだが、ケースバイケースがあるようだ。やはりコミュニケーションはむずかしい。


「あー、だからだな……め、メルランダ!」


「あぁ」


 再度プラドと目が合う。今度はそらされる事なく鋭い視線で射抜いてきて、プラドの決意が表れている気がした。何の決意かは分からないが。


「実戦考査のペアを組むぞ!」


 そうして出されたプラドからの言葉。だが、その言葉は頭の回転が速いソラでも理解するのに多少の時間を要した。

 突然すぎてかなり戸惑ったが、つまり、


「私とプラドが組むのか?」


 と言う事か。


「当たり前だろ!」


 肯定され、自分の解釈が間違えていなかった事にソラは安堵する。

 正しくプラドの意図を理解できて良かった、と。

 しかし、それとこれとは話が別である。


「やめておこう」


「……は?」


 プラドが目を見開く。ソラの返事が想定外だったようだが、それで良いのだとソラは確信していた。これが彼の為なのだと。

 学園祭では、プラドに迷惑をかけた。その後避けられるほどに彼を怒らせた。

 今回まで誘ってくれたのは彼の優しさだろうが、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。


「誘ってくれたのにすまない」


 元々己は共同作業に向かないのだ。だったらペアの相手は学園側に委ねた方が良いと考えた結果だった。

 だからソラはすべての誘いを断っているのだ。


「じゃあ」


 おそらく彼の用事はこれで終えただろうと推測し、ソラは一言残して書房の扉に手をかけた。

 引き止めてこないから、きっと推測はあっているはずだ。

 今までの経験から、彼と話せば話すほど彼を不快にさせているのは明白である。

 だからなるべく早めに切り上げた方がお互いの為だともソラは考えていた。

 その後、小一時間プラドが呆然と立ち尽くしているなど、自己完結したソラが知る由もない。


 

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