第2節 学園紹介
とりあえずみんなの背中を追うようにして教室の外に出た。
隣を歩く彼女は相変わらず何も話さない。
折角女子と話せる機会なのだから、このまま無言で自由行動が終わってしまうのはもったいない。
「あー、えっと、君の名前は?」
「シオンです」
「そうか、俺はアゼンだ。これからよろしくな」
「……はい」
「……」
ダメだ、会話が全く続かない。
四年間女子とまともに話してこなかった弊害が今ここで出ている。なんとかして話題を探すがなかなか思いつかない。
こうして俺が頭をこねくり回していると、シオンが突然口を開いた。
「あの、先輩、学園の案内をしてもらってもいいですか?」
「あ、ああ、いいぞ」
そうか、その手があったか。
俺は在籍期間でいえばどの生徒よりも長い。もちろん学園の構造は完璧に把握している。
「じゃあ最初はやっぱりあそこかな」
俺はまずこの学園で最も広い場所に連れて行くことにした。
「ここが訓練場だ」
学園の中央部、多くの客席に囲まれたこの場所は、普段は生徒の能力訓練に使われるが、週に一回行われる模擬戦闘の会場でもある。今は上の学年の人たちが新入生に向けて幻素に関するレッスンを開いているようだ。
「そういえば、君の"色"は何色なんだ?」
「私は緑です」
幻素には大きく分けて7つの色に分類でき、それぞれ特有の性質がある。一人一人には決まった色の幻素が存在しており、稀に複数持っている人間もいる。
緑は主に細胞を司る幻素であり、部隊の中ではヒーラーとしての役割が多い。
「先輩は、"白"なんですか?」
「ああ、そうだ」
7つの色以外に、例外として白色の幻素を持っている人間もいる。白は全ての色を包括する特性があり、部隊に一人は確実に必要な能力だ。
「珍しいですね」
「まぁ俺は白使いの中でも最弱なんだがな」
——危ない!!
会話をしていると、突然さっきまでレッスンをしていた方向から叫び声が聞こえて来る。
声が聞こえてきた方向から火球らしきものが飛んでくる。
俺は右手に白幻素を展開し、火球にかざす。
「シャット」
その瞬間、白幻素が火球を覆い、跡形もなく消し去ってしまった。
「……お見事です。それで最弱ですか」
「ああ、"最弱"だ」
俺たちはその場を離れ、次に向かった場所は、生徒たちの憩いの場、食堂である。この学園の食堂は生徒であれば無料で利用することができ、育ち盛りの俺たちにとっては非常にありがたい場所だ。
「ちょうど昼メシの時間だし、ここで何か食べてくか」
「はい」
俺たちは注文カウンターに行き、各々食べたい料理を選ぶ。
「ランチ定食をひとつ」
「私もランチ定食と、あとこれと、これと……これ、ください」
「……」
シオンは見た目に反して相当な大食いらしい。成年男性も遠慮するほどの量を注文している。しかし紳士である俺はそのことについては触れない。
料理を受け取り、空いている席を探す。
「お、ちょうどあそこが空いているな」
俺たちは長机の端に腰を下ろした。
他の長机はほとんど埋まっているのに、この机の端だけなぜか誰も座っていない。不思議に思いつつも、目の前にある食い物の誘惑には勝てない。
「それじゃあ、いただきま——
「ちょっと!!何勝手にすわってんのよ!!」
「……は?」
突然後ろからヒステリックな女子の声が聞こえてきた。
「そこは私の席よ!すぐに退きなさい!」
「……先輩、席指定があるんですか?」
「いや、そんなものはないぞ」
「私のことを知らないの!?私の名前はユメコ!かの大企業、"ドリーム"の社長令嬢よ!」
意味不明なことを言うこの女子は、頼んでもないのに自己紹介を始めた。にしても"ドリーム"という単語、どこかで聞いたことがあるような……。
「先輩、知ってます?」
「いや、俺は知らん」
「な———
彼女は俺たちの返答を聞いて、「あり得ない!!」と言いたげな顔をしている。その証拠に赤毛の髪がみるみる逆立っていく。
「それより、ここはお前の席じゃないぞ。まだ空いてるところはあるんだから他の所にいけ」
「あ、あなたたち……覚えてなさい!!絶対後悔させてやる!!」
そう言いながら、彼女は去っていった。
「まったく、もう二度と会いたくないな」
「それはいいんですが、あの人、"センテンス"のバッチを付けてましたよ」
「……マジかよ」
この学園には3つの階級があり、下から"ワード"、"クラウズ"、"センテンス"と区分されている。新入生は普通はまずワードから始まり、一年後の昇格試験に合格すればクラウズに昇格する。また三年後の自分の階級によって、ブックからのその後の対応が変わってくる。
俺はその昇格試験にも合格できず、ブックからの卒業認可も降りないため、ずっとこの学園に居座っているのだ。
「私たちはワードでしたよね」
「ああそうだ。ちくしょう、あんな奴に負けてんのかよ」
「……どうでもいいです、そんなこと」
煩悶とする俺を横目に、シオンは黙々と料理を口に運んだ。
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