第3話 別れ道
「あなた何者ですか!」
杖の先を俺に向けた少女は、鬼気迫る表情で問いかけてくる。
ヒリヒリと緊張が伝わる。
「……」
ん。これなんて答えるのが正解だ?
この前の追っ手とは別だよな。わざわざこんな所まで来るとは思わないし、来たとしても一人じゃないと思う。
で、それを踏まえてどうすればいいんだ?
なんでか分からないけど、杖を向けられると銃を突きつけられてる時みたいな感覚になる。
奇妙な感じだ。
でもあんなほっそい木の棒で何ができる訳でもないし。何かあっても俺の牙ナイフの方が強い。
おっとっと。野蛮な考えはやめよう。
平和的な解決へ向けて頭を使うか。
(ジリジリ)
質問から数秒が過ぎる。
(どうしよう。どうしよう)
ひっくり返された砂時計の砂がもう残り少なくなってるような気がして焦ってくる。
「あ、まず自分から名乗るのが礼儀ですよね。すみません。
私は水の精霊を祖先に持つプティマフ族のドットナットです」
そんな緊迫した空気を壊したのは彼女だ。
杖を構えながらも律儀に名乗ってきた。
水の精霊。プティマフ族。聞いたこともないぞ。なんて答えるのが正解だ?
「あー。俺はキューロウ。突然知らない人間に服を剥ぎ取られてここまで逃げてきたんですよ」
「人間……」
うぉっと、いらないことまで話しちゃったか。
久しぶりに会話するからつい口が回っちゃったな。
「人間。やはりあなたは人族じゃないんですね。そうだと思いましたよ。だって体から魔力が一切感じられないんですから。
魔力を持たない生物なんて聞いたこと無いですからね。
でも、魔族ならありえない話じゃないですよね。見たこと無いですけど。
ちなみになんていう種族ですか?」
ん?んんん!?
人族?魔族?次から次へと疑問が湧いてくる。それに魔力ってなんだよ。
頭が追いつかない。
まず━━。
「……って、え!?」
「どうしました?」
「あ、いや…」
に、に、ににに、日本語喋ってる!?
自然と会話しちゃってたけど、この人日本語なんだけど。
え?明らかに日本人じゃないのに。というかそれ以前に種族が違う。
なんだったっけかな。
そう、プティマフ族!ってなに!?
「何か変なこと言いました?」
彼女は不思議そうに首を傾げる。さっきまでと違って張り詰めた空気なんてのは微塵も残ってない。
俺に向けられてるのは興味と関心だけ。
んで、どうやら俺は人族じゃなくて魔族に分類されたらしい。
ならそのまま都合よく解釈してもらった方がいい。人族だとなんかダメっぽい。
(俺は今日から魔族だ)
「俺はササヤマ族っていって端っこの方でかなり田舎なんですよ」
「知識不足ですみません。聞いたことが無いです」
「それもそのはずですよ。俺だって最近その村を出て初めてあった他種族が、その〜人族?でしたからね。
そりぁもう、びっくりしましたよ。他種族の話なんて聞いた事が無かったので。
プティマフ族も今初めて聞きましたし」
「そうだったんですか。もう覚えました」
そんなに真っ直ぐな目で見られると困るな。
「そ、そうでした。ここに忘れ物をしてしまったんです」
状況がいい方向に動いてくれたか?
それと、ここは彼女の拠点だったのか。悪いことしたかも?でも昨日は使って無さそうだし。
彼女がキョロキョロと何かを探してると、突然目を見開いて口をパクパクさせる。
腕を前に出して人差し指で何かを指す。
その先を見ると。
「ああ、落とし穴ですよ」
「おと…しあな?」
視線の先にあったのは狼を落とした落とし穴。
まるで錆びたロボットみたいにぎこちなく首が動いて目が合う。
何か信じられないものを見たような表情だ。
あ、そういえばここトイレだったんだっけ。悪いことしたな。
俺でもそういう顔をする。
(ぐぅ〜〜〜)
「っ!!」
彼女のお腹の音が鳴る。
「そうだ。良かったら肉食べていきますか?」
なんともいいタイミングでお腹の音が鳴ってくれた。変な空気を払拭してくれるナイスタイミングだ。
そして自然な流れで食事に誘って、あわよくば肉の食べれる部位を教えてもらいたい。
実際に動物を捌いたことなんて無かったしなんにもわかんない。
地面の上に敷かれた葉っぱの上に置かれた大量の肉と、パキパキとうねりを上げて燃え上がる火。
眉間にシワを寄せて考え込む。
「ん〜……う〜……ん〜……。
お言葉に甘えさせてもらってもいいでしょうか。
実は最近、木の実しか食べれてなくて……恥ずかしながらたくさんのお肉を見てお腹が鳴っちゃいました」
恥ずかしそうに、目線を泳がせて。
