女王としての覚悟・前編

「嫌! マレインお義兄にい様!」

 ヴィルヘルミナを庇い、胸部を撃たれたマレイン。ヴィルヘルミナは涙を流し、倒れているマレインに縋り付く。

「マレイン!」

 ラルスもマレインの元へ駆け寄る。

 そこへ冷静な声が聞こえた。

「まだ間に合います。ナルフェック王国の医療部隊に診てもらいましょう」

 艶やかな赤毛にサファイアのような青い目の妖艶な美女。サスキアである。

「サス……キア」

 ヴィルヘルミナの呼吸は浅い。

「ヴィルヘルミナ様、大丈夫です。ナルフェック王国はどの国よりも医療が発達していますから、マレイン卿はきっと助かります」

 サスキアは取り乱すヴィルヘルミナの手を優しく握った。それにより、ヴィルヘルミナは少しだけ落ち着きを取り戻す。

「……分かったわ。貴女達に……マレインお義兄様をお任せするわね」

 しかし、ヴィルヘルミナの手は震えていた。サスキアはヴィルヘルミナを安心させるように微笑み、マレインを運ぶよう医療部隊に指示した。それにより、マレインは早急に運ばれた。

「マレインお義兄様……」

 ヴィルヘルミナはマレインが運ばれて行く様子をずっと見ていた。タンザナイトの目からはまだ涙が零れている。

「ミーナ……」

 ラルスはそっとヴィルヘルミナの肩に手を置く。しかし、その手は少し震えていた。ラルスも実の弟が撃たれて動揺していた。

「ラルスお義兄様……」

 ヴィルヘルミナはラルスに手を重ねる。

 ラルスはふうっと深呼吸をした。

「ミーナ、マレインのことは俺も心配だ。でも……あいつは……マレインは簡単に死ぬような男じゃない。ナルフェックの医療部隊もいる。信じよう」

 ラルスのラピスラズリの目は、真っ直ぐ力強かった。手の震えは治り、そのままラルスは言葉を続けるを

「それにミーナ、お前はナッサウ王家の血を継いでいる。ドレンダレン王国の女王になる存在だ。どんな時でも落ち着いて堂々としていないと、民達が心配するだろう」

「そう……ですわね……」

 ヴィルヘルミナはラルスの言葉を聞き、深呼吸をして気持ちを落ち着け涙をぬぐった。

わたくしは、マレインお義兄様を信じます。そして、やるべきことをやらなければいけませんわね」

 ヴィルヘルミナは拳をギュッと握りしめた。


 その後、ベンティンク家派閥の貴族達も全員捕えられ、革命は成立した。

 ベンティンク家や彼らの派閥の貴族達は裁判にかけられてその罪及び罰が確定する予定だ。

 かつてベンティンク家が起こしたクーデターの時のように、片っ端から拷問にかけた末処刑しては、彼らとやっていることが同じになってしまう。

 また、公平性を保つ為、ベンティンク家やその派閥の貴族達の裁判は第三者であるナルフェック王国、ガーメニー王国、セドウェン王国などが主に行った。ベンティンク家に直接的な恨みを持つドレンダレン王国の者達による私刑にしない為である。また、ネンガルド王国とヴォーンリー王国も革命には協力したが、王妃エレオノーラを殺された恨みによる私刑、攻め込まれそうになった恨みによる私刑を防ぐ為、裁判には不参加であった。

 しかし、流れた血が多過ぎた為、ベンティンク家や彼らの派閥の貴族達の処刑が裁判で確定した。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






 数日後。

 この日はヴィルヘルミナにとって重要な日でもある。

(ついに今日ね。……しっかりと見届けないと)

 ヴィルヘルミナは真剣な面持ちだった。

「ミーナ、大丈夫か?」

 ラルスは少し心配そうである。

「大丈夫ですわ、ラルスお義兄様」

 ヴィルヘルミナはほんのり口角を上げる。その様子に少しホッとするラルス。

「マレインお義兄様はまだ目覚めませんの?」

 ヴィルヘルミナは先程とは打って変わり、少し不安げな表情であった。

「ああ……。容体は安定して命に別状はないが……まだ目覚めない。一応水分や栄養不足を防ぐ為に点滴というやつをしているが、それもまだ完全ではないらしい。このまま長期間目を覚まさなければ……」

 ラルスは苦々しい表情だ。

「そう……」

 ヴィルヘルミナはため息をついた。


 ヴィルヘルミナを庇って胸部を銃で撃たれたマレイン。幸いナルフェック王国の医療部隊のお陰で一命は取り留めた。しかし、ずっと眠って目を覚まさない状態である。銃で撃たれた影響で命を落とす可能性はほぼないが、このままでは栄養失調で命を落とす可能性が出て来たのだ。


「ミーナ、マレインならきっと目を覚ます。だからお前は目の前のことに集中しろ。じゃないとマレインも心配するだろう」

 フッと笑い、ヴィルヘルミナの頭を撫でるラルス。

「そうですわね」

 ヴィルヘルミナの表情も少し柔らかくなった。そして再び真剣な面持ちになる。

「見届けるんだな。奴らの処刑」

「ええ」

 ラルスの言葉にヴィルヘルミナはゆっくりと頷いた。

 この日はベンティンク家のアーレント、フィロメナ、ヨドークス、そしてヨドークスの愛妾ブレヒチェの処刑がおこなわれるのだ。


 処刑が行われる広場に現れたアーレント、フィロメナ、ヨドークス、ブレヒチェ。彼らに突き刺さる怒りの声と視線。

 重税、労働者の使い捨て、望まぬ戦争の準備、厳しい言論弾圧。民達にとって、ベンティンク家のおこないは、許せるものではなかった。

 かつてヴィルヘルミナは、ベンティンク家に逆らったとして連座で処刑される侯爵令嬢を目にした。その時は、侯爵令嬢の首が斬られる寸前でラルスに目を塞がれた。

 しかし、今回のベンティンク家の処刑でヴィルヘルミナは彼らが首を斬り落とされるところをしっかりと見届けたのである。


「それにしても、ヨドークスの愛妾だったブレヒチェ……妊娠していたそうだ」

 ラルスがポツリと呟く。

「知っておりますわ。ヨドークスの子でございましょう」

 ヴィルヘルミナはブレヒチェの裁判を思い出す。


 子供には罪がないから出産後にブレヒチェを処刑した方がいい意見もあった。生まれた子供の処遇は、両親については伏せるという条件で、孤児院行きである。

 その際、ヴィルヘルミナにも意見が求められたので、こう答えた。

『ベンティンク家の血を引く子は、国家転覆の火種になりかねません。子供が生まれる前に、ブレヒチェを処刑した方がいいとわたくしは存じます』

 その時のヴィルヘルミナは、拳をギュッと握りしめ、覚悟を決めた表情であった。


「結構残酷な判断をしたな」

 ラルスがフッと笑う。

「ええ。ですが、女王としては必要なことですわ。……ナルフェック王国の女王ルナ様に教わったのです。混乱を防ぐ為にも、時には冷酷な判断を下す必要があると」

 ヴィルヘルミナは一瞬悲しそうな表情をしたが、すぐに凛とした表情になる。

 ナルフェック王国に極秘で訪問した時、ルナから言われたことを思い出すのであった。

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