空回り、空踊り(短編集)
文野麗
夢の続きが見られない
――あのさ――
――どうしたの?――
友之はやりとりの途中で、新しい話題をくっつけるように、いくらかのメッセージの後につなげて突然言ってきた。
――別れね?――
ああ、と私は思わず額に手をやった。とうとうその話出ちゃうか。
――お互い時間とるの大変だし、忙しいじゃん――
――うん――
――それでいい?――
――いいよ――
私は力なく、聞いてみた。
――ブロックする?――
――俺はしない。もねちゃんはしてもいいよ――
――私もしない――
何も考えず答えてから、念のため付け加えた。
――今のところは――
――りょ――
友之は数秒おいてから、挨拶してきた。
――じゃおやすみ――
私はスタンプで返した。流行りのキャラクターの、おやすみ用スタンプだった。送ってしまってから、別れたというのに呑気だったかな、馴れ馴れしかったかな、とちょっぴり後悔した。
中学時代はあんなに好きだったのに、こうして別れてみると、不思議なくらい悲しくなかった。友之にフラれるなんて、半年前の自分だったら世界の終わりのように感じられただろう。でも今となっては、必然だとしか思われない。
友之とは中学生の頃から付き合っていたが、卒業して高校に入ってからは以前のような付き合い方ができなくなっていた。
学校が別々だから会えることがほとんどなくなって、距離が開いてしまった。その状態のまま互いに忙しい中で連絡を取り合うのは確実に負担になっていた。普段過ごしている環境が重ならないからか、話すことも噛み合わなくなっていた。いつしか返信するのが億劫にさえ感じられた。向こうもそうだったのだろう。容易に想像がつくし、話していても、時折向こうの反応から面倒くささが滲み出ていた。
私はそれでもなんとか継続する道を探っていたが、向こうは私より早く見切ったのだろう。高校入学からちょうど二ヶ月くらいだ。交際開始から約十ヶ月。付き合い初めはあんなに楽しかったというのに、こうして関係が切れるまであまり時間は掛からなかった。
うつ伏せになってスマートフォンをいじっていたが、身体をひっくり返して仰向けになった。あーあ、つまんないの。顔には先週末に駅ビルの化粧品売り場で友だちと一緒に買った、乳液がたっぷりしみこんだ白いパックが貼り付いている。皮膚がちょっと痒くなってきた。唇をすぼめたら、パックが動いてしまって、慌てて手で直した。
友之と付き合っていることで一応維持していたリア充の肩書きが、消えてしまった。私は一生に一度しかない青春の時期を無為に過ごすのだけは絶対に嫌で、ドラマや漫画に描かれるような、輝かしい高校生活を送りたいと強く思っている。そのためは異性との恋愛は必須条件だ。今まででさえ物足りなかったのに、フリーになってしまったら更に輝きが失われてしまう。相手は友之でなくても構わない。私は誰か彼氏とリア充したい。高校生カップルとして青春したい。
明日からは、彼氏作りしなきゃと決意した。一刻も早くリア充の肩書きを取り戻さなければ。
友だちにも、彼氏いない可哀想な非リア充と思われたくない。
「今野くん、文化祭の実行委員やるの?」
「うん。そういうの好きだから。中学校の文化祭のときはクラスの実行委員的なののリーダーやったんだ」
「私も立候補しようかな」
「いいじゃん。萌音ちゃん入ってくれたら、きっと盛り上がるだろうな。ぜひ入ってほしい」
文化祭の話し合いがあったホームルームの後、教室で今野くんにこちらから話しかけて、おしゃべりした。彼は愛想よく笑って応じてくれた。今野くんと私は以前から仲がよい。それこそ友之とつきあっていた頃でさえ、今と同じように打ち解けて親しく話すことができたくらいだ。彼は見た目も悪くない。このまま順調にいけば付き合えるような気がした。友之とも、どちらともなく自然と仲良くなって、必然的に付き合いだしたから、似たような雰囲気だろうと感じ、期待してしまう。
今野くんは誰にでも優しく接することが出来る人で、引っ込み思案の女子にも、普段あまり周りの人と関わらない男子にも、自分から声をかけて話すことを意識的にやっているようだった。天然の茶髪は校則に触れない程度に長く、おしゃれに散らしてある。
