第2話 望月という男

翌日、直行で遠方の顧客の元へ行くつもりだったが、昨日持ち帰れなかった資料が必要だったので早朝にオフィスに寄った。



望月はすでに出勤していて、経済ニュースを見ていた。

誰もいないと油断してか、ネクタイもシャツの首元のボタンも外していた。



「おはようございます…。」


「おはようございます。今日、直行じゃなかったですか?」


「ええ、ちょっと、忘れ物をしてしまって…。」



自分のデスクから資料を取ろうとしたとき、望月の首筋にキスマークがついているのが見えた。

昨日のことが頭をチラつく。



「今日、雨みたいですから、気をつけてくださいね。」


と言われ、「はい、行ってきます」と返事をして、そそくさとオフィスを後にした。



―― ―― ―― ―― ――


望月は証券営業のトップセールスマンだ。

税理士資格も持っていて、他の営業マンにはできないアプローチができる。

愛想はないが、その頭脳と整った顔立ちもあって、顧客からは信頼が厚かった。



早坂はもともと銀行員だったが、昨年転職してきた。

転職したときはすでに31歳で、決断は少し遅かったかもしれないが今の仕事は面白く、後悔はなかった。

望月は早坂の指導係だ。



望月に教わったとおりに営業をすると、すぐに結果が出た。

この業界は営業成績が全て。

望月が指導係じゃなかったら、今頃もう会社に居られなかっただろう。



若いながらに力がある望月を尊敬していた。

だからこそ、昨日の一件はショックだった。


望月は上司から優良客を融通してもらっているのではないか、という噂もあった。

信じてなかったが、昨日のことがあったのであり得ない話じゃないかもしれないと思った。



その日はオフィスに戻らず直帰にした。

変なタイミングで帰社して、また気まずいものを見てはたまらないからだ。

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