「もちろんですよ。
むしろありがたいです。誰かと食べるのなんて久しぶりですから」
「そ、そうでしたか。
そう言ってもらえると助かります」
そうして一緒に火を囲むことになった。
彼女の真似をして同じ部位を焼いていく。
結構大胆にブツ切りにしたから一口じゃ入りきらないのは、半分くらいのところでグッと噛みちぎる。
「美味い!」
「お、おいしいです…」
思わず顔を見合わせてしまった。
ここで初めて彼女の笑った顔を見た。
それから色んな部位を焼いていく。
「実はこの葉っぱを乗せても美味しいんですよ」
かなり打ち解けてきたのか、彼女はバッグから色とりどりの草を取り出して広げる。
「その……聞いていいかわかんないんですけど、そのデカいバッグには何が入ってるんですか?」
「バッグの中身ですか?」
そう、ずっと気になってた。
最初に見た時、彼女にのしかかってるんじゃないかってくらいデカいバッグ。パンパンすぎていつ壊れても不思議じゃない。
見るだけで丈夫さを知らしめるバッグ。
それくらい彼女の背丈に合わないデカさだ。
「日用品です。
布団と枕に歯ブラシ、タオルに着替えと石鹸、それと保存食。双眼鏡に折りたたみ椅子。裁縫セットとそれから━━」
「そ、そうなんですか。運ぶの大変そうですね」
なんか予想以上にびっくり箱だった。めっちゃ充実した日常生活送ろうとしてる。
「実はそうなんです。準備が終わってから気づいたんですけど、意外と必要なものって多いんです」
頼むからそんなに真剣な顔で言わないでくれ。
真面目っぽい印象だったけどちょっと天然なのか?
いや、真面目過ぎるだけかもしれない。
大人しめで真面目な人って感じ。
実際その通りで、口調も落ち着いてて感情の起伏もあんまり無い。
生真面目の方が合ってるかな。
それから俺の経緯もぼかして話した。
ひっそりとした村で暮らしてて、気づいたら人族の国にいた。
服を剥ぎ取られて咄嗟に逃げたと。
そして村の場所もわからずこの森をさまよってる。
「それは逃げて正解ですよ。人族は魔族を嫌ってますからね」
「実は私も……」
彼女は魔法での戦闘が全くダメで、狩りに行かせてもらえなかった。同世代のみんなは狩りに行き、自分だけ何も出来なかったと。
周りからは危ないから狩りに行くな、親からも絶対に一人で村の外に行くな。戦えないやつは必要無い。村で大人しくみんなの帰りを待ってろと厳しく言われてたそうだ。
それからも魔法を教えてもらうも上達せず、そんな自分が嫌になって武者修行の旅に出たんだと。
親やみんなから全力で止められるも、夜中にこっそりと荷物をまとめて抜け出した。
いきなり飛んだな。意外と考え無しに突っ走っちゃうタイプか?
というかみんなからめちゃくちゃ愛されてない?気のせいかな。
彼女視点の話だから詳しくはわからないけどみんな心配してるようにしか見えない。
でもそれが嫌だったのかもしれない。戦えない自分を変えるために一人で旅に出たと。
凄い勇気だと俺は思った。
そしてやっぱり生真面目なんだと。
「そ、それで、今更で申し訳無いんですけどその服装?どうにかなりませんか?図々しいのは十分承知なんですけど」
「おわっ!
慣れすぎてすっかり忘れてました。気づかなくてすみません。」
葉服もとい、葉っぱの貫頭衣はかなり際どくて、少なくとも女の人の前でする格好じゃないな。
これは申し訳ない。でも。
「それでも、これ以外に着るものがないんですよね。なんせ素っ裸でここまで逃げてきたので」
恥ずかしいけどこれしかないんだ。別に着たくて着てるわけじゃない。もちろん仕方なくだ。
ちゃんとした服があるなら是非ともそれを着たい。
「そうでしたね。
わ、私ので良ければ」
「いや、入らないですよ」
「ですよね。ど、どうしたら」
あわわとテンパりながらバッグの中を漁る。
「あ、これでどうですか」
バサッと白い布を両手で広げ見せてくる。
それからまた、バッグに手を突っ込んで何かを探す。
「持ってきてて良かった裁縫セット。
少し待っててください。私、裁縫得意なんです」
わちゃちゃちゃちゃと針に糸を通して畳んだ布を縫い付けていく。
それを見守る俺。
(ぐぅ〜)
おう、久しぶりに肉を食べれて腹も喜んで鳴いてるな。
(ぐぎゅるる〜)
い、いや。これは……泣いてやがる。
やっちまった。
数日間何も食べてない状態からいきなりのガッツリ肉を体が拒絶してる。
これは腹の呻(うめ)き声だ。
俺へのSOS、ただちに排泄を行い腹の救出を行う!