また、以前、他校の生徒たちとバンドを組んでいると言っていた。ボーカルなのか、何かの楽器を担当しているのか分からなかったが、なんと聞けばよいかいまいち分からなくて、そのとき聞けばよかったのに聞けなかった。タイミングを逃してしまい、知りたいけれどまだ聞けていない。
連絡アプリはとっくの昔に交換してあって、クラスのグルチャでではなく直接やりとりする。
――実行委員入ってくれてありがとな――
間髪入れずに「さんきゅー」という文字が入っているスタンプが押された。友之だったら絶対使わない、可愛らしい猫のスタンプだった。
――今野くんと一緒に活動するの楽しみ――
――おれもだよ――
――出し物何になるかな――
――絶対豚丼屋になる。おれ確信してるよ――
――豚丼おいしいもんね――
――かずひこものぶひろも、あと神田くんも、豚丼に票入れるっていってた。お化け屋敷やりたいって意見聞かなかった。たぶん豚丼で決まり――
――周りの意見聞いたんだ――
――それくらいしないと。中心になって動くのおれらだぜ――
――確かに。責任重大――
――超重大。大役だよ――
――だね――
今野くんが返信してくるスピードからして、今他の人とはやりとりしていないようだ。熱心にメッセージを送り合う仲なのが私だけでありますように、と私は宛てもなく念じた。
だが、そう思い通りにはいかないようだ。
数日後、今野くんは別の女子に告白した。前の日に、その計画を知った。
――おれ、好きな人と付き合えるかもしれない――
――誰?――
――梨乃ちゃん。明日告ってくる――
私は苛立って、スマートフォンを放り投げたくなった。でも我慢して、応援の言葉を送信した。
――付き合えるといいね。がんばれー!――
結局梨乃はオーケーしたらしい。私は気を遣っている振りをして今野くんに毎晩メッセージを送るのをやめた。この思いを誰にも勘づかれたくなかったし、付き合えない男子と話しても時間の無駄でしかないからだ。私はドライな態度で切り替えることにした。
次に目に留まったのは、草野くんだ。私の目に映る限り、草野くんはクラスで一番イケメンだ。切れ長の目と高い鼻と小さな口、形のよい細い顎がよく調和した、整った顔をしている。髪の毛は短く、いつも清潔で爽やかだ。毎日着る制服も綺麗に手入れされていて汚れや埃が全然ついていない。ワイシャツも常に真っ白で皺一つなく糊がきいている。やはり相手の見た目は大切だ。今度は草野くんに近づくことにした。
だが草野くんは今野くんのように、簡単に話してくれなかった。
「よかったら、個チャで話せるようにしない?」
と聞いてみたら、あまり表情を変えず、目だけに哀れみをたたえた表情で断られた。
「ごめん、そういうの、女子とはしないことにしているんだ」
「そう、分かった。ごめんね」
授業の後に、軽く感想を伝えてみても、彼の反応はよくない。
「うん、そうだよね。うん・・・・・・」
などと迷惑そうに返されるだけだ。
どうもおかしい。私は情報通の芽衣子に尋ねてみた。
「草野くんって彼女いるのかな?」
すると彼女はスマートフォンから私に視線を移した。目を開いた、どこか優越感を見せた笑顔で、思った通りのつまらない答えをくれた。
「いるよ。知らないの? 二年の先輩と、いつも一緒に帰ってんじゃん。有名な話だよ」
私はかなり落胆し、彼に近づこうと努力したことを後悔した。なんだか恥をかいた気分だった。彼はたぶん私の思惑を察したに違いない。とても恥ずかしい。黒歴史を生成してしまった。
本気で惚れてたとかではないんだけど。ただちょっといいかなと思っただけで……。それなのにこんな、報われない片思いをしていたみたいに思われるのは心外だった。
忘れたいけど、忘れられない。向こうも当分忘れてくれないだろう。
大失敗だ。
痛手を負った後だからしばらく大人しくしていようかと思ったが、やはり交際相手の不在は寂しすぎて、無意識のうちに別の相手を見いだしてしまった。
次のターゲットは三田だ。最初三田くんと呼んでいたが、「くんとかさんとかいらない。三田でいい」と言ってきたので呼び捨てにしている。向こうも私のことを遠慮なく斉藤と呼んでくる。
