第1章第1節 ブック直属ビィビィア学園

この世の最小単位が「幻素」と呼ばれるものだと判明したとき、世界の常識は覆った。


地動説は棄却され、宇宙への道は塞がり、海にはあるはずもない見えない壁が現れた。簡単に言えば、地球はまるで世界地図のように平らになってしまったのだ。たった一つだけの真実が、暴かれただけで。


世界は大いに混乱した。人工衛星ネットワークは完全に機能停止し、海の壁は人類の物流を停滞させた。それでも、得たものはあった。


幻素とは、ありとあらゆる物質、事象の根源である。言い換えれば、この幻素さえ自在に操ることができれば、私たちは神にでもなれてしまうのだ。


多くの研究者がこの幻素の研究を始めた。幻素の種類と色、特性や、それぞれの関係性などが明らかになるうちに、この幻素を神聖視する者たちが現れた。


彼らはアトムスと呼ばれるようになり、各地でその信仰を広めるようになった。ただ信仰するだけなら問題はなかったのだが、一部の過激派がこのような思想を唱え始めた。


「われわれは、原初に還るときが来た」


そう言いながら、彼らは世界のリセットを目論むようになったのだ。どこからか手に入れた技術を使って、大陸各地に幻界領域を開き、そこにいた人々を消し去った。いや、霧散したというべきか。


私たちの身体には生まれつき幻素が存在している。しかしその濃度には個人差があり、自分の幻素濃度よりも高い濃度に触れると、私たちを構成する物質は幻素に戻ってしまう。幻界領域内は通常の幻素濃度よりも高いことが多いので、一般の人々なら簡単に霧散してしまう。そんな幻界領域は今尚広がりつつあるのだ。


この状況を打破すべく、各国が手を取り合い、「ブック」と呼ばれる組織を結成した。この組織は身体の幻素濃度が高い人材をかき集め、幻界領域の調査、及び消滅を目標としている。


ブックはある意味軍隊のようなもので、所有する兵器の数ならどの国よりも多いのだ。その兵器を使い、幻界領域に赴く若き兵士になるのが、


「君たちブック直属のビィビィア学園生徒だ」


教壇に立つ教師がそう言って、僕たちの方を指差す。

生徒のほとんどは自らに課せられた使命と、それを課せられた誇りを胸に教師の話を聴いている。


そんな中、俺は机に突っ伏していびきをかいていた。


「おいアゼン、ちゃんと聴け」


教師は俺の頭を出席簿で叩いた。


——あが!?


俺は変な声を出しながら目を覚まし、辺りを見渡す。教師が不機嫌そうに俺のことを見下ろしていた。


「……俺3回聴いてるんですよ、先生」


「3回留年するからだろうが」


ごもっともである。

俺は何も言い返せなくなった。


「たく、お前が"白使い"じゃなきゃすぐにでも退学させるんだがな」


「……へいへい」


俺の名前はアゼン。

どこにでもいる普通の学生、ではない。入学してから既に四年も一年生を繰り返しているいわゆる劣等生だ。


「いいか、君たちはくれぐれもコイツみたいにはなるなよ」


教師は新学期になるといつもこう言って俺が留年していることをバラす。お陰で新入生に遠慮されてろくに友達ができたことがない。


「さて、今日は二人一組になってこの学園内を自由に探索してもらう。普通なら我々教師がいろいろな説明するが、生徒会長の提案で君たちの先輩が学園の各エリアで説明してくれることになった。では早速組を作ってくれ」


「……は?」


ぼっちに対するなんという酷い仕打ちだ。俺はこの日ほど会長のことを恨んだ日はない。


他のクラスメイトが次々と組を作っていく中、俺は誰にも声をかけられずに席でうずくまっていた。


「アゼン、ぺアはできたか?」


「……できるわけないでしょう?」


「ならあの子と組んでくれ」


そう言って、教師は窓際の一番後ろの席を指差した。

そこには誰にも声をかけずに一人窓の外を見つめている女の子がいた。


「……わかりました」


俺はその子の近くにまでいき、声をかけた。


「なぁ、俺と組んでくれないか?」


そう言うと、彼女は灰色の長い髪をなびかせながらこちらに振り向く。彼女のもつ緑色の眼が俺の顔を捉えた。


「……いいですよ、先輩」


「先輩はやめてくれ、一応同級生なんだし」


彼女は何も言わずに目を逸らし、再び窓の外を見る。

毎年この学園には個性豊かな奴が来るが、この子はどこか不思議というか、神秘的というか、何か他人とは違う雰囲気を纏っていた。


「よし、全員組めたな。それじゃあ今からは自由行動だ。どこに行っても構わないが、この日だけで学園での生活に支障が出ないぐらい構造を把握しておいてくれ。以上、解散!」


こうして俺たちは学園内をぶらぶら歩いてまわることになった。


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