「お腹も満たせたので少し歩いてきます」
「わかりました。私の方ももう少し時間がかかるのでゆっくりしてきてください」
悟られないように、それっぽいことを言ってこの場を離れるために。
裁縫の手を止めて快く受け入れてくれた。
なんかこの短時間で嘘が上手くなった気がする。
「では」
(急げ!もうすぐそこまで迫ってきているぞ!
肛門括約筋!今こそお前が活躍する時だ!踏ん張れ!いや、踏ん張るな!
踏ん張ったら出ちゃぅ……)
かなりの重作業になるからできるだけ離れたい。
一歩でも遠くへ。
走りにも限界が来て蔦に捕まり、ほいさほいさと暗い森を進んでいく。
ターザンやってて良かった。
途中大きく飛んで一枚の葉っぱを掴んで地面に降りた。
(スタッ)
「ふぅ……」
自然は循環するんだ。だからできるだけ木の根っこのそばに撒いた。
これがいずれ分解され土になり、木の養分となる。
「立派な木に育てよ」
世話になった木に手を置いて感謝のお礼をする。
身の丈程もあった葉っぱも今は見る影も無く、散り散りになって自然に還っていった。
川で手を洗ってから拠点に戻る。
行きよりもさっぱりとした顔で。
「あ、ちょうどいいところに。出来たので試着してもらってもいいですか?」
俺を迎えてくれたのは出来たてホヤホヤの衣服。
パッと広げて見せてくれた。
「わお…ちゃんと服だ。」
「はい、服です」
白い布で作られた貫頭衣。肌触りも格別だ。
いつまでも頬を擦り続けていたいくらい。
(スリスリ…スリスリ)
「服なんですから着てください」
変な目で見られたのは気づかなかったことにしよう。
上から被って頭と腕をスっと通す。
足と腕を回して屈んでみても動きが窮屈にならない。
「素晴らしい服をありがとう」
「いえ、元はと言えば私のわがままですから。お礼は結構ですよ」
「それでも。ありがとうございます」
「喜んでいただけてなによりです」
服の肌触りに惚けていると。
「クシュッ!」
焚き火の音と重なるように彼女はくしゃみをして両手を擦り合わせる。
「もうすっかり夜ですね」
「あ、私戻りますね。長居してすみません」
なんか追い出させるみたいな形になっちゃった。ちょっとした話題のつもりだったんだけど。
「ってそっちは!」
考えにふけってる間に彼女はそそくさとバッグを背負って暗闇に走り出した。
「はい?」
振り返って顔を見合わせる。
そっちはダメです。そっちには肥料がばら撒かれてるから。なんて言えるわけも無く。
「もう真っ暗ですし良かったらここで夜を越しませんか?
俺は木の上で寝るので何かあったら木を揺らしてください。じゃあ!」
まくし立てるように反論の介入を許さず最後まで言い切って俺は木を登り枝に腰を下ろした。
頼む。留まってくれ。もしも見つかったら確実に俺が撒いた肥料だってバレる。
そうなる訳にはいかない。もし次会う時があったら絶対に気不味くなる。
「わ、わかりました。
またまたお言葉に甘えさせてもらいます」
よ、良かったぁ。
こんなに心から安堵するなんていつ以来だろう。
「それじゃあ、おやすみなさいドットナットさん」
爽やかに自然に不審がられないように。
「私の事はドットかドトナって呼んでください。長いですから」
「わかりました。おやすみなさいドトナさん」
「はい。おやすみなさいキュロウさん」
キューロウなんだけどな。
まあいっか、引き締まっててなんか良い。
ケツがヒリヒリする。寝付けたと思ったらケツが痒くて落ち着かない。このままだと気になって眠れないから川の水にでも流してもらおう。
きちんと布団を敷いて眠っているドトナさんを起こさないように音も無くスタッと降りる。
(ザッパン!!!!ザッパァァン!!)
相変わらずすげぇ勢い。マジで流されたら終わりだ。
服脱いだ方がいいな、絶対濡れる。
川縁の際々にかかとを合わせてしゃがみこむ。
既にぺちぺちと水が跳ねてくる。
まるで餌を与えられたコイなんじゃないかってくらいの勢いで水が俺の体にぶつかりに来る。
さらに深く腰を下ろして水面にケツをあぶぶっ!
その中でもとびきり大きなコイがケツを叩く。
(パチュンッ!)
(おおっふおっふ)
思わず腰が跳ねちゃったよ。水勢MAX、今まで使ってきたウォシュレットとは比較にならない。
水鉄砲と機関銃。
全てが洗い流された。
子鳥のさえずりで朝の目覚めを迎えた時のような清々しさ。
アリだな。
痒みも治まりスッキリしたケツを振って寝床に戻り深い眠りについた。
(グースカ…ピ〜)
朝の目覚めと共に決意が現れた。
昨日一日で色んなことを知って驚きの連続だった。
人族、魔族、巨大動物、巨大植物、魔力。
俺をこの世界に連れてきた力。
「この世界をもっと知りたい」
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