三田はメッセージアプリで、誰も使わないような渋いスタンプしか使ってこない。マニアックな絵が可笑しくて、履歴を見返しては笑ってしまう。笑いたくて誰かとのメッセージの履歴を何度も見るのは初めてだった。
三田は魅力的な男子というわけではなかった。見た目は地味で、いつ見ても青白い肌をもっている。童顔を隠すように青縁眼鏡をかけていて、背が高くない。周りからはオタク扱いされていた。持ち前の明るさと面白さのおかげで、変人だがコミュ力高いという評判だ。彼氏にしたからといって自慢できるようなキャラクターではないが、意図せず自然と仲良くなっていた。
正直、三田とは気まずくなったり、距離を置いたり置かれたりしたくなくて、彼氏として狙うのをためらう気持ちがあった。だが、屈託なく話せる彼は、今男子の中で私と一番近いところにいる気がしたから、一か八か仕掛けてみることにした。
三田と仲良くなろうとすると、彼の面白さがますます分かってきた。
――今月から物理急に難しくなったよね――
――物理はな、問題解こうとすると頭の変なところが熱くなって煙が出てくる――
――煙でたの笑笑――
――もくもく出てた。六時間目、気づかなかったか? もう俺は焦げてた。でも問題は解けた――
――すごいじゃん――
――でも答え違ってた――
――じゃあ解けてないねそれ――
――眼鏡が煙でくもったからな。まだよく見えねえ――
――やば――
彼と話していると夢中になって、作戦をみんな忘れてしまう。そして思った以上に長話してしまう。すると
――斉藤はそろそろ寝た方がいいぜ。夜更かしすると口内炎とか肌荒れとか、ろくなことにならねえ。寝な――
などと言って気を遣ってくれるのは意外だった。
――そうだね。おやすみ。三田も口内炎できないようにね――
――俺は夜行性だから、これからが本番――
――今までは何だったの?――
――頑張ってた――
その返答に、ますます笑ってしまう。
三田と話すのは楽しくて仕方がなかった。私の話も一見ふざけながらだが本当は真面目に聞いてくれて、彼なりの答えをくれた。他の子とは話せないこと、つまり、男子はもちろん女子にも言えないような本音も彼になら言えて、受け止めてもらえた。心が軽くなった。
だが一向に、今までの男子たちのように、男子と女子として意識するような雰囲気にならないから、ある日聞いてみた。
――草野くんって二年の先輩と付き合ってるらしいよ――
――へえ。あいつ年上好きなのか――
――彼女が一個上ってだけで年上好きってことになるかな。三田はそういうの、どう思う?――
彼は、つれない答えをくれた。
――恋愛とかよくする気になるなと思う。俺絶対したくないそんなの。そんな暇があるなら動画見てたい。俺、動画見る仕事してるから――
私はまたがっかりした。なんでこう、誰も彼も私に興味をもたないんだ。
でも私は即座に彼にツッコミを入れた。
――動画見る仕事って何よ――
――ネタ動画を見て、報酬を得ている――
――報酬あるの?――
――俺しか知らないコインが毎月手に入るのさ――
――三田以外誰も知らないなら、持っててもお店で何も買えないじゃない―― 一瞬の間の後、返信が来た。
――ホントだ(笑)斉藤、ナイスツッコミ!――
彼とはたぶん付き合えないが、彼と話す時間は無駄ではないと感じる。私は彼氏として狙うのではなく、友だちとしての関係を維持しようと決意した。
結局、友之と別れて以降はすべて当てが外れた。三田という友だちを得られたことは思わぬ収穫だったが、恋人と青春はできていない。友之と付き合っていた頃が一番青春していたのではないかとしばらく意気消沈していた。彼と別れるべきではなかった。
だが、ある疑いが生まれた。本当にそうだろうか、と。友之と付き合っていた頃だって、私は決して理想の青春の中にはいなかった。
青春とは、何だろうか。私の青春はどこに隠れていて、いつになったら私の前に現れるのだろうか。
もしかしたら、どこにもそんなものはないのかもしれない。
憧憬はハリボテで、ときめきはまやかしで、ただ味気ない現実ばかりが時間となり、日々となり、過ぎてゆく。 輝くような幸せが、どこからか突然やってくればいいのになあ。私の元に、来ないかな。
了
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