脱ぎ捨て異世界召喚〜魔法を使えないただ1人の青年が世界を回る〜

骨皮 ガーリック

第1話 脱ぎ捨て

 学校からの帰り道。

 いつも通りお気に入りのロードレーサーで全力立ち漕ぎしながら爆速走行をしてたら突然地面が光だした。


(ズザッ!)

 驚きの余り制御を焦って前輪を浮かせてしまった。

「おわっと!」

 さらに道路に落ちていた小石に後輪が乗り上げて宙に舞う。


 このまま倒れたら大事故だ。

 何とかバランスを保とうとハンドルをフリフリしてたら目の前の光に包まれた。



 あまりの眩しさに目を閉じてしまい、それに気づいて慌てて目を開けると…。


(ここは?)



 目の前には幅広の階段が数段あってその上にレッドカーペットが敷かれてた。

 さらに階段の先には豪華な椅子にふんぞり返って偉そうに座ってる髭もじゃおじさん。

 よく見ると王冠を被ってて、隣には驚きで目が飛び出てる短剣を持った男。

 というのを宙に飛びながら確認出来た。


(何が何だかさっぱり分からないけどこのまま行くと髭もじゃ男にぶつかる)


 自転車は急には止まれねぇんだ!



 方向転換が間に合わず、というかそもそも空中での自転車制御なんてやったことないし。


 諦めて自転車から手と足を離す。

(ガッシャァァァアン!!)



 髭もじゃ男に自転車ドロップキックをカマしてしまった。


(すたっ)

 怪我なく降りれたけど髭もじゃ男は自転車の下敷きになってる。

 どうか怪我が無いようにと祈って近づくと。



「カヤクスプリタハヤカマズグゥンバルッテェ」

「へっ?」

 隣にいた男が俺と髭もじゃ男の間に割って入り、荒らげた口調で何かを叫ぶ。


 なんか理解不能な言語が聞こえた。

 気のせいか?


 短剣を向けられてどうにも状況を掴めない。



「ハンマラッキュセイチュヒルヤッチョユンチィ」

「ウンチ?ウンチって言った?」

 短剣を持った男が確かにそう言った。俺とガッチリ目を合わせながら。

「伝わってないのか」


 男の後ろを覗き込むと、自転車のペダル、ハンドル、サドルを繋ぐ▷部分に髭もじゃ男の頭がすっぽり挟まって下敷きになってた。


(俺悪くないよね?)




 そして俺は問答無用で周りから集まってきた人達によって身ぐるみを剥がされた。


 風の抵抗を極力減らす為に着ていたピチピチのレーシングウェアを無理やり脱がされた。


 公の場でこんな恥ずかしい事をさせるなんて!!


(罪悪感なんてあるはずないだろう!何を言われても俺は無罪だ。そもそも会話が出来ない!)




 俺は逃げ出した。

 言葉の通じない相手にこんなことされたら怖いじゃん。

 掴まれた腕を無理やり剥がして立ち上がり走り出す。


 すっぽんぽんにされちゃあ黙ってられねぇよ。

 後ろから凄い形相で短剣を持った人達が追いかけてくるけど俺は逃げる。

 何も着てないから普段より身軽さを感じる。



 こう見えて持久走はクラスで一番。

 付いたあだ名は永久機関。

 誰も俺の疲れた姿を見たことが無いからという理由で付けられた。


 中学では韋駄天。

 鬼ごっこで誰も俺を捕まえることが出来なかった。


 つまり、俺は足が速いんだ。そんじょそこらの奴には追いつかれねぇ。



 建物を出て門を飛び越える。


「誰も俺を止められねぇ」



 外から見てみるとめちゃくちゃでかい建物だった。というか城だな。

 城の区画から出ると街中を歩く人たちとすれ違う。

 街人が騒ぎ立てるも、密集地帯をあらよあらよと躱していく。


 街の人達が俺に向けてくる奇異の視線を背負いながらさらにスピードを上げる。

 時折、街人の目線が下がるのが気になるけど気にしない。

(ひゃっほーいっ!

 風になるってこういうことか)



 かなり綺麗な街並みを横目に景色を置き去りにしていく。

 両手を広げて風を感じ、軽やかな逃走を見せつける。

(側転、側転、ロンダードっ!)



 そのままの勢いで追ってくる人達を引き剥がして街を出た。

 門兵を華麗なステップで翻弄して裏を取る。誰一人として俺に触れることさえ叶わず諦めた。


 門を出てからは誰も追ってくることは無かった。

(あんまり手応え感じなかったな)





(うおぉ!)

 街の外には雄大な自然が広がってた。

 思わず見上げてポカンと口が開き、自然の壮大さに心奪われる。


 自然と足は森の方へと吸い込まれていく。



 木々の間から通り抜ける冷たい風が直接肌に突き刺さる。

 そこで、冷静になると裸で森の中は怖い事に気づいた。



(つーか、パンツまで取るんじゃねーよ!)


 そんなふうに叫びたくなった。



 意外と静かで葉っぱが風に揺られる音だけが響く。

(うーん)


「でかい」


 森というかジャングルの方が近い気がする。

 木の枝からは蔦が垂れてて、時折のれんみたいに手で避けて通る必要がある。


 それに木の幹が異常に太い。大人数人がかりで両手を広げてやっと一周できるくらい太い。


 木の根っこも地面を押し上げてかなりの面積が晒されてる。


 ジャングルに入ってから日の光が地面まで届いてない。


「ちょっと寒くなってきたな」


 裸だからか、季節的にか、日が当たらないからか、断定は出来ないが少し肌寒い。



 蔦にぶら下がってそのまま枝まで登る。

(ぺちん、ぺちん)


 股間部分が開放的なせいで揺れる度に乾いた気持ちのいい音が鳴る。




「葉っぱの大きさちょうどいいな」

(ブチッ)

 枝に乗ってから枝先まで歩いてちょうどいい大きさの葉っぱを二枚ちぎる。


 十分に水分を含んでるからか、かなり頑丈で滅多な事じゃ折れなさそうで良かった。


 まず一枚を縦にして股に通す。二枚目は横にして腰に巻く。


 なるべく一枚目の葉っぱを押さえつけるようにしっかりと巻き付けるのがポイントだ。


 二枚目の葉先をちょっとだけ二つに割いて間に茎を挿入する。

 頑丈な葉先の二股で茎を包み込むように、ちぎれないように優しく結んで固定する。


 すると手を離しても腰からずり落ちない。

 ただ、一枚目はまだ不安定だ。


 おしりからしっぽみたいに飛び出た一枚目の余分な所を折り曲げて、折り込んだ先にある茎を二枚目に突き刺す。


 二枚目の前側真ん中部分に切れ込みを入れてそこに一枚目の葉先を通す。

 通した葉先を二つに割いて軽く結ぶ。


(ぶんぶん!)


「よし!」

 腰を強く振っても落ちない。木の葉パンツの出来上がりだ。

 パンツは偉大だ。


 さらに上に登ってもっと大きな葉っぱを一枚ちぎる。

 真ん中に大きな丸い穴を空けて二つ折りにしてから頭から被る。


 これで木の葉貫頭衣の完成だ。



 木から降りて気づいたのは蔦が紐の替わりになるってこと。


 おかげでパンツはより頑丈になって貫頭衣も腰に蔦を巻いたおかげでめくれる心配が無くなった。


「かなりいいんじゃね?」



 そこで気づいた。何かが近づいてきてる事に。

 大きな足音がこっちに来てる。


(ドスンドスン!ドスンドスン!)


 木に隠れた俺はじっくりと待つ。



(うおっ)

 ジャングルの奥から勢いよく飛び出して来たのはでかい猪。


 二mくらいあんじゃねぇかな。

 見上げるほどにでかい。



 隠れる時に準備していた蔦を引っ張る。

(びんっ!)


 地面と平行に張り上げた蔦が走り抜けようとする猪の足に引っかかった。

「ブフォォ!!」

(あっぶねぇ!)


