リプレイ
千桐加蓮
第1話 有名ピアニスト
毎年、二月の第二土曜日に日本に来日して、ソロリサイタルを開催する有名ピアニストがいる。
名は、トビー・バションという。美しい顔立ちのポーランド出身の男性である。
彼は、強靭かつ繊細な演奏を聴かせることが好きであると認められる。彼にフォーレやラヴェルやショスタコービッチなどを演奏されると、その音色に陶酔しない人があろうとは思われないほどである。
かつて、ショパンのリサイタルを聴いたことのあるが、このピアニストのピアノには、なにかに魅せられたように聴き惚れたものであるし、シューマンのリサイタルも感動させられた。シューマンでは終って拍手が鳴りやまず少しばかり公演時間が押してしまったと聞いている。
最後に彼の演奏を聴きに行ったのは私が数ヶ月前に十歳になったばかりで、演奏を聴きに行った八ヶ月後に、一緒に聴きに行った母は病気が急変し、亡くなった。それを機に、彼の演奏を聴くことは自ら遠ざけていた。
私は、七年ぶりに彼のソロリサイタルに足を運んだ。
冬晴れの日であった。
髪をハーフアップに結び、小さい髪飾りを付け、綺麗めのワンピースに厚めのカーディガンを羽織って会場に入って席に座って彼の演奏を聴いた。
ステージに近い席を取ったので、彼の顔がよく見えた。
少しおじさんになった感じはしたが、暗い茶髪はカールがかかっているのや、演奏している時の顔に、変わりはなかった。
十四時から始まって、数時間で終演し、私がエントランスに出た時、妙に歓声があったので、様子は気になりつつも、トビーさんの演奏を久しぶりに聴けてしんみりしていたので、この気持ちのまま家に帰宅したかったことから、出口に向かっていると、歓声の声の中から
「
と、私の名前を呼ぶ声がした。
私は、一度歓声の方を見た。人が集まっているのがわかるだけで、誰が私の名前を呼んだのかは分からない。男性の声だったと思うが、空耳だったのだと自分に聞かせてその場を去ろうとした時
「
丁寧に私を呼ばれたが、先程とは違い女性の声である。声の方を見ると、その方は私の前立っていた。五十代くらいの女性で、日本人である。
「はい」
少し、自分の声が震えているのが分かる。今日のソロリサイタルは、一人で来たた。高校生であったから、浮いてしまったのだろうかと不安になる。
「私、トビーの通訳のものです。トビーがあなたと話したいそうで」
私は、少し俯いた。話したいと申し出される理由は少し察していた。
「トビーには、楽屋で待っているように言ったのですが、すぐさまあなたを探すとおっしゃって、言うことを聞かず……」
私は、人が集まっている方を見る。隣からは通訳の女性の重いため息が聞こえた。
「あの、どうしてもですか?」
人集りが私と通訳の女性の方に近付いて来ている。通訳の女性は、申し訳なさそうに
「お時間があれば」
と、私の方を見てきた。
「はい、大丈夫です」
私はそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます