8.ペアを探して
そんなくだらない話をしている間も、ソラの姿が頭から離れない。
やはりこれは呪いの魔術ではなかろうかと疑いたくなる。学園祭の見せ場を邪魔したあげく呪いとはふざけた真似をするものだ。
などと勝手に憤慨するものの、よくよく考えればプラドにとって都合のよい展開でもあった。
なんせ完全無欠と謳われていたソラ・メルランダのポンコツ部分をさらけ出してやったのだから。
「ふん、たわいない」
と思い悦に浸りたい所であるが、ここでもやはり誤算があった。あれからソラに近づく人間が増えたのである。
隙のない、すべてにおいて完璧過ぎた魔術科のトップ。そんな高嶺の花が見せたポンコツの一部。
それに親近感を覚えて近づきやすくなったのか、ソラに声をかける者が増えたのだ。
今では泉の妖精ファンクラブ会長クラスの者がソラに群がろうとする生徒たちを制しているらしい。
話しかけるのは一日三人まで、弁当は五人以上の共同で作り、渡す際は一人とし無理に渡さない事。などなど細かいルールがあるのだと聞く。
ただのいち生徒にファンクラブって何だ、いやそもそも泉の妖精って何だよ、とも思わなくもないが。
プラドは「くだらない」と苛立ったが、いったい何に苛立っているのか最近分からない。
ソラが囃し立てられているのが気に入らないのか、それとも……
「そういえばプラドさん。またすぐに実戦考査が始まりますがもうペアは決めてるんですか?」
「……ペア、だと?」
「ペアですね」
こいつは何を言っているんだと、怪訝な顔をするプラドだったが、トリーもマーキも当たり前のような顔をする。
その様子にプラドは目を丸くした。
「今まで実戦考査は個人戦だっただろ。いつペアを組むようになった」
学園が管理する森に出向き、魔術を駆使して魔物を倒す毎年恒例の実戦考査。
知る限りではペアなど組む考査では無かったはずだが、と再び疑いの目をむければ、「今年からですよ」と返された。
「もう何回も先生が説明してましたよ」
「……マジか」
教師の話が頭に入りづらい自覚はあったがここまで呆けていたとは、とプラドは人知れず反省する。
一人の生徒に頭を占領されている場合じゃない。
成績に直結する大切な考査の情報を聞き逃すなんてもってのほかだ。
「もっと詳しく聞かせろ」
とにかく今からでも準備をしなくてはと二人に詰め寄ると「プリントあるんでどうぞ」と渡された。
プリントまで見落としていたのかと更にへこんだ。
「ペアは抽選で決まるらしいですが、成績上位十名は自分からペアを誘えるって書いてましたよ」
「つまりプラドさんも自分で相手を選べるってわけです! さすがプラドさんですね!」
「ふーん……」
選べる、と言われても特に組みたい相手など居ない。
成績下位の者は足手まといになるだけだし、プラドの実力と近い者は我が強く意見が対立する事が多い。
希望しなければ勝手に相手が決まるのなら、それに任せてしまった方が面倒がないかもしれない。
「……」
そう考えている間にも、頭にチラチラと一人の姿が浮かんでは消える。隅に追いやったはずなのに、かなり図太くプラドの思考を占領しようとする。
いや、無いだろ、ヤツとペアを組むなんて……と否定しても体は一刻も早く行動を起こしたくてたまらない。
だって彼が他の者とペアを組んだら? その者と考査を通じて親密な関係になったら?
ガタリ──とプラドはカフェテラスのイスから立ち上がった。
「プラドさんどちらへ?」
すっかり冷めてしまったコーヒーを置いて歩みだそうとするプラドに、トリーが声をかけた。
「……ペアを選びに、だ。良い相手を選ぶには先手必勝だからな」
「でももう寮に戻ってましたよ?」
「俺、特別図書の貸し出しの予約を明日の日付で取ってるの見ました」
「……」
誰とは言わずとも理解し合えるのが良き友人と言うものだ。
プラドが分かりやすいのもあるかもしれないが。
何はともあれ席に座り直したプラドは、冷めたコーヒーを飲みながらプリントを隅々まで目を通す事にした。
頭ではどうやって空色の髪の彼を誘うかで悩みながら。
【おまけの小話】
「……おいマーキ」
「はい」
「ちなみに……どんな匂いだった」
「森に囲まれた泉の妖精のような香りです」
「どんな匂いだ……」
プラドの戦いはまだまだ続く。
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