 予想以上のパワーに腕が持っていかれそうになった。

 

 蔦につっかえて大きく宙返りをする猪。

 起き上がる前に近づいて暴れる猪を他所にでかい鼻に拳を差し込む。

「フゴォッ!」

「おんどりゃあ!!」

 拳を引き上げて猪を持ち上げる。


「でいやぁ!」

 背負い投げの要領で猪を脳天から叩き落とす。


「ブフゴォ!」

 叩きつけられた勢いで地面を跳ね、仰向けで白目を剥く猪。


 丸出しになった首目掛けて全体重を乗せた肘打ちが炸裂する。

「!!」

(ゴキュッ…)



「手応えあり!」

 首の骨を折った感触が腕に残る。

「しゃあ!」

 勝利のガッツポーズ。俺の声が木霊する。




 四足歩行の動物は鼻に指を掛けて投げ飛ばす。必要なのは鼻の穴に指を突っ込む勇気。それさえあれば後は勢いでいける。

 ナイフがあれば良かったけど今は持ってないから力技で首の骨を折った。



 今回はあまりの鼻のデカさに咄嗟の判断で拳に変えたけど。変えて正解、指だったら折れてる。

 穴に指じゃなくて拳を突っ込むという驚くべき機転で危機を乗り越えたぜ。

 驚きを乗り越えて冷静な判断で最適な選択を選んだ。




 人間の場合は体の構造が一緒だから関節を折りやすいんだよな。



 いつも親代わりのばっちゃんとじっちゃんの家の裏にある山で遊ぶことが多くて慣れてる。


 勝手に山に入ってきて山菜を取ったりする奴らを懲らしめる時にちょっとやったりしてた。

 いくら山を柵で囲ったり看板を立てても来るやつは来る。

 壁を乗り越えてくる奴らに俺は新たな壁となる。



 何回注意しても来るやつらは、喧嘩になりそうな雰囲気を作って無理やり正当防衛の状況を作り出してた。


 これが中々楽しいんだ。



 背負ってる猟銃で撃ってくる事は無いけど銃を持ってる相手とやるのは少し興奮する。

 アドレナリンドバドバ状態になるからかなり重宝してる。なかなか貴重な存在。


 そんな訳で動物と人間退治はお手の物。確かに最初はデカくてビビったけど所詮はサイズが違うだけ。俺がやることは変わんねぇ。


「どんと来いや!」



 今更ながら食料の不安が出てきた。ナイフとか無いし水場も無い。とりあえず水場を探さないと。


 猪の首を噛みちぎって血を出し、蔦に絡めて吊り下げてさらに血を出させる。



 食べれるかわかんないけど一応やっておく。

 その間に俺は水辺を探す。




「おっ」

 二時間ぐらい走ってなんとか川を見つけた。


 でももう日が落ち始めてるから今日はここで寝よう。もうあそこには戻らないかな。

 森の奥の方が安心できるし静かだ。



 で、川を覗いてみると予想通り大洪水みたいな激流。一滴一滴が自我を持ってるんじゃないかってくらい暴れ散らかしてる。

(バザンッ!ザッパン!)

 大雨の音かと思ったら川でした。ってね。


「ここに落ちたら最後、どこまでも流されそうだな」


 高圧洗浄機かってくらいの勢いで駆け抜けていく川の水。

 かなり先まで続いてるな。

(バザンッ!バザンッ!!ザッバァン!!)


 木の葉貫頭衣を脱ぎ捨てて自然の姿に戻る。


(プシュッ!!)

 手を入れてみると肩が外れるくらい勢いよく吹っ飛ばされた。

「おおうっ!」



 ……我慢で乗り越えた。



 火を焚けるようなちょうどいいものが落ちてなくて自然乾燥。

 枯れ枝が見当たらない。元気すぎるジャングルだ。根っこから枝先まで元気で満ち溢れてる。




 静かな夜にふと思った。

 現代社会ではどこにいても監視されてた。衛星、監視カメラ、社会、SNS、人の目。


 裸で夜空を眺める。

 川のおかげで開かれた空。



 湧き上がらずにはいられない。



(俺は自由だ!)




 木に登ってちょうどいい寝床を探す。



「ケツ汚したくないな」


 木の枝の上に葉っぱを敷いて座る。

 フルフルの股間が夜風に吹かれて肌寒い。

 枝に腰をかけて榦に背中を預ける。



「で、ここどこ?」

 怒涛の展開の疲労から解放されて我に返る。





 ミシラヌ王国。王城内。



 豪華な飾り付けで彩られた気品ある部屋で一人の男が食事をしていた。


「おい。俺の酒が空だぞ!さっさと用意しろ!

 このグズどもが!」

 怒号を聞きつけ忙しなく動き回る付き人達。

 空になったグラスにお酒を注ぎ、冷めた料理の皿を取り替えていき、すぐさま熱々の料理を並ばせる。


 騒がしい食事が終わり、男は気分良く一人で部屋に戻る。





 残った者達はテーブルに広がった食器をワゴンに乗せて片付けていく。


 今日も今日とて男の悪口で盛り上がる。


 最初はコソコソと話していたが、ボリュームは次第に上がっていく。


「それにしてもよくあんな意味がわからん魔法を作ったよな。

 さすが賢者様だ」


「ああ。なんだよ、最も愛されたものを召喚する魔法って。意味わかんねぇよっ」

「「ぎゃははっ」」


「勇者様の能力は…ププッ…愛の大きい物であればある程強大な力を得る能力。ププッ…ギャハハハッ!!」

「ブファッ!耐えらんねぇわ。何回聞いても勇者の能力はおもしれぇ!」

 いつしか作業の手は止まり、腹を抱えて笑うほどに盛り上がる。


「愛の力で俺は強くなるっ!

 ぶはっ、乙女かよ!純情勇者様だぜ。

 賢者様も可哀想だぜ。あんな物を召喚する魔法を作らされるなんてよっ!あはははっ!」


「国で一番強い奴の武器は…愛です!ヒヒャッ!」




 寝室へと戻った男は用意されたカゴの中に入った布を見て怒りを表す。


「おいおい、なんだこのふざけたピチピチの布は!」

 手に持って広げたそれは、あまりにもピチピチで薄い素材の黒い布だった。



「それこそが数ある世界の中で最も愛されたお召し物でございます。

 先程、賢者様オリジナルの魔法で召喚した物でございます。勇者様もご覧になられたでしょう?」

 扉の前に立つスーツ姿の男が顔色一つ変えずに説明する。



「くっ、これを着なくちゃいけないのか」

 再び両手で広げて全貌を見る。


 伸縮性に優れた逸品。確かにただ物じゃない。



 少し抵抗したが、仕方なく着替える。

「ふっ、ふん。うがっふぅ。随分とキツイな」

(ぺちんっ)

 上下共に苦戦しながらも着ることに成功した。



「なんだ。中々着心地がいいじゃないか。特にフィット感がいいな。体に吸い付いてきながらも、動きの妨げを一切しない。軽いのに丈夫そうな素材だ。


 しかしこの股間や脇のぴっちり感は何とかならないのか。さすがに恥ずかしさが否めないな」


 体にピッタリと張り付き、ラインがくっきりでる。筋肉の起伏すら事細かに見えてしまう。

 特に股間のモッコリ感が際立ってる。



「しかし、もう一着欲しいくらいだ。俺の能力で底上げされて、この服の性能は金属鎧を遥かに上回る代物だ。

 ふふん。気に入った」

(ぺちんっ)


 気に入ったのか、腰の部分を引っ張って離す。伸縮性によって勢いよく戻り、腰に打ち付けて乾いた音を響かせる。


「そういえばこれを着てたフルチンはあの後どうなったんだ?」

「門を越えて森に入っていきました」

「そうか、生きてるのか。それは北門だよな?」

「はい」

「俺は南門だから、会えるとしても遥か先だな。

 いつかこの服の礼を言いたいが」

「あの者の事は機密事項です。例え会えたとしても決して異世界人だと知られてはいけませんよ」

「わかってるよ、そんなこと」

 男は一人になるとすぐに眠りについた。





 ピチピチの服を着て、分厚い包帯を頭に巻いた王の前に跪く。



「仲間を集め魔王を討伐してこい。此度、貴様はこの国を代表する勇者となったのだ。

 これから待ち受ける数々の試練が貴様を魔王討伐へと導くだろう。

 勇者の名に恥じぬ行いを期待しているぞ」

「はっ!」



 旅支度を済ませた男はとある人物と出会う。



「あ、ユシィクさん。この服ありがとうございました。めっちゃ気に入ってます!

 良かったらユシィクさんも一緒に魔王討伐行きませんか?」

 ユシィク。この国の賢者である。


「儂は行かん。戦いには興味が無いのでな。


 さて、ムハイよ。厳しい道のりになるだろう。

 自分を信じろ。決して自分を見失うなよ。

 お前ならば…自分の道を歩いていれば自然と仲間が出来る。

 この国を出ればお前はただの魔法使いだ。決して驕るんじゃないぞ。

 心を持て。愛を育むのは心だ。


 期待しているぞ。勇者ムハイ」

「はい!」


 勇者ムハイは杖と剣を携え王城を後にした。




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 主人公。筋骨隆々の青年。

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